第22話 遷辿種

 ───どんどん距離を取られてる。何ていうか……絶対におかしい。白仙狼フェンリルがこんなに強いのはおかしいでしょ……


 オトゥリアの脳内はフルに回転をしていた。

 白仙狼フェンリルは確かに魔法を撃ってくるし、防御力も知能も高い。

 それは勿論、知っていた。


 けれども。

 氷結散弾アイシクルショット〟を派生させたこの〝氷結連弾アイシクルマシンガン〟という攻撃魔法を扱えるほど、魔力操作に長けた個体は報告がないのである。


 それだけではない。


 オトゥリアを見て直ぐに距離を取れるほどの知能や、低威力とはいえ幼体の首を刎ね飛ばせる程の一撃でかすり傷にしかならない防御力などが、一般的な白仙狼フェンリルの枠を越えているのだ。


 ───今思うと、白仙狼フェンリルの身体は通常よりもふた周りは大きい……かも?


 そう思ったオトゥリアは───


「どういう事……??通常じゃないってことは……遷辿せんてん種!?」


 そう、口に出して叫んでしまっていた。


 その時。

 突如として、彼女へと飛んでくる氷塊が、飛んでくる途中で霧散した。

 氷塊へと供給されていた魔力が消えたためだ。




 同時に。


「シュネル流!〝銀月ぎんづき〟!」


 飛び出した影は、白銀に輝く剣を手にしていた。

 アルウィンが、魔法を放ち続けていた白仙狼フェンリルの魔力が切れたその隙を狙っていたのだ。


 ひゅっと音を立てながら、逆手で握られた剣が右後方から左前へと振り抜かれる。


 その軌跡が───中途で輝きを失った。

 途端に、強い衝撃がアルウィンの腕を走り抜ける。


 ───なっ!?防がれた!?


 彼の剣は、ガキンと音を立て、ぐわっと開かれた白仙狼フェンリルの前爪に弾かれていたのである。

 バックステップを取りながら、再度一撃を入れようとするのだったが───


「アルウィン!!戻って!」


「……ああ!」


 オトゥリアから声を掛けられ、彼女の横へと戻るのだった。






「アルウィン。あの白仙狼フェンリルは通常の個体なはずがない。明らかに強すぎるし、大きさも違う。規格外の強さ……って感じなんだ。

 多分……あの子は遷辿種だよ」


 横に戻ったアルウィンに、彼女は感じたことを伝えていた。

 すると───


「ほう、我をそこらの同族と違うと見抜きおったか」


「「……!?」」


 どこからともなく聞こえるのは、冷たい声だった。

 ぞわりと、身の毛のよだつような感覚に陥ったアルウィンとオトゥリアは互いに視線を交わす。

 それは、野太い声であり、アルウィンの声とは全く異なるものだった。


「悪くないぞ、人間」


 その声は、心做しか彼らの目の前─── 白仙狼フェンリルから発せられているようだった。


 彼らの胸中は凍りつくかのような驚きでいっぱいになっていた。冷や汗が背中を伝い、どくんと鳴った心臓が早鐘のように打ち始める。


「……もしかして……喋れるの!?」


 オトゥリアは剣を正面に構え、警戒態勢を怠らない。


「そうだ。我は貴様ら人間が遷辿種とかいう存在だ。普通の同族とは少々異なるわな」


「…………」


 アルウィンは、白仙狼フェンリルの発した声への並々ならぬ恐怖と驚きに翻弄され、自分の常識が揺らぐのを感じていた。

 まるで、神々のような存在と対面したかのように。

 戦慄した彼は何も出来なかった。




 遷辿せんてん種。

 それは、身体の強靭な個体が長い年月を経て独自のホルモンバランスによって特別な成長を辿り、異形と化した個体を指す。


 例えば、爪が以上に発達した個体や、魔力増幅器官が強大化したものなど、10万体に1体程度の割合で異常発達した個体が存在すると言われている。


 しかしこの白仙狼フェンリルは、やや大きく見えることを除き外見上では特に特異な点は見受けられなかった。

 しかし、遷辿種に共通するある種の狂気に満ちたオーラがかの個体を取り巻いていたのは事実だった。


 言葉を魔力に乗せて喋ることが出来ていたり、上級魔術師アークウィザード程度の複雑な魔力操作が出来ている以上、魔力制御を行う器官が異常に発達していると考えられる。


 白い巨体から発せられる、魔力に飛ばされた言霊。

 それは、鼓膜に入るよりも前に彼らの身体全身が音を拾っていた。


「最初は、我が臣下が他山の白仙狼フェンリルに嬲り殺されたことから始まる。

 怒り狂った我は、感情に任せてこの階層の他の山にいた全ての白仙狼フェンリルをいつしか葬っていた。

 それでも湧き上がる怒りは収まらず、我は下界層にも赴いて更に同族を殺めたのだ。

 その時には、我は他の同族を赤子の手をひねるように殺せる程にまでなっていた。

 更に、20層だからとナメてかかってきた貴様らのような間抜けな冒険者共も全て消し去ってやった」


 白仙狼フェンリルの冷たい声に、アルウィンとオトゥリアは身体を震わせる。


 何か圧倒的で、言葉では説明できない白仙狼フェンリルの存在感がアルウィンを包み込む。

 彼は、その場に釘付けにされてしまっていた。






 ───遷辿個体だということは……確定した。

 そしてこの個体は、おそらく無敗。

 もしもこの個体を使役テイムできたのなら……予定以上に旅の行程が楽になるんだろうな。


 言葉を発したことには驚いたものの、彼女が考えていたことは変わっていなかった。

 遷辿種であろうと白仙狼フェンリルであることには変わらないのだ。

 当然、使役テイムも可能である。


「さあ、問おう。汝らよ。

 今ここで去って生きるか、それとも我に挑むか、選ぶがよい」


「そんなの……決まっているじゃん!!戦うよ!」


 オトゥリアは即答していた。


 ───こんなに強そうだし大変だけど……アルウィンとなら、何でも出来る気がする。それに、もし使役テイムができるならアルウィンだって絶対に喜んでくれるよね。


 彼女が横を見ると、アルウィンは未だに口を開けたままで放心状態のように見えた。

 喋った白仙狼フェンリルを見て、感情が追いつかずに、ただその場に立ち尽くすしか出来なかったのだ。


「……アルウィン!!」


 彼女は、鋭く隣にいたアルウィンの名を呼んだ。

 すると彼は、はっと目を見開いて彼女を見る。


「悪い。暫く金縛りに遭ったみたいな状態になってたみたいだ……」


「ううん。大丈夫。戦えそう?」


 愛しさのあまりに心配する、温かみのある真っ直ぐな瞳に自身が映る姿を見て───アルウィンは「問題ない」と答えるのだった。


「よし。さっきとは作戦を変えるよ。私も距離を詰める」


「……オレも2人で肉薄しに行こうかと思ってたんだ。行くぞッ!」


「うん!!」


 アルウィンとオトゥリアは縮地を深く発動させ、一瞬で白仙狼フェンリルの懐へと到達するように大地を蹴り上げていた。


 オトゥリアの使える、〝天吹あまぶき〟や〝割天かってん〟のような飛ぶ斬撃は白仙狼フェンリルに対してほぼ効果がない。

 となると、彼女もどうにかして巨体の懐へ入らないといけなくなったのだ。

 

 しかし。

 縮地は直線にしか移動することが出来ないというデメリットがある。


 白仙狼フェンリルはそのデメリットに気が付いていた。

 幾度となく冒険者を返り討ちにしてきた個体である。

 剣士と戦闘を重ねる毎に少しづつ知っていったのだ。


 遠くから縮地で駆けてきた攻撃など、簡単に回避出来る上、避けてしまえば何ら恐ろしいことはないのである。


「〝常閃蛇光じょうせんじゃこう〟ッ!!」

「はあああああっ!〝翠嶂すいしょう〟ッ!!」


 左右から、アルウィンとオトゥリアが同時に剣を振り抜いていた。


「無駄だ!」


 障害物を避ける馬のように、軽やかなステップで2人の斬撃を悠々と回避する白仙狼フェンリル

 その表情は嗤笑に満ちていた。

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