第27話 砂漠の夜

 オトゥリアは女騎士ルチナと10分程度、騎士団本部で話をして帰ってきた。

 彼女は何かを手にして、アルウィンに駆け寄ってくる。それは少しだけ黄ばみが進んだ羊皮紙だった。


 この後42層から続く砂漠の遺跡は、迷路を始めとしたトラップや魔物が彷徨う迷宮層のひとつだ。

 それらの多くは、エヴィゲゥルド王国の北東部に吸血族ヴァンパイアの国があった頃の時代のものが古龍の活動などによって沈降したものである。


 遺跡エリアを持っている迷宮は、ダイザール迷宮以外でもエヴィゲゥルド王国内で幾つか報告されている。

 それらのうち、迷路やトラップの位置が都度更新される遺跡もあれば、変化することなく位置が変化しない物もあるという。

 後者であれば攻略はかなり容易となる。先駆者たちが作った地図があれば、それを参照すればいいためだ。


 しかし、前者は迷宮内の構造がガラッと変化してしまうような遺跡である。更新頻度が高ければ、攻略中に壁やトラップの位置が変化してしまうことも有り得ることだ。

 迷宮内の地形が変化するため、作成された地図が迷宮の更新によって使い物にならなくなってしまう。

 そのため、変化する迷宮においては地図は非推奨とされ、罠の看破が出来るような迷宮探索に長けた人物を用いるなどして攻略しなければならないのである。


 アルウィンの魔力感知では、魔力で動く罠を察知出来るけれど、機械仕掛けの罠から身体を守ることができない。

 ゼトロスを使って迷宮を最速で突破する場合、地面に仕掛けられた機械仕掛けの罠をアルウィンが看破できずにゼトロスがハマってしまう、などということも十二分に有り得るということだ。


 ───頼む。地図が使える、地形変化なしの迷宮であってくれ。


 アルウィンはそう願うばかりであった。


 さて。

 オトゥリアの持ち帰ってきた答えとは。


「アルウィン。残念だけど……」


 息を呑む音。

 そして、静寂が再び二人の間を包み込んだ。


「42層のものは、三日毎に内部がガラッと変わってしまうものみたいだよ。

 規則性とかパターンとかはなくて、完全にランダム。

 それでね……明日の朝がちょうど切り替わるタイミングらしいんだ」


 事実を淡々と伝えるオトゥリア。

 彼女の表情は、暗がりが故かアルウィンからは見えなかった。


「え……!?」


 アルウィンは、明日、迷宮の構造が切り変わるのだと聞いて口をあんぐりと開けることしか出来なかった。


 ───オトゥリアは地図っぽいものを持っているけど……恐らく、遺跡層の地図だよな。明日に構造が切り替わったらその地図が無意味になるのに。


 彼は、何故オトゥリアがそのような無駄となる地図を持っているのかが解らなかった。


 しかし。


「大丈夫。私の話を聞いて。ほら」


 そんなアルウィンの心配を他所に、オトゥリアは明日には使い物にならなくなる地図を出したのだった。


「これ、昨日ルチナが描いてくれたらしいんだ!」


 オトゥリアがニマニマした顔で突き出した地図。

 それは確かに、的確なルートを示し、罠を解析してあるものであった。

 要所要所にはメモも加筆されており、かなり丁寧に作られている。


「ルチナはね、探索に優れた騎士なんだよ!

 元々は偵察騎士隊にいて、私から剣を教わってた子なんだけど、今はダイザール迷宮で40層の統括補佐をしているんだ!」


 アルウィンはルチナの顔を思い出していた。


 ───赤毛の、犬のような仕草をする少女だったな。あの人が、こんな丁寧に迷宮の図を……いや待てよ。

 オトゥリアは、明日には持つことが無意味となる地図を手にしていた。

 その意図は……もしや……


 漸く。

 彼は、オトゥリアが地図を持ってきた意図を理解するのだった。


「オトゥリア。お前、まさか夜の間に50層まで行こうとしていないか?」


 無駄なくストレートに問うたアルウィンの言葉に、オトゥリアはビクンと身体を震わせる。

 そして、ぎこちない笑顔で「バレてたか……」と洩らすのだった。


 彼女の立てた元々の予定では、今日は40層まで進むことになっている。50層は明日突破する予定だ。


「お前。魔力をかなり消耗しているだろ?大丈夫なのか?」


 アルウィンは体力、魔力共にかなり余裕を持っていたが、オトゥリアの消耗は彼以上だった。

 彼が魔力感知を使って確認すると、彼女の魔力量がかなり減ったことは直ぐに判る。


「そうだね。4割くらいしか残ってないよ。ゼトロスの上から飛ぶ斬撃をかなり放ってたからかな」


 オトゥリアはそう言いながら、ちらりとゼトロスを見た。

 アルウィンも彼女の視線に誘導されるかのようにゼトロスを眺める。


 ───ゼトロスも、凄い距離を走ってくれたお陰かかなり消耗しているはず。

 果たして、これから迷宮を抜けて50層にまで到達する余力はあるのだろうか。


 彼は、ゼトロスの頬に手を置いた。

 ゼトロスは煩わしそうに彼を睨んでいるが、彼が考え事をしていることを察したのか、睨むこと以外は何もして来ない。


 ───オレがオトゥリアの前に出て、援護をするべきか?でも、地図はオトゥリアが持つことになるんだろうし、案内役は前にいた方がいいよな。

 どうするべきなんだろうか。


 消耗したまま今すぐ進むべきか、回復して明日に発つべきか。

 アルウィンは必死に答えを見つけようとしていた。


「オトゥリア。確かに、お前には王女ミルヒシュトラーセとの何やかんやで時間を早めたい気持ちもがあるんだろうけど……確実に消耗してるだろ?

 この身体で、更に負荷をかけるのは現実的じゃない。

 これから先、魔物はどんどん強くなるだろ?確か、遺跡に残る古代文明の遺跡兵ゴーレムとか」


 明日に行くという選択肢もあるぞとそれとなく言おうとしたが、オトゥリアは「そうだけど」と言って彼を見た。


「私は……正直言うと、戦力になれなさそう。魔力はまだあるんだけど、眠らないとキツいかも」


 透き通ったアクアマリンの瞳は揺れていた。


「我は睡眠に関しては問題ないが……魔力の消耗は著しい。乗せてやることが出来ても、魔力を行使するような戦闘は不可能だ」


 ゼトロスはオトゥリアに続けて告げてくれた。


 ───じゃあ、明日でいいじゃないか。


 彼はそう思ったのだが、オトゥリアの瞳は離してくれなかった。


「私は戦力になれない。ごめん。でも……ここを早く攻略しないといけないのは事実だから……進んで欲しい」


 それは真っ直ぐに伝えられた、オトゥリアの思いだった。


 ───確かに、明日を待ったら地図なしで遺跡を攻略しなきゃならないな。王女ミルヒシュトラーセを救いたいなら早く進むべきだし。


「私は一応、騎士団員だから特例でここの転移盤ワープポイントを自在に移動できる。

 だけど、アルウィンと一緒に行きたいから第一層から攻略することにしたし……それで生じた時間の喪失をなるべく回収したいんだ」


 空気を読んだのか、ゼトロスは風の魔法である〝風壁〟を発動させて周囲に音を遮断していた。


 アルウィンとオトゥリア、二人だけの空気にしてくれたのである。

 ゼトロスは風壁の外から二人を見つめている。


「最悪、私を置いていってもいい。そうしたら私は特権を使って50層まで先に行ってるから」


「でも……それは」


「ミルヒシュトラーセ様のために50層には早く行きたい。どんな方法でもいい。これは早く進むためのチャンスだから……」


 なぜか、アルウィンの心臓はどくんと大きく拍動する。


 ───忠誠心、ってヤツか。


「アルウィン。お願い。私は何も出来ないだろうけど……50層まで行って欲しい」


 真っ直ぐに見つめてきたオトゥリアの瞳。

 それに対し。


「好きな人にそんな可愛い顔でお願いされたら……応えたくなっちゃうじゃないかよ……」


 そう返したのだった。

 アルウィンは身体をポキポキと鳴らし、そしていきなりの彼の発言に頬を染めたオトゥリアを見る。


 彼は、夜間に50層にまで進むことに対しては依然として反対だった。

 けれども。

 大切なオトゥリアが、彼に進んで欲しいと言った。

 そのため。彼は、オトゥリアを愛する男として期待には答えたいからと腹を括ったのだ。


「やってやる。お前が居なくても、ゼトロスが魔力を扱えなくても……オレがやる。

 体力も魔力も、オレはまだ残っている。夜通し戦うことも出来なくはないと思う。

 だけどオトゥリア、お前はゼトロスの上で休んでてくれないか?

 オレは、オトゥリアがいるお陰で力が漲ってくる、そんな気がするんだ」


 ずっと、彼が追いかけ続ける幼馴染のオトゥリア。

 目標があるからこそ、彼は剣を振れた。

 シュネル流の実力も、めきめきと上達していった。


 ───オトゥリアのお陰で、剣を振る力は溢れてくる。オトゥリアと求め合うような関係だからじゃなくて更にその上、与え合う関係だからそうなるのであって欲しい。


 辺りを見ると、陽は僅かに光を残し、夜の砂海に眠るかのように沈むところであった。


「ありがとう。そう言われると……嬉しさが爆発しちゃいそうになっちゃう」


 オトゥリアは、そう言いながらアルウィンに抱きついていた。

 彼は、鈴蘭の匂いを纏わせた頭を撫でてやる。


 そして。

 うっとりと目を細めたオトゥリアに、アルウィンは言った。


「オレが地図を預かるよ。オレがどうにか罠を避けながら50層までオトゥリアを運ぶ。

 ゼトロスが魔力なしじゃ倒せないような魔物がいたら、オレが倒す。これでどうだ?」


「うん……!!いいよ!」


 オトゥリアの声は、アルウィンの耳に心地よい温もりを与えてくれていた。

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