第13話 いざ、迷宮へ

 迷宮の入り口は、洞穴になっていた。


 髭面男に先導されるままに左手に冒険者の列を見ながら突き進む2人。

 洞窟の最奥には魔法陣が刻まれた転移盤ワープポイントが5機設置されており、その上に冒険者が乗って各々の行きたい場所へと向かっているようだ。


「おふたりはダイザール迷宮に足を踏み入れたことはないという認識で、お間違いないでしょうか?」


 髭面男の問いに、オトゥリアが頷く。


 転移盤ワープポイントは名前の通りに、同じ迷宮内であれば1度登録したほかの転移盤の上に転移ができる便利な魔道具アーティファクトである。


 過去に他の転移盤を登録しているのならば登録した中で自分が行きたいと思った場所まで転移でき、まだ登録した場所がない場合は自動的に1階層の初期地点に転移するようになっているのだと髭面から説明を受け、アルウィンたちは深呼吸する。


「ちょっとドキドキしてきたね。

 でも、私たちなら大丈夫だってアルウィンが言ってくれたんだから、頑張ろうね」


 アルウィンの耳元で囁くオトゥリア。

 耳に吹きかけられた吐息が擽ったくってアルウィンは少し頬を染め身をくねらせる。


 ───オトゥリアにやり返すか。


「絶対に帰還して、王女サマも救おうな」


 アルウィンも負けじとオトゥリアの耳元で囁いた。

「ひゃんっ」と可愛らしい声を立てて悶えるオトゥリア。

 まるで絡み合うかのように繋いでいた手は解け、互いの掌に洞穴特有の冷たい空気が纏わりつく。

 悶えるオトゥリアのその姿に、アルウィンはまるで「してやったり」とでも言いたげな性格の悪い笑みを浮かべていた。


 2人の戯れじゃれ合いは、前を往く髭面にはまったく聞こえていないようだった。

 あるいは、聞こえていても敢えて無視しているのかもしれないが。





 オトゥリアは騎士の特権で、未登録であっても攻略されている最下層の95層までは行くことは可能であるという。

 けれどもアルウィンはその特権が利用出来ず、第1層からスタートする必要がある。

 また、彼の調整のためにも第1層から攻略しようというプランであった。


「それでは、こちらのパーティーの次に進みましょうか」


 髭面の指示で、アルウィンとオトゥリアは列に割り込んで転移盤へと歩みを進める。


 アルウィンとオトゥリアは自分たちに割り込まれるパーティーに、「すみません」とでも言うような目線を向けていた。


 しかし。


「そのお姿……もしや、鈴蘭騎士オトゥリア様ですよね?」


 1人の冒険者から突如放たれた声を皮切りに、群衆が一瞬のうちにざわめいた。


「ええっ!マジ?」

「あの人か!」

「サインくれねぇかな……」

「何言ってんだよバカ!」


 後ろの面々は噂に聞く鈴蘭騎士オトゥリアの姿に大興奮。

 長い間待っていた転移の列に割り込まれることなど特に気にしていない様子だった。


 何かあったらまずいと、アルウィンはオトゥリアを守るような立ち位置で群衆に正面を切る。

 右手で軽く剣に触れ、いつでも〝辻風〟を放てるように身構えていた。


 しかし、過度に心配するアルウィンとは裏腹に、「本物だ!」「すげえ!」「べっぴんさんだ!」など、熱波に似た大歓声が冒険者たちからあがる。


 あまり人に慣れていないオトゥリアは左手でアルウィンの手を探りながら恥ずかしそうに俯いて、それでも応えないといけないと思ったのだろうか。

 無理やり右手を振って応えていた。


 そんな姿を、アルウィンは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情で見つめていた。


 ───それにしても意外だ。オトゥリアって村の中では馴れ馴れしいイメージだったのに。


 アルウィンがそう思った時。

 40代くらいの冒険者のひとりが、彼に声をかけたのだった。


「なぁ、あんちゃん、アンタも王国騎士団の団員だろ?鈴蘭騎士サマと潜るのかい?」


 ───オトゥリアは人気だし……違うと言ったら、少し面倒くさそうだよな。


「んまぁ……そうですね」


 ───オレは騎士じゃないけど、どうせこのオッサンとは一期一会の出会いだ。適当に騎士ってことにしてしまっても構わないだろう。

 それにオトゥリアにとっても、「アルウィン」よりも「騎士団の同僚」として振る舞った方が変な憶測が生まれずに済むはずだ。


 オトゥリアは顔を覆い隠した指の隙間から「なんで変な嘘をつくの?」と言いたげなジトッとした目線をアルウィンに送っていた。


 アルウィンはその目線に、下手くそな笑顔で「とりあえず上手いこと切り抜けるから察してくれ!」と表情で返す。


「察しはついてるが……王国騎士団の仕事で最下層に向けて未解放の場所を攻略するんだろ?」


「「!?」」


 俯いていたオトゥリアは、その質問でハッと顔を起こしてその言葉の主に目を向けた。

 オトゥリアのこの任務は極秘任務という訳ではないが、他人に知られてしまうと少々厄介なモノであることに間違いはない。

 髭面の男は、2人に目配せをした後、はぁと誰にでも聞こえるような大きなため息をついた。


 それを察したのか、冒険者の男が続ける。


「ご、ごめんよ2人とも。探って悪かったよ。

 俺はな、この前96層の攻略で殉職した騎士と飲み友達だったんだ……

 だからよ、アンタらは……その騎士たちよりも明らかに強そうだし……俺のダチの無念を晴らして欲しいんだ」


 2人は目を丸くした。


「頼む。絶対に攻略してきてくれよ!

 じゃないと……ダチも安心して眠れねぇんだから」


 アルウィンの心臓が、どくんと震えた。

 そして、この人や、この人の亡くなった友人の為にも攻略しなければなと思ったのだろう。

 決意の宿ったエメラルドグリーンの光が、彼の瞳から放たれていた。


「……解った。

 だからオレたちの迷宮突破の報告を楽しみにしていてくれ!」


 その言葉を皮切りに、2人に向けて後ろの冒険者から爆発に似た拍手喝采が湧き上がったのだ。


「やってくれ!」

「2人は俺たちの英雄だ!」

「攻略したら俺持ちで宴をしてやるから絶対に来てくれよな!」

「お前!言質取ったからな!」

「さ、酒は3杯までだぞ!それ以上だと破産する!」

「おい!威勢がいいくせにカッコ悪いぞ!」


 狭い入口に、ぐわんぐわんと大声が反響する。

 アルウィンとオトゥリアは反響した何人もの声のせいで、冒険者たちが何を言っているのかはさっぱり解らなかった。


 判ることは、好意的に送り出されていること。それだけだ。


 転移盤の上に乗ったアルウィンは酔ったように誇らしい気分になってしまっていた。

 終いにはアルウィンは拳を上に掲げて「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と吠えていたほどの始末。


 恥ずかしそうな表情を浮かべていたオトゥリアも、応援の叫びを受けて満更でも無い様子。

 いや、恥ずかしいのではなくて応援されて照れくさいのだろう。


「じゃあ、オトゥリア。行こうか」


「そうだね」


 2人は応援してくれる冒険者たちに大きく手を振って、カツカツと転移盤まで進む。

 そして、ゆっくりと転移盤の上の光となって消えたのだった。






「鈴蘭騎士サマと、、絶対に迷宮を攻略してくれよ!」


 先程アルウィンに声を掛けた冒険者が、消えゆく光に向かってそう叫ぶのを皮切りに、入口で一斉にコールが起こっていた。


「「「レ・オ・ン! オ・トゥ・リ・ア!」」」


「「「レ・オ・ン! オ・トゥ・リ・ア!」」」


「「「レ・オ・ン! オ・トゥ・リ・ア!」」」



 止まらない、レオンとオトゥリアのコール。

 そのコールに、持ち場へ戻ろうとしていた髭面の男は頭が痛くなりそうな気分になっていた。



 そう。冒険者たちはアルウィンのことを王国騎士団の遊撃隊隊長レオンだと勘違いして送り出したのだ。





 ………………

 …………

 ……





「ぶぇっくしゅん!」


 同時刻。王城の廊下にて。

 紅い絨毯が敷き詰められた、だだっ広い空間だ。

 周りには大理石の彫刻や絵画などが豪華絢爛に飾られている。

 床に伏す国王に帰還報告をしたレオンは、不意に出てきたクシャミに襲われていた。


 ───なんで急にクシャミが?


 レオンは周りを見渡した。

 視界にあるのは、使用人たちが毎日清掃しているため、ホコリひとつない廊下のみである。


 騎士団本部に戻ろうと歩みを進めていた彼だったが、またもや鼻がヒクついて眉をしかめる。


「ぶふぇっくしょぉぉぉん!ぶぇぇっくし!」


 ───気味が悪いぞ。なんでこんなにクシャミが?


 途端、彼の身に走ったのは悪寒であった。

 全身の毛が逆立ったような、ゾワっとした感覚。

 彼は、いつもの癖で剣鞘に軽く手を置き、いつでも抜刀できる体勢になっていた。


 ───何も無いのにそんなにクシャミする?やっぱり僕、寝不足で疲れが取れていないのかな……


 そう思案するレオンの脳内に現れた物とは。

 窓の外の景色にワイワイしていたアルウィンの、悪夢のような光景であった。


 ───まずい。嫌なものを思い出しちゃったよ。アルウィンさん……いい加減やめてくれよ……


 心の中で発したレオンの叫びは、当然遠く離れたアルウィンには届かない。




 しかし。

 後にレオンは、彼が全く身に覚えのない功績で歴史に名を残すような偉業を成し遂げるのである……


 主に、アルウィンによって。

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