第19話 引火
自らの粘液や身に纏ったブレスの重油を撒き散らし、辺り一面は既に油の海のような状態にしてしまっている。
アルウィンとオトゥリアの鼻腔に入る、ツンとした匂いは強烈だった。
退路を塞がれた彼らは、さっと剣を構え、突撃がいつ行われても対応できるように待つことしか出来ない。
「あの液に触れた途端に粘性で身体の動きを制限されるから縮地は無理だし、跳んでも格好の的になるな」
「そうだね……
私たちが火魔法を使えないことをしっかり理解してる素振りがあるし」
そして。
囲いの中央にある半径5ヤードほどの安全地帯にいたアルウィンとオトゥリアへ向けて3発のブレスを放ったのである。
「クソっ!ここの足場も無事って訳じゃねぇのか!」
3発のブレスは狙い通り、しっかりとオトゥリアとアルウィンのいる安全地帯へと落ちていく。
それが着弾した途端に油液が周囲に広がり、半径1ヤード程度の染みが3つ形成された。
油の流れていない地点を徐々に狭め、残った足場にアルウィンとオトゥリアを誘い込むという手だ。
完全に彼らの動きを封印出来るようになるまでは、ブレスが延々と続くのだろう。
油の海の向こうで2人を眺める
グロァァァァァァァッと、まるで地の底から唸るような声が轟いた。
「勝利宣言みたいな叫び声だね……」
「クソッ!!ハメられた!!」
「私達が飛び出すのを待っているのか、それとも油に呑まれるのを待っているのか……
いやらしい敵だね……ほんと」
「火魔法を使える魔法使いを連れてくればここまで悲惨な状況にならなかったハズだ……
適当に冒険者に声をかければよかったな」
「でも、アルウィン。勝ち筋は無いわけじゃない。
さっきアルウィンが言ったみたいに、火花を散らせば確実に引火するけど……」
「こんなにドロドロしているんだから、燃やしたらヤバいガスを出すものも入ってそうだ。
確か……硫黄ガスだ。父さんの本にアスファルトや重油について書いてあったから」
アルウィンの表情には、僅かな躊躇いがあった。
燃やしたところで、これだけ周囲に重油が散布されているのだから危険なガスが充満する。
けれど、オトゥリアの表情は変わっていなかった。
「アルウィン。毒に対して耐性はある?それか、呼吸を止めたら息はどのくらい持つ?」
「毒耐性はない。息は……2分くらいは」
「それだけで十分だよ。
私たちが斬り合って火花を出して油を燃やそう。
幸い、
引火したら一気に炎が広がるから、王女殿下の護衛として毒への耐性を身に付けた私が討伐するよ。
アルウィンは直ぐに20層への出口へ向かってて!直ぐに追いつくから!」
勢いよくそう言った彼女の表情からは、有り余る自信のようなものが見えていた。
「お前……毒には耐性があるのか!?」
「うん。だから……アルウィンよりは上手いことやれるよ」
オトゥリアの策は、なかなか悪いものではなかった。
あの油性の粘液さえなければ、彼女ならばあの巨体でも一撃で断ち斬れるだろう。
「……解った」
「アルウィン。魔力で身体全身を覆ってね。そうすれば服に引火することは免れるはずだし!」
「この服はラルフ特製の炎に強いものだし、魔力も通しやすいから大丈夫だ。
オトゥリア。毒耐性があるとはいえ……無茶はすんなよ!」
「大丈夫。一撃で倒すから!」
「じゃあ、お前に任せる」
アルウィンは拳を差し出していた。
オトゥリアも、彼のそれにコツンと合わせる。
そして、「さあ、やるよ!」と強い目線を彼に送っていた。
───よし。火花を散らすぞ。
アルウィンが魔力を身体全身に纏って息を吸い込んだことを確認すると、オトゥリアは合図を送る。
そして。
彼らは、上段に構えた剣を引き絞って全力で振り下ろしていた。
オトゥリアが振り抜いたのは、彼女らエヴィゲゥルド王国騎士団が開発した剣技のひとつ、〝
対するアルウィンは、1番早く、1番手に馴染む〝辻風〟を選択した。
振り下ろされたオトゥリアの鈴蘭の剣に、下から包み込むような起動をとるアルウィンの白鉄の剣が重なった。
そして、彼の剣が彼女の剣を掬い上げるように引き上げていく。
ジャリッという、下から擦れる音。
両刃はオトゥリアの縦移動の振りとアルウィンの円軌道の振りに強く擦り合わされ、周囲に大量の火花を発していた。
それらは風に飛ばされる蒲公英の綿毛のように発生源から次々に飛び散っていく。
そのうちひとつが、重油の表面を焦がした。
「今!逃げて!」
オトゥリアはアルウィンにそう告げると、跳躍して
───やってくれよ!オトゥリア!
オトゥリアに背を向けたアルウィンは、入り口と真反対の箇所、つまり出口へと狙いを定めて跳躍した。
火花が飛び散って重油を焦がしたところからは、炎が一気に立ちのぼる。
それはまるで生き物のように地面を這い、ごうごうと空気を焦がす音を響かせていた。
いつの間にか、アルウィンの眼下には、2人で作った火種が大海を作っていた。
炎のうねりに、時折見えるものは噴水のように湧き上がる紅炎だった。
───成功だ。あとはオトゥリアがやってくれれば大丈夫だな。
アルウィンは油がたまたま塗られていなかった場所を見つけると、そこへと着地する。
そしてまた、炎の中を突っ切りながら出口へと跳躍していった。
一方で。
オトゥリアは炎の海から昇る黒煙に身を包みながら、
───暴れ回ってるのかな。魔力感知で
オトゥリアが前方に目を向けると、燃える海の外には暴れ回る炎の山があった。
身体は豪炎に蝕まれ、
炎の海の外側までどうにか逃げたものの、身体の油が着火してしまったようだった。
彼女は、燃え盛る大炎を突き抜ける。
「〝
振り上げられた鈴蘭の剣。
オトゥリアは剣に魔力を思いっきり込め、のたうち回る
オトゥリアの鈴蘭の剣は、脳天へと迫っていく。
そして。
彼女の跳躍の勢いもあってか、儼しい兜のような頭骨に刃先が突き刺さり───ゴッ!!と音をたてながらそれは一撃で砕かれていた。
一般的な冒険者の剣であれば、破壊力はオトゥリアほどではなかったのだろう。
下手したら、頭骨に弾かれるほど硬い肉質ではある。
討伐の定石としては、手足を使えなくさせてから頭部を狙うだろう。
しかし。
オトゥリアの一撃目はあっという間に顎まで真二つにし、更には喉元を深くまで裂いていたのだ。
ましてや、オトゥリアを視界に入れることすら敵わない。
地に足をつけたオトゥリアは切り返し、勢いそのままに剣を左腰の位置へ運ぶ。
そして、左腰から腕と腰を連動させて、脂肪が厚い喉元を左の逆袈裟で斬り上げていた。
彼女から左後ろから聞こえる、ゴゴゴゴゴッという地響きのような音。
そして飛び散った、
オトゥリアは静かに剣を鞘にしまうと、未だに燃え続ける敵の身体を眺めていたのだった。
「終わったよ、アルウィン」
そう呟くと、炎の上がっていない部屋の壁際を伝って歩んでいく。
前を見ると、開いた扉の隣でアルウィンが手を振って待っていた。
───アルウィン!!
彼の姿を見た瞬間に嬉しさを覚えたのか。
頬を上気させた彼女は駆け出していくのだった。
「お疲れ様、オトゥリア」
アルウィンは、彼女の肩にぽんと手を乗せる。
炎の渦に阻まれて、オトゥリアが討伐する瞬間は見えていなかったはずだ。
それでも彼は「直ぐに討伐してくるなんて凄いじゃないか」とニッと笑いながら彼女を見つめる。
───もう、アルウィンはズルいなぁ。
凄いと言われ、満更でもなさそうに表情を蕩けさせるオトゥリアがそこにはいた。
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