第14話 偽装
テオドールにレフェリラウスの偽装をさせれば侵入は容易になるのではなかろうか。
その旨をアルウィンが仲間たちに伝えると、彼らは名案だと受け入れてくれた。
彼らが練り直した作戦はこうである。
先ずはレフェリラウスに扮したテオドールが裏門を開けて貰い中で潜伏してもらう。その後に作戦通りにアルウィンが城壁を超えて侵入し、テオドールが中側からアシストするというものだ。実に完璧な作戦だ、と何度も戦場を経験していたエウセビウやパムフィルが言っているため、特に問題点はないだろう。
………………
…………
……
ドンドンと叩かれる城の扉。
城の守護を任された盗賊らが確認すると、そこに居たのは馬に乗った甲冑の騎士だった。身体中に傷や血の跡があるものの、兜の模様からしてレフェリラウスで間違いはないだろう。
「レフェリラウス様が戻られた!開けるぞ!」
何も知らない賊軍の守護部隊。
彼らは扉を開門し、レフェリラウスに扮したテオドールを招き入れてしまっていたのだ。
テオドールは馬に乗ったまま、つかつかと中へ入っていく。
「おい、レフェリラウス。あんたは正門側で戦っていたはず。何故裏門まで来やがった?」
と突然、槍を持った男が声をかけた。
その男の仕草は妙に馴れ馴れしく、レフェリラウスと親交がある人物であってもおかしくなさそうだった。
テオドールは声をかなり潰して嗄れ声にすると、その男に顔を向ける。
「悪ぃな、ちょっとばかしココをやられたんだ。年端も行かねぇガキだったが、とんでもねぇ剣を使いやがった」
一か八か。ここでバレたら蜂の巣にされてしまう。
言いながら喉を押え、ゴホゴホと唸る仕草を見せるテオドール。その音はまるで血反吐を吐いているかのようで演技力が凄まじい。
「レフェリラウス、あんたそのガキってやつに喉をやられたのか?酷ぇ声になっちまって可哀想に」
テオドールの予想と反して。
その男は彼をレフェリラウスだと思い込み、ぽんと肩を叩いてくれていた。
───あっさり信じ込みやがったが……こいつ、バカなのか?
そう思うが、一切口にはしない。
「喉だけじゃねぇぞ?身体全身傷付けられたんで最悪だ。
俺がここに来た理由も説明しないとな。そのガキの仲間が裏口から奇襲しようとしててな、俺が追いかけて血祭りにしてやったんだ。
だが……
「それは災難だったな。だけどお前さんは裏口を攻めてくる奇襲部隊を殲滅したんだし、武功はなかなかだぜ?お頭に報告してくるからお前は療養しな」
───この男はお頭……つまり首領のヤノシックのもとへ行くと言っている。
俺も着いていけば、早めにヤノシックを討ち取ることも可能なはずだ。あいつらには悪いが、俺が先に討ち取らせてもらおうじゃないか。
これも一応……アシストにはなるはずだしな。
「……俺もお頭に報告したいことがある。お前優先でいいから……こんな体たらくだが行かせてくれねぇか?」
「そりゃ構わねぇが……大丈夫なのか?」
「……寝れば治る」
「けっ、あんたらしい」
男に付き従う、レフェリラウスの姿をしたテオドール。
ヤノシックの部下たちの一部はレフェリラウスの帰還を怪訝に思うものの、それでも拠点の最奥まで通してくれていた。
───しかし。なかなか防御力に優れた拠点になってやがる。伯爵が俺たちをこの任務に就けたと言うことは、出来る限りこの要塞を無傷で手に入れたいって思惑なんだろうな。
テオドールがそう思いながら歩みを進めていくと、拠点の中心、1番大きな塔に着いていた。
ゴットフリード軍が来るかもしれない正面側にはとてつもない数の罠が仕掛けられていると容易に判る。
塔の階段を登りながら正面側を眺めると、野盗軍100の騎兵と互角以上に渡り合えているゴットフリード軍が見えた。
裏口側ではアルウィンらが上手く侵入できただろうか。こちらからは他の塔や建物などに邪魔されてよく見えない。
2分ほど登って漸く辿り着いた屋上。
そこに、討ち取るべき敵はいた。
背中に入った刺青と、オールバックに流された燃えるような赤髪。
筋骨隆々、その言葉に相応しい体躯と刺々しい鎧。
そして、こちらに背を向けているのにも関わらず場を恐怖で支配する威圧感。
誰でもひと目で判るだろう。
この男こそが野盗軍の首領、ヤノシックであると。
「お頭。ご報告が」
槍の男がそう声を発すると、ヤノシックはこちらへ振り向く。
その顔は醜悪、そのものだった。
顔中に走る傷と縫合の跡。そして首筋には大きな火傷跡まである。
「何だ?今は状況が状況だ。今は援軍が来るまでゴットフリード相手について考えなきゃならん。
クソみてぇな内容だったらここから突き落としてやるから言ってみろ」
場を制圧する言葉の力。
テオドールは息をするのも忘れ、このヤノシックという男をただ眺めていた。
「そしてだ。レフェリラウス。テメェ、なに離脱しているご身分の癖に俺様の前にいやがるんだ!?テメェを失ったら騎馬隊は突破力を失ってしまってるだろうが」
───てか皆、アルウィンにレフェリラウスが討ち取られたことを知らなかったのか。アルウィンのやつ、どこで戦ったんだよ。隠し方が上手すぎるだろ。
実際のところ、アルウィンがレフェリラウスと一騎打ちを行ったのは少々小高い丘の麓だった。
偶然か、この塔からは丘に隠されてちょうどいい塩梅に戦闘の跡が見えなくなっている。
視界を南側へ移すと、壁の向こうで敵軍を見事に喰い破っているゴットフリード軍が見えた。
ジルヴェスタの豪快な一振りに、次々と騎馬隊が散っていくのだ。流石はシュネル流というところだろう。
レフェリラウスがアルウィンを追いかけていなければ、ここまでゴットフリード軍は動けなかっただろうと敵首領ヤノシックは考えているのだ。
けれども。
そんなテオドールの胸中を他所に、槍使いの男は口を開いていた。
「恐れながら、お頭……レフェリラウスが敵騎馬隊のうち裏口へ回った襲撃部隊を確認したと」
その言葉に、屋上にいた面々は凍りついた。
「馬鹿な。レフェリラウス、てめぇが脱走した騎馬を追ってたのは上から見ていたが……まさかそんな事があったとはな」
先程の怒り顔から一変。レフェリラウスが危機を救ったことを知ったヤノシックは少しだけ穏やかさを取り戻しているように見える。
「その脱走者は陽動、奇襲部隊は裏口側に集結していたようです。レフェリラウスが壊滅させましたが、残党がまだ茂みなどに残っている可能性も」
「有り得る。正面の防衛を薄くして、そいつらで茂みをくまなく探すように伝えろ。まだ突入は出来ないだろうからな。
ある程度時間を稼いだら突入させて、俺様たちは地下道から脱出する手筈だから、逃げ道の確認もさせておけ」
ヤノシックは側近にそう声をかけると、その側近は塔から飛び降りて正面側へ軽々と着地する。魔力操作は当然のように使いこなしているようだ。
賊の部隊であろうとそこまでの技を身につけた人物がいるとなると侮れない。
───時間をわざとジルヴェスタ軍を中に入れ、野盗軍は脱出すると言った。もしかしたら。
途端、レフェリラウスの兜の下のテオドールの顔が青ざめた。
───我々を城に閉じ込めたところに、脱出した野盗軍とシャティヨン軍が合流して攻めてくる……
こちらは3時間以内の短期決戦しか考えていない。
領主はブダルファルに追加の要請を送ったらしいが……シャティヨン辺境伯は領主様に恨みがある。
兵糧攻めもあるかもしれない。
次々と考えられる、恐ろしい計画。
鎧の鉄板を挟んだ向こうで行われている会話に、テオドールは身震いした。
「しかしレフェリラウス。
クソうぜぇ程に饒舌なハズのテメェが無口なのはどういう事だ?」
刹那、テオドールは身に電流が走ったかのようにハッとして息を呑んだ。
神経が研ぎ澄まされていく。
───不味い、勘付かれたか?殺るしかないか…
そう思ったテオドールが腰の剣に手をかけようとしたその途端。
「こいつは戦闘中に喉を掻っ斬られて重症なんです。無理させないでやってくだせぇ」
思わぬ所で槍使いからのフォローが飛んでくる。
助かったと安堵するテオドールに続き、更に塔の下から舞い込んできたのは一つの情報だった。
息をせき切って、軽装の男が恐怖に顔中を染めて駆けてきたのだ。
「報告します!裏門が敵5名により突破されました!守備兵を向かわせていますが勢いが止まりません!」
「あぁ!?おいレフェリラウス、テメェぶち殺したんだろ?残党ってことか?」
途端、テオドールにそう問うヤノシック。
古傷から血が吹き出そうな程の形相でテオドールを睨みつけており、威圧感は更に増していた。
「…………」
───まだだ。5人が来るまでは引き付けておかないと。
テオドールは血反吐を吐くような咳声を出して時間を稼いでいた。
しかし、続報は彼の意に反して飛び込んでくる。
更にもう1人、ゲホゲホと激しい息遣いをして現れた男が、周囲に衝撃を齎すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます