第4話 冒険者

 幼馴染オトゥリアは、王国騎士団に引き抜かれてアルウィンの前から消えてしまった。


 その日から、アルウィンは深い孤独にさいなまれた。

 彼と近い歳の子供は何人か村にいたが、その子供たちとは昔からあまり折が合わなかった。彼が唯一仲良くなれたのがオトゥリアだったのだ。


 今度オトゥリアに会ったら、二度と別れることは無いようにすること。

 そのためには自分も相応な剣士となって騎士団に入ることが一番の近道であった。


 彼はそのために、剣聖オルブルに頼み込んで他流派との交流戦にも積極的に参加させてもらう事に了承を得た。

 最初は負け続きではあったが、毎日徹底的に自分と向き合うことで段々と、誰に対しても勝ち筋を作れるような実力にまで上り詰めることが出来るようになってきている。




 「毎年春と秋に王都で開かれる、剣舞祭けんぶさいって大会でベスト32に入れば、王国騎士団に所属できる権利が与えられるんだよ」


 アルウィンの父アレクシオスは、彼に王国騎士団のことを教えてやっていた。


 「もし王国騎士団に入れれば、オトゥリアに再び会えるよね」


 目を輝かせて、再開したいという思いを口にしたアルウィンだったが、父はそう甘くはないと告げる。


「王国騎士団も、どこに配属されるかはわからない。

 あとな、剣舞祭に出るには金がかかるんだよ」


「お金……?」


 アルウィンは首を傾げて父親を見る。

 アレクシオスの目元には優しさがありながらも、冷静さを失わない厳しい光が宿っている。

 それは、現実の難しさを知っている者の目だった。


 「剣舞祭に出場するには、ざっと計算するだけで1万ルピナスは最低でもかかるだろう」


「えっ……1万!?」


 仰天したアルウィンは、ぽかんと口を開けることしか出来なかった。


 「ここから王都までの馬車代金、王都の宿泊費、食費などで、軽く1万ルピナスは飛んでしまうんだぞ」


 アレクシオスの言葉には、経験に裏付けされているが故の重みがあった。


 「剣舞祭の優勝賞金はちょうど1万5000ルピナスらしいが……優勝出来なければ費用の元が取れない。それに、物価が変動することもあるかもしれないな。ある程度余裕を持って1万2000ルピナス程はあって欲しいところだ」


 そして彼は、頬をポリポリと掻きながらも、なかなか言い難い事実をゆっくりとアルウィンに告げる。


 「あと……残念だが、剣舞祭に出場できるのは満16歳以上なんだ。

 今、10歳のお前がどう予算を工面しようとも年齢制限には逆らえないぞ」


 アルウィンは6年間も待たないと、正規の方法での王国騎士団への門戸が開かれない。

 ヨハンのような推薦人が来るならば話は変わってくるが、滅多にそのようなことは起きないのだ。


 アレクシオスは息子がオトゥリアに向ける想いを知っていたからこそ、厳しい現実を伝えるのを躊躇っていた。


 けれども。

 現実を突きつけられた側のアルウィンは何故か年齢制限に対して前向きな姿勢でいた。


 「オトゥリアは、待っててくれる。それが遅れるのは少し辛いけど……年齢を満たすまでに更に強くならなくちゃね」


 と返して、「道場に行ってくるよ!」と家から飛び出していくのだった。








 アルウィンは剣術の稽古の時間も確実に取りながら、隣街ブダルファルのギルドで旅費を稼ぐために冒険者の登録をした。


 登録したはいいものの。

 彼が幼いという理由で、ギルドで採取の依頼やペットの捜索などの依頼しか受けられなかった。


 確かに彼は10歳と幼いのだが、剣の腕前があることは事実であるし、彼は母ペトラに魔法を教わり、初級魔法を使えるようにはなっていた。


 本来、初級魔法が使えれば、ある程度の討伐任務は受けさせてもらえる。

 しかし、不幸なことに。

 ギルドには実力判定試験という新人の強さを測ることができる試験があるのだが、幼い彼を未熟だと判断した大人たちは、彼に一切の試験を受けさせなかった。


 けれども彼はめげなかった。

 汗水垂らして師のもとで剣を振った。

 母からは魔法を教わり、農繁期は両親と畑を耕しくわを振った。

 家の仕事が片付けば、ギルドで斡旋してもらった採取任務に臨んだりして孤独を紛らわせ、また剣を振る。


 遠巻きに巨大な魔獣を討伐した先輩冒険者の勇姿を羨ましそうに指を銜えて見ながらであるが、彼は精一杯の出来ることをやってのけたのだ。


 この辺りに住む魔獣は、濃い魔素の影響でほかの地域よりも凶暴な個体や上質な個体が多いという。

 そこら辺にいるスライムの死骸でさえ、他の地域で手に入れたものの2倍程度の値段で取引されている。


 その魔獣たちさえ倒せれば旅費は稼げるのにも関わらず、スライム1匹すら狩らせてくれないギルドに不満はあった。

 けれど、費用確保のためアルウィンは必死だった。







 ………………

 …………

 ……






 ある日の正午頃。いつものように洞窟に入ってキノコを採取する任務を受けていた時だ。


「ああっ!!嘘だろ……!」


「僕ら……運がないね」


 洞窟の外から声が聞こえる。次いで、ウォォォォンという仲間を呼ぶ獣の声。


 ───何だ?


 アルウィンが急いで洞窟から出ると、冒険者3人が巨大なオオカミとその子分に睨まれている光景が遠くにあった。


 積極的に村の家畜を狙う冰黒狼ダイアウルフと、その群れの長の個体、戦狂狼フレンジーウルフ。この種は知能が高く、黒に近い灰色の体躯に、上顎の犬歯が大きく発達している事が特徴だ。

 子分の冰黒狼ダイアウルフは6頭。長を正面に冒険者を囲んでいる。冒険者は太刀使いの男、魔法士ソーサラーの女、そして槍使いの少年の3人だった。


戦狂狼フレンジーウルフはまずいわねぇ……私が後ろの小さいのを倒して道を作るから、私を援護してぇ!荷車は後で取りにくればいいわ!1度引きましょ!」


 杖を持った女が指示し、魔力を放出し始めた。

 残り2人も女と背中合わせの位置に立ってそれぞれ武器を構える。


「貫きなさい!〝雹結魔槍弾ヘイリックショット〟!!」


 杖の先端から出現した尖った氷の塊が空を切る。中級魔法の氷塊を飛ばす魔法だ。


 氷弾は女に噛み付こうと飛びかかった冰黒狼ダイアウルフの喉元をバスッと音を立てて貫通した。

 キャインッと犬のような声が響くと同時に鮮血が迸り、貫かれた狼は痙攣しながら頭から落ちる。


「まだまだよぉ!〝雹結魔槍弾ヘイリックショット〟!!」


 女は続け様に隣の1頭にもう一発同じ技を放った。

 今度の氷塊は真っ直ぐに脳天に直撃して、血飛沫を撒き散らす。


「あんた達!2頭仕留めたわよぉ!さあ!」


 女は男達の方へ振り返る。

 その瞬間、女の表情は青一色に染まったのだった。


「僕は無事です!でもっ!エルゴさんが!!」


 槍使いの少年は2頭の冰黒狼ダイアウルフの攻撃を避けながらぜぇぜぇと荒い息で答える。

 狼はかなりの傷を少年につけられていた。

 けれど2頭とも致命傷には一方及ばず、怒りを顕にしながら連携して襲いかかっている。


 一方、エルゴと呼ばれた太刀使いの男は……戦狂狼フレンジーウルフに赤子の手をひねるようにあしらわれていた。


 エルゴが振るう剣は、太刀に分類されるツヴァイハンダーというものだった。リーチが長いことが特徴的な武器だが、厚い毛皮に阻まれて攻撃が届いていないようである。

 また、腕や腹部からはばっくりと裂かれた痛々しい傷が見えていた。

 滴る血は池を作り、息も荒く満身創痍だった。


「お前らッ!俺を置いて先に行け!早く!」


「あんた……なんて事言ってんのよ!そんなことはさせないわ!炎魔法でどうにか……きゃあ!」


「クソッ!メネアまで…!」


 茂みから飛びかかった新たな1頭に、メネアと呼ばれた女は強く押さえつけられて身動きが取れなくなった。勝ち誇ったように吠える狼に、メネアは必死で抵抗する。


「はぁっ…はぁっ……」



 一方、槍の少年は2頭をなんとか倒しきったが……

 ガルルアッ!!という、狼の決死の唸り声が森に響いた。

 途端。


「ぐあっ!?」


 狼の最後の足掻きで足を噛まれ、骨を砕かれたのかその場に弱々しくへたり込んだ少年。


「帰還は絶望的だ。くそっ、故郷の村に帰って母さんに孫を見せてやりたかったのになぁ……」


 少年が立てなくなった姿を見て、エルゴは嘆いていた。






 ───まずい。オレがあの人たちを助けなきゃ。


 アルウィンは、一心不乱に冒険者たちのもとに駆けていた。

 そんな中で。


 グルッ!!


 どこから現れたのか、1頭の冰黒狼ダイアウルフが彼の行く手を塞ぐように飛び込んで来る。


「邪魔……だッ!!」


 彼は駆けながら、背負った剣をじゃらりと引き抜いていた。

 そして、銀に光る刃を左上から右下に振り下ろす。

 剣は冰黒狼ダイアウルフの首筋に吸い寄せられるかのように真っ直ぐに到達し、深く突き刺さった。


「んッ!!」


 彼が振りきった途端、その毛皮からは鮮血が迸る。

 そして。

 冰黒狼ダイアウルフの生首がぜぇぜぇ息をするエルゴの近くへ転がっていった。


 エルゴに食いつこうとした戦狂狼フレンジーウルフは、すぐさま配下の生首が転がって来た方向へ視線を向ける。


「あっ……なんとか間に合った…かな…」


 血の付着した片手剣を持った小さな影に、助けが来たのだと理解した3人。


 ガルルアアア!!と咆哮してアルウィンを睨み付け、前傾姿勢をとった戦狂狼フレンジーウルフ

 満身創痍の獲物エルゴ共はじきに死ぬだろうからと、更なる獲物アルウィンを狩るために目を血走らせていた。


 メネアの声がする。


「〝風鎧ウィンドアーマー〟!!」


 アルウィンの前方で、メネアを襲っていた1頭が弾け飛んでいった。

 それはすぐ近くの木に頭から叩きつけられ、キャインと弱々しく鳴いて茂みの中に落っこちる。

 残ったのは群れの長のみだった。


 戦狂狼フレンジーウルフは地を蹴りあげて突進し、アルウィンを噛み千切ろうとあぎとをぐわあっと大きく開く。


 その攻撃の動作を把握していたものの、彼は未だ動かない。

 彼の頭が喰われそうになったその刹那。


「シュネル流!〝辻風つじかぜ〟!!」


 アルウィンは目を見開いて1歩だけ、左足を前に踏み出した。そして直ぐに左肩から繰り出された弧を描く剣先が白銀に光る。


 それだけでは飽き足らず。

 シュパッと鳴った快音の後に血が噴水のように吹き上がる。血が迸るその巨体に、アルウィンは回し蹴りを喰らわせ───ドガッと音を立てて、バランスを崩した戦狂狼フレンジーウルフは地面に倒れ込んだ。


「あーあ、一撃は無理だったか……」


 アルウィンの一撃は綺麗に戦狂狼の喉を切り裂いていた。彼の剣先には確りと鮮血が付着している。

 厚い毛皮に阻まれぬよう、ギリギリまで近接して斬ったのだ。

 しかし、流石は群れの長、手痛い傷を食らったのだろうがそれだけで絶命はしなかった。


 ガルルアアアアッ!!


 起き上がった巨体。眼を石炭のごとく血走らせ、鼓膜が破れそうなほどの咆哮をあげる。

 戦狂狼フレンジーウルフはアルウィンを単なる獲物から自らの命を狙う敵であると認識を改めたようであった。


 響く轟音にアルウィンは一切怯まない。

 右手に剣をギュッと握り、地を蹴り上げて駆け抜ける。

 対する戦狂狼フレンジーウルフは、小さなアルウィンの到達地点を確実に予測し、大股で跳び上がったのだった。

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