第5話 巨獣討伐、そして
空を断つその両爪はナイフのように鋭い。
数秒の後には、深さ5インチほどの深い傷跡が地を深々と抉っていることであろう。
もしもアルウィンが直撃したら、上から振り下ろされた爪が頭部に直撃して即死である。
一部始終を傍観することしかできない3人は、アルウィンの死を確信して息を呑んだ。
「無理だ……あの子はワンテンポ遅かった」
エルゴは呟く。
アルウィンの位置は完全に
このままでは、彼は安全圏に一歩届かずに頭部を裂かれてしまう。
しかし、次の刹那。
「はあああっ!」
両爪を振り下ろされる直前、アルウィンは足に魔力を込めてさらに加速したのだった。
縮地。
魔力を込めた脚で素早く駆ける、剣士の基本の技である。
その縮地を、アルウィンは目を見張るような速さでやってのけたのである。
「え!?」
エルゴが驚きの声を漏らすのと、アルウィンが
前脚を振り下ろす瞬間、必然的に
そこを狙ったアルウィンの一撃は、適切な角度から繰り出されたが故に鋭かった。
鮮血が噴水のように迸り、アルウィンの粗末な服に染みを作る。
と同時にグァァァァァオ………と、戦狂狼は弱々しい断末魔をあげ事切れた。
動かなくなった敵を見て、アルウィンは剣をこめかみの上に持ち上げ、さっと血を払う。
茂みからガサガサと音がした。
主の死を見た生き残りは、アルウィンに睨まれた途端にキャインと鳴いて森の奥へと姿を消して行く。
「あの子…何歳なの?あそこまで戦えるなんて……」
「秒殺だと……?なんて剣の腕なんだよ。それに縮地も……常人の域を超えてやがる」
そのように話していた彼らに向き直ると、アルウィンは口を開いた。
「ああっ……遅れました。もう少し早く来れてれば……怪我することもなかったのに」
「いいんだよぉ。私たちを助けてくれてありがとうねぇ」
「でっ、でも……あの人達は怪我を」
「こんなモン、
メネアは荷車から
彼は瓶のコルク栓を歯を使って取ると、中身を一気に飲み干していた。
「あの子は血がそこそこ出てるけど……
さっきまで洞窟に湧いたコウモリを討伐してきたところなのよぉ。狼たちの討伐証明部位だけとって、レイフィルは宿へ私が運ぶわぁ。
手負いのあんたも休みなさい。報告は私が行くから……報酬は明日、ギルドで分割しましょう」
いつの間にか独りでに止血の処置をしたエルゴは荒い息のままだったが構わねぇぜと一言。
メネアは慣れた手つきでレイフィルの止血を済ませ、狼から上顎の牙を剥ぎ取っていく。
アルウィンが手伝いましょうかと言うと、ピンチを助けてもらったのにこれ以上手助けしてもらったら立つ瀬がないと断られてしまった。
「しっかし……まだガキなのに凄ぇ剣の腕だな。確かシュネル流だったよな……?何歳なんだよ……剣士として、俺もこの子を見習わないとな」
「10歳です。そのっ……アルウィンって名前で……一応、冒険者です」
「おいおい、俺の息子と同い年じゃないか。
今度会わせてやりたいよ。息子も冒険者を目指してんだ。剣士じゃなくて魔法使いになりたいらしいのが親として残念だけどな」
「10歳で冒険者やってるって、やっぱりその剣の腕前で成り上がったのかしらぁ?」
「それがまだ、討伐任務を受けさせてくれないんです……子供だから早いって」
アルウィンがそう答えると、エルゴとメネアは首を傾げる。
「そんなことないわぁ……たぶん、私たちより強いもの。
そうだ!ギルドにあなたが
メネアは意味深長な笑みを浮かべ、アルウィンに視線を送っていた。
………………
…………
……
牙だけでなく、毛皮も剥ぎ取ったので時間がかかってしまった。
ブダルファルの街へ戻る頃には、太陽も山に沈み始めていた。これからギルドに行く時間を考えると、アルウィンが家に帰る頃は深夜となってしまうだろう。
「
レイフィルを
途端、受付嬢の金切り声がギルド内に響き渡った。
その声の主は、アルウィンをいつも子供扱いする受付嬢だ。
「アルウィンさん!遅いです!山の中で迷ったのですか?心配しましたよ!!捜索隊を出そうかと思っていたところなんです!」
「あのっ、それは……」
「どこをどう歩いていたのかは聞きませんが、あなたは子供なんです!奥地に行って怪我でもしたら親御さんが悲しむのはわかるでしょう?」
「えっと、そのっ……」
「なんですか!遅れた理由でもあるんです!?」
物凄い剣幕で囃し立てる受付嬢に、アルウィンは上手く返せなかった。
「あるけど……そのっ……」
アルウィンは助けてと言わんばかりの目でメネアを見る。
すると、やれやれとため息をついてメネアが前へ進んだ。
「ねえ受付嬢さん?……そのぉ」
「なんですかメネアさん!?割り込み禁止でしょ!何してるんです!?私はこの男の子に話してるんで部外者は黙っててくださいよ!まだ営業時間はたっぷり残ってんだから!待っててください!」
メネア達にも受付嬢の怒りが飛び火した。
アルウィンで溜まったフラストレーションを他の客にぶつける受付嬢。
メネアはアルウィンをちらと見て「可哀想に…」と小さな声で漏らしていた。
「でも……この子はぁ……」
「なんなんですか!メネアさん!関係ない人は首突っ込まないでくださいよ!私がアルウィンさんに言ってることはあなたには関係ないでしょ!」
ぎゃあぎゃあと言う受付嬢。面倒事を避けたいほかの冒険者たちは叱責される2人を可哀想に思っても助けようとはしない。
ギルドを取り仕切るギルドマスターは不在で、隣にも受付嬢が数名いる。
けれどもその受付嬢たちも対応中なために誰も助けに来てくれない。
引っ込んでくださいと言ってその職員がメネアを突き放そうとした途端、メネアは血相を変えた。
先程までの受付嬢の表情以上に憤慨した顔を顕にして、嵐のような言葉を放っていく。
「いや、この子ば引ぎ回すてだのはおらだなんだげんと!(この子を引き回してたのは私たちよ!)
関係ねわげねでね!関係あるに決まってんべ!(関係ないわけないじゃない!関係あるに決まってるでしょ!)
彼はおらだの命の恩人だわ!(彼は私たちの命の恩人だわ!)
もす助げでぐれねがったら山の中で死んでだのよ!(もし助けてくれなかったら山の中で死んでたのよ!)
おめらは気付いでねがもだげどね、この子は強いよ!おらだ3人よりも!(あんたらは気付いてないだろうけど、この子は強いのよ!私たち3人よりも!)」
先程までアルウィンの話を遮ってまで怒っていた受付嬢は、圧倒的なメネアの迫力に度肝を抜かされていた。
冷や汗を浮かべ何も言い返せなくなっていたのだ。
受付嬢が恐怖に呑まれ、ごくりと唾を飲み込む音がアルウィンの鼓膜にしっかりと響いていた。
「任務の最中さ
んだげんと、この子が1人で倒すてけだのよ!(でも、この子が1人で倒してくれたのよ!)」
「ふっふふ……
「おらは嘘なのづいでねわよ!(私は嘘なんかついてないわよ!)ほら、これが証拠品だば!」
そう言ってメネアは麻袋をカウンターにドンと置く。
ビビり散らかしている受付嬢は震える手で中身を確認して驚きの声をあげた。
親指大の大きさの
「積荷の中には毛皮と翼もあっず!(積荷の中には毛皮と翼もあるわ!)
ほら、確認すて!(ほら、確認して!)」
たじたじになった受付嬢は言われるがままに積荷も受け取る。
「たっ…確かに……
「んなら早ぐすろ!(なら早くしなさいよ!)」
「はっ……はい!」
受付嬢は素材を全部持って鑑定室に行った。鑑定室には専属の鑑定員がいて、早ければ10分ほどで鑑定結果がわかる。
受付嬢が消えた隙に、先程助けてくれなかった他の冒険者たちもアルウィンのもとに群がり、「お前ガキの癖にやるじゃねえか」などと酒臭い息で囃し立ててくれる。
しかし。
「あなた達、都合が良すぎるわぁ」とメネアは怒気を含んだ笑顔を放たれてしまった。恐怖を覚えたようで、彼らはそそくさと退場していった。
「あのっ……メネアさん、助かりました……ありがとうございます」
「ふふっ……いいのよぉ?私ねぇ、感情が高ぶると地元の言葉に戻っちゃうのよねぇ……ごめんなさいねぇ」
「でも、おかげで認めて貰えるかな……本当はあの受付嬢のことすごく嫌いでした」
「あらぁ……私があの子にお灸を据えちゃったわねぇ……これで助けて貰った借りは返したことになるかしらぁ?」
メネアは悪戯っぽく笑う。
「アルウィンくん、あなたは強いけど、まだ幼いからあの子が心配になる気持ちはわかるわぁ」
「そんなに幼いですか…?」
メネアは感慨にふけって窓の外を見ていた。
「まだ10歳でしょぉ?私もその時は自分がもう大人だって思ってたわぁ。
でもね、いつか気付くのよぉ。夢を追いかけてる人はみんな心の中が子供のままよぉ」
「メネアさんも夢があるんですか……?」
「うん。あるわよぉ……冒険者として一攫千金したいわねぇ……今は3人で中級くらいの実力しかないし、まだ強くないから夢のまた夢だけどぉ」
「古龍種を仕留めれば英雄になれて何億ルピナスも稼げるんですよね」
「まだまだ古龍なんて現実的じゃないわねぇ……でも、アルウィンくん。私たちのパーティなら行けると思う?」
「絶対に……行けると思います」
「嬉しいわぁ。アルウィンくんはソロでやるつもりかしらぁ?私たちの仲間になってくれたら嬉しいんだけどぉ」
「俺には王国騎士団に入りたいって夢があるんです」
「あらぁ、かっこいいわねぇ……剣は凄かったし。応援してるわぁ」
ふたりの会話は暫く続いた。気がつけば月は天高く昇っている。
それらはメネアの意向もあり、全てがアルウィンの懐へ入った。
そして、遂にアルウィンはギルドから今までの謝罪と、正式に討伐任務の参加権が認められたのである。
けれども。
彼が家に帰ったのは、もう夜が明ける頃だった。
「ただいま……ああっ……!」
「アルウィン!明け方まで何してたのよ!いつもよりも遅くてすごい心配したのよ!
お父さんなんて森の中で迷ったのかと探しに行っちゃったわよ!何してたの!?罰として朝ごはんは抜きよ!」
「ご……ごめん」
顔を真っ青にしてその場にぺたんと力なく座り込み、許しを乞うアルウィン。母親ペトラ・ユスティニアにはどう足掻こうと逆らえない。
その姿は年相応の子供そのものであった。
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