第17話 最初の守護者

 白仙狼フェンリルが生息しているのは、20層以降に広がるオープンエリアと呼ばれる層だ。

 王女ミルヒシュトラーセのために最速攻略の選択を採ったオトゥリアは、20層で白仙狼フェンリル使役テイムしたいはずである。

 そして、もちろんその20層にも最速で行くつもりなのだ。


 洞窟に突入してから5時間後。

 予想時間よりもかなり早く、アルウィンたちは19層にまで到達していた。

 普通1時間半以上かかる各層を、オトゥリアの判断で魔力で脚力を強化させながら駆け抜けたのである。


 そのため、アルウィンの魔力は最大量の1/8程度の消耗で済んでいたものの、オトゥリアのものは最大量の半分程度ほど失われてしまっていた。


 それは、アルウィンの魔力量がオトゥリアよりも高いことが関係している。

 彼女の魔力量も普通の上位冒険者とは一線を画すレベルであることに間違いないが、それでもアルウィンの方が数段階魔力量が多いのだ。

 幼少期から魔力の訓練を受けていれば魔力量を伸ばすことが可能なのだが、アルウィンは母からの遺伝によって魔力の基礎量が高かったのである。


 途中までオトゥリアは魔力を温存する選択を取っていた。

 けれども、途中でサソリの群れを抜けてからは考えが変わったようである。


 白仙狼フェンリルを捕獲し使役するためには、オトゥリア曰く、彼女の残存魔力が1/3あれば問題ない程度であるという。

 19層でオトゥリアが脚力強化以外で魔力を消費しなければ、問題なくできるようだった。


 幸いにも、オトゥリアが危惧していた洞蝦蟇ヤーガーグローダはアルウィンたちの眼前に出現しなかった。


 しかし。

 第1層から続く洞窟エリアの最終層であるこの層は、洞蝦蟇ヤーガーグローダの歴戦個体、兜蝦蟇ルスニングローダ、粘液に毒を持つ黄カエルの歴戦個体、虎王蛙ティゲルコングローダ、舌を鞭のように扱う女王蛙ドロニングローダのうち1体がランダムで20層への入口を守っているというのだ。


 各エリアの最終層には守護者ガーディアンがおり、それらを討伐しない限り先のエリアに足を踏み入れることは許されない。


 現エリアの守護者ガーディアンは3種類。

 氷魔法と風魔法しか使えないアルウィンたちにとって、カブト蝦蟇ルスニングローダと当たるということは極力避けたいもの。


 ───他の冒険者で炎魔法が扱える人がいたら、一時的に勧誘しようとオトゥリアは話していたが、そんな都合よく見つかるものだろうか。


 そう思いながらも、アルウィンは襲いかかるカエルを薙ぎ払うかのように斬り捨て、噛み付こうとした大蛇サーペントも躊躇うことなく一刀両断。


 苦戦する他の冒険者があんぐりと口を開ける程のスピードで死体の山を築きながら駆け抜けていく2人。

 その目の前に、19層到達から25分ほどという驚異的な速さで20層に続く道を守る守護者ボスの部屋への入口に到達してしまったのである。


「この階段を降りたら……いるんだよね?」


「ハズレを引く確率は1/3だな。吉と出るか凶と出るか……」


 入り口は50段ほどの階段となっていた。

 そのとき。

 オトゥリアが口を開いていた。


「ごめん……私、ちょっとだけ喉が渇いたから、休憩にしていい?10分くらい」


「あっ、そうだな。オレもあれだけ走ったし、喉が渇いたな」


「でしょ?一緒に休憩、しよ?」


 携帯式収納袋スペースポケットをガサゴソと探っていたオトゥリアが、アルウィンに対して眩い微笑みを顕にする。


 彼女は事前に作ってきた紅茶の魔法瓶を取り出そうとしていたが、ハッと気がついて手を止めた。


「そういえば、さ」


「ん?」


「ねぇ、アルウィン。これ!」


 オトゥリアは魔法瓶とは違う、別な水筒をアルウィンに見せていた。

 それは、1層で手に入れた水であった。

 魔素の溶けた水があれば、多少は魔力を回復することが出来る。

 恐らく、オトゥリアが水筒ひとつ分くらい飲めば全体の1/5程度は回復できるだろう。


「アルウィン、いる?」


「いや、いいよ。オレは魔力が結構残ってるし、紅茶の方を貰おうかな」


 アルウィンはオトゥリアから紅茶の魔法瓶を受け取ると、一口だけ胃に流し込んだ。

 熱気が彼の喉を伝い、腹の奥まで染み込んでいく。


「それにしても、アルウィンの総量は凄いよね!

 これで魔法を魔術師レベルまで使えれば、もっと凄いのに」


「母さんはオレに魔法を全部教えきる前に死んじゃったからな」


「シュネル流の剣士は左手が空いてるんだから、左手で魔法を放てたらいいんだけど……

 利き手じゃないし、左右非対称なことをして魔力を練るのは難しいよね」


「そうなんだよな。

 実際、何度練習してみても左手じゃ上手く魔法が練れないで暴発しちゃうか霧散しちゃうかなんだ」


 会話をしながら水筒の水を飲み終えたオトゥリアは、「飲み終わったよ」と一言。


「うーん、私が言えることじゃないかもだけど」


「オトゥリアの言うことなら、何でも」


 オトゥリアは頬を好調させると、アルウィンの腕をぎゅっと掴む。

 その表情には、少しだけ艶めかしさを孕んでいた。


「えへへっ、嬉しいな。じゃ、言うよ。

 頑張ってるアルウィンの姿、なんかカッコいいなぁ……って思っちゃったんだ」


「えっ?ええええ!?」


 ───不意打ちすぎるって。なんだよこれ。


「昔は頑張ってる目標が同じだったから気が付かなかったけど、今じゃハッキリわかる。

 私と別なことで頑張れいてるのはカッコいいよ」


 オトゥリアの吐息が、少しだけ色っぽい。


 気が付いた頃には、「えへへ……」と、火照る顔がアルウィンの胸に飛び込んできていた。

 途端、彼の心臓は激しいビートを刻み出す。


 寄りかかり、頬を緩めるその姿は、まるで酔っ払って理性が薄れかけている人のように見える。


「おい、魔力酔いか?魔素を急に取り込むから!!

 くそっ!〝氷結フリーズ〟!」


 アルウィンはオトゥリアの額目掛けて〝氷結フリーズ〟を容赦なく噴射。

 冷気を当てられたオトゥリアは、「ひゃあああ」とじたばた暴れたが、暫くすると魔力酔いが冷めたのか恥ずかしそうに俯いた。


 魔力酔いとは、急激に血中の魔素濃度が増加した時に身体がそれに反応出来ず、酒を飲んだ時のような酩酊状態に陥ってしまうことを指す。


 酩酊状態とは行かないまでも、彼女はある程度思考力が落ちていた。


 どうやら、酔っても記憶が残るタイプらしい。


「じ、じゃあ休息も済んだことだし!

 い、行こっか!」


 目をぐるぐるさせて踏み出したオトゥリアに、アルウィンは「おい誤魔化すなよ」と言いたい気分を我慢して立ち上がる。


「そうだな。

 ちゃっちゃと守護者ガーディアンを倒しちゃおうな」


「そ……そうだね!」


 オトゥリアの霊角獣ウニコールのブーツが、カツカツと音を立てて階段を震わせる。


 アルウィンは魔力の流れを確認しながら、いつでも抜剣出来るように身構える。


「今まで私たち、1度も洞蝦蟇ヤーガーグローダと当たってないから、今回も幸運で乗り切れる気がするよ」


「そうだといいけどな……」


 階段を下りると、そこにあったのは大広間だった。

 部屋の大きさは200ヤード四方くらいだろうか。

 部屋は人工的に正方形に作られており、等間隔に設置された龍の形の燭台の上に設置されている光源が、ゆらゆらと室内を照らしている。


 ───ウチの領主、ジルヴェスタおじさんの館の広間よりデカイな。なんだよこれ。


「おかしいな。守護者ガーディアンがいる筈なのに私たちの他に気配なんてないよ」


「うーん、何でだろう」


 2人が部屋のど真ん中の場所へと歩みを進めた時だった。


 ガラガラという音が数秒して、その後にドガンッ!という音を最後に残して静寂をつくる。

 その音は、2人後ろから響いたものだった。


「「!?」」


 慌てて振り返った2人が見たものとは。


 締め切られ、逃げ出すことが不可能になった入り口であった。


「あーあ。閉じ込められたね」


「ってことは……そろそろ来るってことか!?」


「そういう事だよ……ほらっ」


 オトゥリアが指さした前方には、いつの間にか薄い霧が立ち込めていた。

 その霧の中から、石炭のように燃える真っ赤な目が2人を睨みつける。

 その目の位置は、先程までの巨大カエル達よりも遥かに高所だった。


 15フィートほど上からギラギラと光る眼。

 そして、大樹の幹のような太さの剛腕。

 発達した大顎から伸びる2本の剛牙。

 そして。

 兜のようないかめしい頭骨。


「オトゥリア……これってもしかして」


「うん……」


 ───空気を漂うこの匂いは。

 重苦しい、油の匂いであった。


「最悪だ……

 ヨリにもよって最後で兜蝦蟇ルスニングローダを引いちまうなんて」


「火魔法が使えないから今はどうにかして勝つことだけを考えようよ」


 2人を踏み潰さんと飛び上がった洞蝦蟇ヤーガーグローダの歴戦個体である兜蝦蟇ルスニングローダに、2人は飛び出していた。

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