第15話 盗賊の首領
賊の首領ヤノシックに向けて、伝令が雪崩込んできた。血相を変えて、荒い息をしながら言葉を発したその男の表情は恐怖の色に染っている。
「報告します!敵の正体が判明しました!少年2名、男2名、女1名、女は〝
途端、周囲に走るどよめき。
槍の男はガクガクと震え、「る、ルクサンドラ……あああっ」とうわ言のように呟いている。過去になにかあったのだろうか。
テオドールが目線を向けると、男の片足は義足だったことに気が付いた。おおかた、ルクサンドラに斬り落されたのだろう。
「ピーピー囀ってないで落ち着け、お前ら。俺様が出向いて〝
そして、ヤノシックは冷たい目線をテオドールへ向ける。その目は怒る蛇のような、目を合わせるだけで金縛りにあいそうなほどの強烈な威圧感だ。
「おいレフェリラウス。見逃しちゃいけねぇ1番の敵を見落としやがったな!?
詫びろ。お前の頭を叩き割って見逃してやろう」
そう言って、大剣を担ぎあげたヤノシック。
テオドールに見せる筋骨隆々の身体は、ジルヴェスタにも引けを取らないほどの巨体に感じる。
ヤノシックは身体全身に魔力を纏わせ、上段から思い切り。
「フンヌァァァァァァァ!!」
と、テオドールの頭に向けて勢いよく振り下ろしていた。テオドールに迫る剣は、低い音をたてて空気を斬り裂く。
けれども。
「……ケッ。武人だと思っていたんだが、ただの脳筋か?」
空気の漏れた音のような、僅かな声量がヤノシックの耳に届く。
その声に怪訝な表情を見せるヤノシックだったが、大剣の勢いは止まらない。
魔力感知でヤノシックの大剣の軌道を読み取ったテオドールは、身体を2歩後退させていたのだった。
火花が塔の上で煌めいた。
そして、巻き起こる砂煙。
中から現れたのは。
真二つに切り裂かれて転がる鎧兜と、脱ぎ捨てて身軽となった無傷のテオドールの姿だった。
テオドールは鎧だけヤノシックに真二つに破壊させて、その中からまるで大陸中央部に伝わるエルフ族の
「……やはりか」
ヤノシックは何かを察したようで、不愉快極まりないといった表情だった。
レフェリラウスの装備から出てきた、凛々しい男。
そのシルエットはレフェリラウスと酷似しているが、顔や雰囲気は似ても似つかない。
そんな中。
得意気な顔で、テオドールはじゃらりと剣を引き抜いたのだった。
「俺はシュネル流剣士、テオドールだ。
悪ィな。君たちのところのレフェリラウスってヤツは俺の仲間が討ち取ってるよ」
「な……っ!?」
途端、崩れ落ちる槍の男。
しかし。
冷静に構えていた男が1人。
それは勿論、野盗軍の首領たるヤノシックである。
「俺様を嵌められたと思うな。
テメェもルクサンドラも、レフェリラウスを葬ったヤツも、そしてゴットフリードだろうと全て、俺様がぶち殺す。俺の剣に喰われてな!」
そう淡々と告げ、大剣を構え直したヤノシック。
テオドールも攻撃の形に構えて深く深呼吸。
「野盗風情がほざくな。食われるのはお前の方だ。ただただ吠えるだけの野獣め」
両者から溢れ出る自信は計り知れない。
ヤノシックがライオンならば、テオドールは毒蛇だ。
殺気と魔力を撒き散らすヤノシックに対し、一切撒き散らすことなく掴み所のないテオドール。
「ただの刺客風情が俺様を野獣呼ばわりか!
頭を潰されて朽ち果てるといいわッ!!」
ヤノシックは勢いよく大上段から大剣を振り下ろしていた。
「死ねェェェェェ!」
魔力感知が使えるシュネル流剣士にとって、パワーだけに任せ、魔力を制御することなく撒き散らすヤノシックは格好の獲物である。
隙を伺い、そこを着実に突けばどんなにフィジカルの差があろうと大体は倒せるのだ。
が、しかし。
───速い。大剣の癖になんて速さだ。
「ラァァァァァッ!!」
初撃の速さはテオドールの予想以上のもの。
回避は僅かに遅れ、剣先が彼の頬を浅く裂いていた。
テオドールは攻撃しようとする考えをやめた。一切攻めに転じることなく、ただただ避け続けている。ヤノシックに綻びが生じるのを待っているのだ。
しかし。
ヤノシックもテオドールにひと太刀浴びせている以上、なかなかの強者であることは疑いようもない。
重い一撃がとてつもなく速い。
速さに重きを置くヴィーゼル流剣士とまではいかないが、シュネル流剣士からしたら相当なものだ。
───初撃はかなり速かったが、それ以外は何とか回避出来るようになったな。
だが、危険だ。
力を溜めていると振りが早くなるタイプなのか?
テオドールの分析は、ヤノシックの本質を捉えていた。
現に今、テオドールはその重さと速さに詰められ、塔の角まで追いやられてしまっているのである。
テオドールは俊敏な動きでヤノシックを揺さぶり、何とか溜め攻撃を封じているが、速さで負けたら死が待っている。
背後は落差100フィートの絶壁。着地に失敗して頭から落ちれば待つのは死のみなのだ。
絶体絶命とは、まさにこの事。
「威勢が良いクセにちょこまかとハエのような奴だったが……これで終わりだな。
死ねッ」
叩き潰すように、真上から振り下ろされる剣。
角に追いやられている以上、これを避ける手立ては空中へ飛び出すこと以外にない。
しかし。
テオドールにはこの時、既に勝ち筋を見つけていた。
視線を真下にずらして位置を確認すると、口を開く。
「ククッ……最高の
踊ってくれよヤノシック!」
そう叫び、剣を斜めに構えたテオドール。
「馬鹿かァ!
オラァァァァァッ!!」
テオドールに向けて、振り下ろされる大剣。
それは、威力と速さが最高潮に高まった、魔力を最大まで溜めて放たれた一撃である。
放たれれば、並大抵の剣は一瞬で折り取られて使い物にならなくなるし、防ぐだけで骨が粉々になりそうな勢いだった。
けれども。
テオドールはそれに臆していなかった。
希望を一切失っていない、テオドールの瞳。
それどころか、ヤノシックの圧倒的な一撃の間合いにわざと踏み込んで、彼も剣技を放っていたのだった。
「見るがいい!シュネル流!〝
途端。
速く、重い大剣がテオドールの斜めに構えた剣に激しく衝突した。
周囲に飛び散る、紅い火花。そして雷が落ちたかのような轟音。巻き起こる砂煙。
「ふん……」
砂煙の中から輝くふたつの光。
それは、覚悟に染ったテオドールの眼であった。
ヤノシックの勢いよく振り抜かれた大剣はテオドールの〝
それだけではなかったのか。
ヤノシックが大剣を持つ左手の指が2本、薬指と小指が根元から断たれていたのである。
「クッ……ソォ!」
ヤノシックは苦悶の表情を浮かべながら体勢を崩し、2歩よろけていた。
その隙をテオドールが見逃す筈はない。
〝
その2段目の剣閃は、鮮血を宙に飛ばしながらヤノシックの背中側に鋭く炸裂したのである。
「お頭ァ!」
槍の男や配下たちがヤノシックを呼ぶが、その時はもう遅い。
背中を斬られた痛みに、顔を歪めるヤノシック。
静かに息をするのは、足元に低く回り込んだテオドールだった。
「落ちろ、野蛮な王様」
ブスリという音が、塔の上に響き渡っていた。
ヤノシックの左
「ガッ……ハアアアッ……!!」
この時既に体勢を崩していたヤノシックに、この衝撃を耐え切る術などはない。胃から上がってくるどろりとした鉄の味と、身体を駆け巡る鋭い痛みが彼の脳内に溢れんばかりの情報を流し込む。
そのまま、感覚の消える左足から崩れ落ちるように100フィート下へと落下していったのだった。
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