第18話 油まみれの巨大カエル
強力な後脚で飛び上がった
「アルウィン!跳ぶよ!」
「ああ!」
オトゥリアの掛け声と共に、縮地でしっかりと回避するアルウィン。
ガチンと大きな音を鳴らして大顎は空を噛む。
オトゥリアが振り返ると、
「もしかして……次の狙いは私!?」
今度の
上から押し潰すように攻撃してくるものだと思っていたオトゥリアは、予想外の直線攻撃にワンテンポ遅れて剣を構える。
「〝金剛〟ッ!!」
オトゥリアが咄嗟に出した技は、トル=トゥーガ流の〝金剛〟であった。
迸った魔力が彼女の身体と剣を、厚く覆う。
魔力制御によって、剣に盾のような能力を付与する防御の剣技である。
一方で。
勢いよく突進した
口をぎゅっと結んで顎を引く
オトゥリアに顎でぶつかるつもりなのだろう。
「…………」
けれど、オトゥリアは動かなかった。
迫る巨体から身を守るために剣に全神経を注いでいるのだろう。
グルアアアアアアアアアッ!!
鼓膜を破るような咆哮と共に、オトゥリアに巨体は激しく激突した。
「オトゥリアァァァ!!!」
衝撃と共に煙が舞っている。
アルウィンは、反射的に叫んでしまっていた。
オトゥリアが無事かどうか視認することは煙に遮られて出来ない。
しかし。
彼女の魔力はしっかりと、彼女のいる場所から放たれていた。
「アルウィン!私は無事だよ!」
という言葉と共に、砂煙の中から飛び出たオトゥリアはアルウィンの隣へと戻って来た。
その屈託のない笑顔を見て判るように、傷一つない。
───よかった。オトゥリアは無事だ。
彼は胸を撫で下ろす。
しかし、まだまだ戦闘は続行中だ。
「威力とかは……どうだったんだ?」
「威力は大したことなかったよ。
私がトル=トゥーガ流を学んでるのもあるだろうけど、アルウィンでも問題なく受け流せると思う」
「そうなのか……危険だって話なんじゃないのか?」
「私は
「オレたちエヴィゲゥルド王国の人間には初見の魔獣になるから、ここじゃ危険度が高いって話になってるのかな」
「多分……そうだと思う」
実際のところ、アルウィンの推測は正しかった。
この
その地方での危険度は、ダイザール迷宮で噂される程度ではなかった。
炎で粘膜を焼かない限り攻撃が通ることはない上にタフさは目を見張るものがあるが、攻撃パターンはとてもシンプルなのだ。
真正面への跳躍、突進、噛みつき、拘束のブレス等々しか攻撃手段を持っていない。
知性が高い分、拘束能力のある油液で冒険者を追い詰めるような行動もみられるものの、上位冒険者であれば苦労することはない魔獣なのである。
「そうとわかれば、どうやって粘液を攻略するか考えようよ」
そうオトゥリアが言った途端。
息を大きく吸い込んだ
「オトゥリア、あれは何だ?」
「確か、粘性の強い油分を含んでいる液体だよ!
あれに当たると身動きが取れなくなるんだって」
「それはマズいな」
アルウィンとオトゥリアは駆け出した。
黒色の液体は、
オトゥリアもアルウィンも、魔力を込めなくともそれを回避出来ていた。
「ほら!飛竜種に比べればなんてことないよ!」
「そうみたいだ。となるとあの粘液だな、厄介なのは」
「そうだね……」
視界の先で、
二人まとめて潰そうとしているのだろう。
けれどもそのとき、アルウィンは口を開くのだった。
「オトゥリア!対処はオレにやらせてくれ!」
オトゥリアはアルウィンの意図を汲み取ったのか、「頑張ってね」と囁いて横に跳ぶ。
耳をくすぐられた快感に彼は頬を染めたが、それでも目はカッと見開かれたままだった。
兜のような頭骨。
アルウィンの背丈ほどある2つの剛牙が、彼を貫くかの勢いで迫る。
アルウィンは即座に見切っていた。
その牙の部分だけ、刀を弾く油性の粘液に覆われていない、ということに。
「〝
バックステップをとったアルウィンは、噛み千切ろうとした
ギリッという音と共に、剣先が剛牙に突き刺さった感覚が彼の腕に走る。
そして足により一層魔力を込めると、一歩踏み出して左斜め上に斬り上げた。
「やっぱり牙は堅いよな」
そう呟いたアルウィンが、無防備に開けられた口内を斬ろうと〝瀧水〟の2段目を放とうとした途端。
アルウィンの間合いから後脚を駆使して即座に退避した
〝瀧水〟の2段目は虚しく空を斬っていた。
「!?」
予想もしなかった
「今の、何かに恐れたように見えた…
それも、オレが1段目を振り切るかどうかの時からだ」
「そうだよね。
やっぱり、2段目とは無関係に、何かから逃げていた気がするよ」
何かから逃げた。
そうオトゥリアから告げられたアルウィンは、何かを思い浮かんだのか彼女を見た。
「逃げた理由は3つくらい浮かんだ。
馬鹿げた仮説かも知れないけど、聞いてくれないか?」
一瞬だけ驚いた表情を顔に浮かべたものの、オトゥリアは直ぐに彼の直感を頼ることにした。
「アルウィン……解ったよ。言って」
オトゥリアは知っていた。
アルウィンの直感は、ここぞという時に存分に発揮されるものだということを。
本来であれば、彼はカンを働かせる直感型ではなく、教養や知識で推察するような人間である。
しかし。
彼は昔から、剣を握ったら鋭い本能的な直感を併せ持ちながら行動出来るようになるのだ。
「1つ目の仮説だ。
さっきオレは左牙に浅めの傷を入れてみたんだけど、それでアイツは飛び退いたんだ。
牙を斬られた痛みで距離を取ったんじゃないか?」
「十分に有り得るね。他の2つは?」
「2つ目。
剣の軌道はそのまま真っ直ぐ振り向いていたら右眼もあるいは斬れていたかもしれなかった。
だから、直感的に眼の被弾を避けたかったって可能性だ」
「なるほど……
でも確か、
眼を避ける理由ってのは……私たちなら脳天まで刃を通せるからだね」
「それに、オトゥリアは言ってたよな。
「そうだね。行けるなら目を狙おうか。
あっ、でも、無理に目を狙いすぎると強力な顎が危険だね。
最後の仮説はどう?」
「最後なんだけど、もしかしたら飛び散った火花が引火することを恐れたんじゃないかって仮説だ。
もしこれが正しいんなら、火属性魔法が使えない中でも攻略できる糸口になるぞ」
最後の仮説をアルウィンが伝えた時。
オトゥリアは剣の鍔に手をかけていたが、その手を顎において「うーん」と唸る。
なんとも可愛らしいその仕草に、アルウィンは少しだけ見惚れながらも一言を発した。
「オレは、最後のが一番勝てる可能性があると思ってる。
火花を必ず出せるかは解らないけど、もう一度〝瀧水〟で試してみるか?」
「いや、試すなら別な形で私も協力するよ。
1度、
「オトゥリアとなら確実に火花を作れる気がするな」
「奇遇だね。私もだよ!」
2人が会話をしていた時。
「なっ!?」
その行動の意図は2人には解らないものだった。
ブレスはある程度の高さにまで達すると、勢いよく真下の
そして、
脚の動きに合わせて、黒い油液が地に垂れ落ちていった。
そして、あっという間に。
2人は
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