第12話 迷宮の入口へ

 朝の屋台が店仕舞いを始める頃。

 ダイザールの大通りを、アルウィンとオトゥリアは迷宮攻略の計画を相談しながら西へ向かっていた。

 目的地はもちろんダイザール迷宮。未踏破のダンジョンにして、この街の活気の源泉となっている場所だ。


 アルウィンの装束は、クレメルに洗ってもらった昨日の衣類だ。モスグリーンのチュニックと黒のワイドパンツは、冒険で困難に陥らないようにお雇いゴブリンのラルフに縫ってもらったもの。


 布地の糸は、魔力をよく通す嶽仙羊ココシャッフの綿と、耐熱と耐寒に優れる銀鬼蜘蛛アルジェンテラクネの糸が編まれて出来ているというもの。

 彼のことを考え抜いて作られた、ラルフならではの物である。


 アルウィンは自身の脚による機動力を高めるために重い防具を捨てた戦闘スタイルを選択している。さらに、彼が身につけている衣服は魔力の通りがよく、魔力を流せば強度が増すという効果もついていた。

 そのため、並大抵の攻撃では衣類に傷すら付けられないのだ。


 肩に背負っている1本の剣。白鉄の剣という銘のアルウィンの愛刀である。

 その剣は軽く扱いやすい上に、飛竜を幾度狩っても刃こぼれ一つしないという、尋常ではないほどの斬れ味を誇っている。

 もともとはオルブルが冒険者時代に使っていたもので、アルウィンの免許皆伝時に譲り受けたものだ。

 大陸北部の島国、ミヤビ国で鍛造されたもので、その国で生産される刀剣類の中では珍しい大陸南方の剣を模倣した、刀身の両側に刃の付いた剣である。


 一方、アルウィンの隣を歩くオトゥリアの装束は、彼女の2つ名の〝鈴蘭騎士〟に相応しいものであった。

 ハーフアップに纏めあげられた、風に流れる美しい髪。

 彼女の魅力を大いに引き立てているのは、全体的に白と藍色の布地で繕われた可愛らしい戦闘服だ。


 指の先端から肩口まで伸びる純白のグローブと、鈴蘭の模様があしらわれている両手首のバングル。


 レースが内側にあしらわれた袖口から首筋までを優しく覆う柔らかい素材で出来ているブラウス。


 プリーツの付けられたスカートには、右側面の折り目ひと筋分だけ差し色が藍色になっており、反対側の左側面には藍色のリボンが上・中・下と3つ。


 脛を守る、霊角獣ウニコールの表皮から作られている膝下丈の分厚いブーツと、その内側からスカートに隠れるか隠れないかの箇所まで伸びた白いソックス。

 霊角獣ウニコールの素材は魔力を雷属性に変化させることが出来て、彼女の縮地の速度を雷のような速さまで上昇させることが出来るようだ。


 そして、彼女の胸元できらきらと陽を反射する鈴蘭のネックレス。それは、エヴィゲゥルド王国の王女ミルヒシュトラーセからの大切な贈り物だ。


 両肩肩と胸元から腹部にかけての3箇所に魔鉱石の一種であるミスリル製の防具をつけているが、それ以外はアルウィンのような魔力をよく通す布地である。


 ミスリルは魔力の通りがよい素材としてよく知られている。通りやすさで言えば、アルウィンの嶽仙羊ココシャッフの素材の10倍以上とも言われている。

 心臓から流れる魔力回路もミスリルで増幅できる効果がある上に、防具力もアルウィン以上を遥かに超える強さになる。

 ミスリルの胴具は彼女の潜在能力を伸ばす上で絶妙なバランスを保ちながら適合していると言って過言はないだろう。


 ここまで長ったらしくオトゥリアの装備を説明したが、簡単に言わせてもらうと〝大金のかかった強い装備〟である。


 ミスリルは魔素の濃い洞窟か、迷宮内でしか生成されない特殊な化合金属。周辺を彷徨う魔物の強さは相当であり、上級冒険者の上澄みしか採取できない金属と言われているのだ。

 アルウィンにとって迷宮攻略は初めてであり、洞窟攻略もあまり経験ががない。

 そのため、彼はミスリルを見たことがなかった。


 そして、霊角獣ウニコールの素材は、希少価値で言えばミスリルを優に超えるものである。

 激しい雷雨の日に現れると言われる魔獣であり、蒼雷を自由自在に操り、雷のような速さで大地に蹄の跡をつけると言われている。

 種族的には古龍種には分類されないものの、その強さや被害の甚大さは古龍種に引き起こされる脅威と同等であるため、古龍級の脅威と言われている魔獣だ。


 オトゥリアが装備したものは2年前に王都テマイクレンを襲撃した霊角獣ウニコール単独ソロで討伐した時のものだ。

 討伐に成功したことで、鈴蘭騎士オトゥリアの名声は王都の一般市民にまで広まり、彼女は一躍有名人になった。

 彼女は王都や冒険者の間でも人気が高く、1人で街を歩いているとサインを求める群衆に囲まれてしまうらしい。



「……ということで、今日は40層を目的地にしながら突破しよう」



 アルウィンの左手を突然ぎゅっと握って、顔を綻ばせているオトゥリア。

 いきなり手を繋がれた彼は、耳まで真赤に染まっていた。

 彼女曰く、昨日までの不安な気持ちは彼と一緒にいることで払拭できたらしい。

 2人はいま、迷宮に入ろうと長い列を作る冒険者の集団に合流しようという所であった。



「でも開拓している王国騎士団も凄いよな。魔物だらけの迷宮なのに10層毎に宿泊拠点を設置しているなんて」


「えへへっ、ウチの後方支援部隊は優秀だからね!

 あのねっ、そこで出されるご飯、すごく美味しいらしくて〝迷宮の味〟がするんだって」


「ご飯はちょっと楽しみだな」


 そうアルウィンが言い終わるや否や。

 最後尾と書かれた旗を持つ騎士の男と、ヨレヨレのローブを纏った顎髭の男の2人組がオトゥリアに気づき、話しかけてきた。


「「失礼致します!鈴蘭騎士さま、そしてお連れの方でしょうか。お待ちしておりました」」


 恭しくオトゥリアに礼をする2人に、アルウィンはこの待遇は何だと驚きの表情を浮かべる。

 アルウィンが相方に目線を向けると、先程彼に見せていた笑顔とは違うベクトルの、言わばお嬢様のようなスマイルで屹立しているオトゥリアがいた。


 鈴蘭騎士という単語を聞いて、周囲の冒険者たちが一斉にこちらに目線を向けてくる。


 ───凄いな、オトゥリアの人気って……


「お二人とも、特別に列に並ぶ手間を省かせてご入場していただく事も出来ますが、どうされますか?」


 アルウィンが最後尾の旗をちらりと見ると、そこには洗濯ばさみで「現在2時間待ち」と書かれた布が留められている。

 どうやら、冒険者に人気すぎて入口が逼迫しているらしい。


「2時間待ちなら、お言葉に甘えた方がいいよな」


「そうだね。2時間のロスタイムがあると40層突破は少し厳しいかもしれないし、そうしようか」


 そうオトゥリアが言うと、顎髭男は「では、こちらへ」と誘導してくれた。並ぶ列の先を見ると、迷宮の入口であろう場所まで500ヤードほどだろうか、長蛇の列で2時間待ちというのも納得だった。


 道中のレオン曰く、ダイザール迷宮は一般の冒険者向けに80層までは解放されているようだ。

 迷宮内部にいる魔物や魔獣を討伐し、その素材を換金することで一攫千金を狙う沢山の冒険者が殺到しているのだという。


 迷宮内は広大で、独自の生態系を保っている。

 魔素が濃い場所で数多の魔獣が生まれ、それらや力尽きた冒険者の死骸、更にはゴミなどをスライムなどの魔素生命体が食べて綺麗さっぱり魔力に分解する。

 そして、魔素生命体が絶命した時には、周囲に貯めきった魔素を撒き散らし、その場所は新たな生命の苗床となるのだ。

 要するに、迷宮という場所は魔素を媒介にした命のサイクルが行われているということである。


 深部では竜なども生息していると聞く。アルウィンが今まで討伐してきた竜族の数は50を超えているが、どれも1対1での戦闘が主である。

 もしも竜の群れに襲われることがあれば、背中を預けるオトゥリアはとても頼もしいものとなることだろう。


 オトゥリアの任務は未だかつて誰も到達出来なかった95層以降の開拓だ。

 王国騎士団の予想では、100層が最終層であると言われているものの、迷宮の深淵は100よりもさらに先にある可能性も大いにあるという。


 オトゥリアの愛剣やアイテム類などを始め、アルウィンのほかの衣類などの荷物は、オトゥリアの空間魔法を利用した鞄である携帯式収納袋スペースポケットに入れたため、彼の身は軽かった。


 迷宮の入り口がどんどん近付いてくる。

 つかつかと歩む鈴蘭騎士の美しい容姿に、並ぶ冒険者たちの目は釘付けになっていた。




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