序章 成長編
第1話 幼馴染
⚠️現在、1話から改善中です。
くどい表現を減らすように務めています。
2話以降で表現が大きく変わる場合がございますが、後々変えていくのでよろしくお願いします。
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道場に、剣が風を切る音が響く。
それは、練習用の木剣を持った少女に、少年が跳びかかり───上段から手首のスナップを利かせた連続攻撃を放つ音だった。
たいそう大きな音はするものの、それは踏み込んだ足の音と空気を切り裂く音だけだ。
少年の右腕から繰り出された鋭い一撃。
華麗なステップをとり、回転しながら余裕の表情で躱しきった少女は、手首を半回転させて。
「いっただき!」
眼を輝かせながら、少年の間合いに一瞬で踏み込むのだった。
彼女の袈裟の剣が、慌てて防御に移った剣に迫る。
途端───
木剣は鈍い音を立てて少年の元から離れて宙を舞い、ベシッと音を立てて落ちたのだった。
勢い余った少年はバランスを崩してたたらを踏む。
そんな彼は、唇を噛んでいた。
少女の勝ちだ。
「はぁっ……また負けた」
ゴロンと仰向けに寝転がった少年。
呼吸を整えながら、珠のような汗を全身に浮かべている。
一方で、彼の木剣を突き飛ばした張本人の少女は。
「アルウィンの剣筋も凄い良くなってるから……」
と、呟きながら少年───アルウィン・ユスティニアの隣へちょこんと腰かけ、革水筒の水を飲むのだった。
彼女の身体は汗一つなく、呼吸も乱れていない。
「オトゥリアに勝ちたいのに……いつも勝てない。お前は本当に凄いよ」
溜息の後、やや不貞腐れ気味にアルウィンがそう言うと少女───オトゥリアは顔を綻ばせて、
「えへへ、ありがとう」
と柔らかな表情を浮かべ、仰向けの彼を優しく起こす。
「アルウィン。汗かいたまま寝ると風邪ひくよーってお母さんが言ってたよ」
ぷくーっと膨れたオトゥリア。
しかしアルウィンは、そんな彼女に心配されて少し頬を赤らめていた。
「た……ただ寝っ転がっていただけだよ!!
それに、風邪なんて怖くないだろ?少し熱と咳が出るだけだしさ」
慌てて弁明したアルウィン。
彼はちょうど、好きな女の子に強がって格好つけたくなってしまうお年頃真っ盛りだ。
オトゥリアに勝たなければ自分を意識してくれないのだろうと必死に思い、毎日彼女に挑んでいる。
けれどオトゥリアはそんなことなど知らない。
「そんなことない!!
風邪をひく度に、アルウィンはいつも辛そうにしてるじゃん!
それに、この時期はダメだよ。まだまだ風は冷たいんだから!」
季節は、雪溶けが始まる頃である。
昼間は暖かくなるため多少は汗をかけるものの、吹き抜ける風は未だに肌を刺すように冷たかった。
「……げっ!?辛そうになんか……してねぇし!?」
「そんなことないでしょ!
私だって、アルウィンのお母さんと一緒に何度もスープを作って……食べさせてあげたのに!辛そうだったじゃん。心配だよ!」
オトゥリアの目線には、彼の体を気遣う本心を滲んでいた。
「……ッ!!」
そこまで言われてしまうと、もうアルウィンは言い返せなかった。
顔全体を紅に染めた彼の視線は明後日の方向に向けられている。
「ほら!これで身体の汗を拭いてよ」
彼女はハンカチを取り出し、渡してやった。
すると、アルウィンは差し出されたものを見つめ───数秒の後に目線を逸らしたのである。
「…………」
だが、暫くの沈黙の後に渋々受け取ると、火照る顔を隠すようにハンカチを広げて額の汗を拭うのだった。
アルウィンにとって、オトゥリアは大好きで大切な幼馴染だ。気が付いたときから一緒に剣を学ぶライバルであり、ずっと勝てない相手。
けれども、彼女はアルウィンの一番の理解者であるし、逆もまた然りだった。
………………
…………
……
翌日。
その日は、交流試合の日であった。
トル=トゥーガ流という剣術の奥義習得者マティアス・ホーフナーが、弟子五名を引き連れてアルウィンらの通う道場のあるズィーア村を訪れていたのである。
「じゃあ、アルウィン、オトゥリア。二人はここで見学していてくれ」
幼いアルウィンとオトゥリアは、シュネル流の先輩剣士が必死に戦う姿を見学していた。
マティアスに挑んでいたのはテオドールという、彼らよりも18歳上の剣士だ。
テオドールは木剣を右上段から振り下ろした途端に突き、次には手首を切り返しながら左上へ振り抜いていた。
彼は、シュネル流の独特なステップでマティアスの嫌がるところに次々と木剣を当てに行っていたのだったが───
「トル=トゥーガ流奥義ッ!〝
マティアスはどっしりと構え、魔力を纏わせた剣で的確に攻撃を防いでいた。
その足は一歩も動かされていない。
「らぁぁッ!!」
テオドールは幾度となく鋭い攻撃を放っていた。
木剣の激しい撃ち合いの音は続くけれど、涼しい顔で防ぎきるマティアスには届かない。
そして、マティアスは呟くのだった。
「奥義……〝
真っ直ぐに伸びた木剣が容赦なく。
攻撃を続けて息が荒くなっていたテオドールの首筋へと一直線に飛んで行ったのだった。
風を切る音は重い。
それは見る者の目を奪われるような美しさを内包する、真っ直ぐな一振りだった。
アルウィンとオトゥリアは、マティアスの見事な技に「おぉっ……」と感嘆の声を洩らしていた。
テオドールはその攻撃の軌道を読み切ったのか剣を僅かに動かすも───その動作はマティアスよりも遅れていた。
その途端。
殴られたかのような痛々しい音が道場内に響く。
「く……ッ!」
首筋に走った衝撃に、防ぐこと叶わずテオドールは痛そうに顔を顰めていた。
一撃を食らった箇所は既に赤く腫れている。
奥義習得者マティアスの完全勝利だった。
その完璧な勝利に、場に居た者たちが歓声を上げる。
けれども、そんな中で。二人の戦いを見ていたオトゥリアは頬をピクつかせながらアルウィンに呟くのだった。
「ねぇ、アルウィン。あの人の倒し方……解っちゃったかも」
「え……!?」
アルウィンは口をあんぐりと開けて彼女を見つめていた。
「本当に!?」
「うん。多分だけどね」
その会話を聞いていたのだろう。
痛みを庇うかのように首に手を当てていたテオドールはオトゥリアを見ると。
「マティアスさん。この女の子の相手をしてくれませんか?才能は相当ある子なんですよ!」
と、茶目っ気ある視線でオトゥリアをちらりと見る。
幼い二人は、他流派との交流戦の参加を師範に未だ認められていなかった。
そんな中、師範が不在なためそのルールを犯しても大丈夫だろうとテオドールは判断したのだ。
「オトゥリア……!?これって」
「ねぇ……アルウィン。師範が居ないから、こっそり交流戦で戦えるチャンスじゃない??」
興奮に頬を上気させ、彼らはやや早口になりつつも続ける。
「いいな……オトゥリア!!」
「アルウィンも、もしかしたらチャンスあるかもしれないでしょ?師範がいないんだしさ!」
イタズラっ子のような目線をアルウィンに向けたオトゥリア。
「……うん!オレも、戦いたい」
「だよね!!テオドールさん、ナイスだよっ!」
彼女は嬉しそうに頬を緩ませていた。
そんな二人を他所に、マティアスがゆっくりと近付いてくる。
───師範や……ベルラント
アルウィンが最初に抱いたマティアスの印象はそれだった。
その動きは、まるで水面に浮かぶ一片の葉のように軽やかで、無駄な力がどこにも感じられない。それでいて、鋭い緊張感が彼の周囲に漂っていた。
彼の全身が一枚の盾であり、その背後にある影が鋭利な刃と化しているかのよう。
アルウィンとオトゥリアは、緊張感にごくりと唾を飲む。
そんな二人をちらりと見て。
「見学の子供二人……お前の言葉通りに芽がありそうだな!」
マティアスはそう、傍のテオドールに言う。
すると、厚みのある大きな手でテオドールの肩を叩いたのだった。
その仕草には、先ほどまでの鋭さとは対照的な、底抜けに明るい性格が滲み出ていた。
「オトゥリアは……もう俺よりも遥かに強いんですよ!!男の子の方……アルウィンも、オトゥリアとずっと一緒に練習しているので力はありますよ」
テオドールはそう答える。
すると。
「上位冒険者として活躍しているテオドールよりも強いと?この嬢ちゃんが?」
目を丸くしたマティアス。
更には、口をあんぐりと開き、鼻の穴も何故だか開かれている。
「そうなんですよ!」
マティアスから放たれていた緊張感や殺気は、その表情のお陰かいつの間にか消え去っていた。それどころか、陽気に周囲を見渡している。
───そうだ。オトゥリアはテオドールを相手にしても確実に勝ちに行ける実力を持っているんだ。
アルウィンは、一度もテオドールに勝てたことがない。そんなテオドールに、オトゥリアは何度も完封勝利をしていたのだ。
マティアスは「中々じゃないか」とゲラゲラ豪快に一頻り笑い、続けた。
「なるほど、私もシュネル流の若い芽である君たちに興味があるぞ!?さぁさぁ……模擬戦といこうか!」
「えっ!?良いんですか!?」
「まずは嬢ちゃんからだ。あんちゃんは後で見てやるぞ」
その発言の後に、マティアスを包み込む空気は変わった。
左右の手で剣をがっしりと持ち、先程までの陽気さが嘘のように瞳が鋭く光っている。
視線は、オトゥリアの一挙手一投足を確実に捉えるのだという意気込みを感じさせていた。
剣を握っている時の張り詰めた空気と、剣を置いた後の豪快さ。その二面性こそが、マティアス・ホーフナーの真骨頂であり、彼をただ者ではないと感じさせる要因だった。
そんなマティアスに対し。
前に出てテオドールから剣を受け取ったオトゥリアは息を長く吐く。
───頑張れよ、オトゥリア……!!
アルウィンがそう念じると、彼の視線に気付いて振り返り、「頑張るよ!」と言いたげな顔で微笑んでくる。
マティアスは、オトゥリアが右手に持った剣を斜めに構えたことを確認すると。
「嬢ちゃん。私の剣は堅いぞ?」
そう言うなり身体全身に魔力を張り巡らせて、床を深く踏み込んで動かなくなったのだ。
一切動かずに敵を斬るという、トル=トゥーガ流らしい立ち振る舞いだ。
一方のオトゥリアは。
彼女も同様に床を蹴ったが───それは静の姿勢ではなく、猛烈な攻めの姿勢だった。
一瞬でマティアスの元へと迫っていく。
そして彼女は手首をくるりと返し、鋭い軌道の攻撃を放とうとした。
そんな中で。
「トル=トゥーガ流奥義ッ!〝
対するマティアスはどっしりと低重心のまま正面に構えて、オトゥリアを誘い込もうとする。
徹底的な守りは、先程のテオドールの攻撃を一切受けつけなかった。
そんな防御姿勢の前に、突っ込んでいくオトゥリア。
彼女は目をカッと見開くとろ木剣を袈裟に振り抜く。
半月状の剣先の軌道が、鋭い音を立ててマティアスの得物に迫っていた。
けれども。
彼女が繰り出した技は、先程テオドールが放っていたものと同じ技だったのだ。
「同じものが……通用するわけないだろう!」
マティアスはそう言いながら的確な防御を取る。
が、その瞬間。
彼女のアクアマリンの瞳は輝きを増したのだ。
剣がぶつかった瞬間に、僅か数インチ、右足で踏み込んだオトゥリア。
そのまま地を蹴ると───跳び上がりながら、マティアスの木剣に自身のものを添わせるように滑らせたのだ。
───凄ぇ……!!これがオトゥリアの言ってた倒し方ってやつか!!
アルウィンの瞳は、きらきらと輝いていた。
目の前でテオドール以上の攻めを見せたオトゥリアに、ただただ魅入られていた。
そして。
目を見張るべき技術でマティアスから隙を作ったオトゥリアは、彼の胸部に向け、滑らせた木剣の切っ先を当てようとする。
けれども、マティアスは何万人と同門が居る中で一摘みの、奥義を習得した歴戦の戦士である。
「無駄だァッ!!」
彼は〝金城湯池〟の守りの姿勢をすぐさま解除すると、後方に跳んでオトゥリアの攻撃を回避したのだ。
「「!?」」
オトゥリアは、そして見ていたアルウィンやテオドールでさえも。
今の一撃で、彼女がマティアスを倒してしまうのだと確信していたのだ。
そんな一撃が綺麗に回避され、驚きを隠せない。
トル=トゥーガ流は、動かぬ鉄壁の防御だけではない。相手の衝撃をいなす防御も持ち合わせている。
オトゥリアの鋭い攻撃に動かぬ防御は相性が悪いと判断して姿勢を切り替えたのだ。
「空振った……!!」
オトゥリアは、悔しそうな顔でたたらを踏む。
けれども、その瞳は獰猛な蛇のような闘志に溢れていた。
「今度こそ……!!」
彼女は再度、床を強く蹴り上げてマティアスに迫る。
右から左に鋭く薙ぎ、背後から連続で斬撃を放ったり、素早いステップでマティアスの周囲を跳びながら全方位から仕掛けようとしたりと様々に攻めたのだ。
けれども、いなし防御に切り替えたマティアスに上手いこと衝撃を吸収されて有効打を打てないでいた。
「この人……強いな。でも」
短く息を吐き、オトゥリアはマティアスを見る。
彼女の体力は、総量は大人に及ばない。
息が上がりそうになる限界を感じながらも、彼女は少しでも時間を伸ばして回復させようとした。
が、その時。
マティアスから放たれる魔力が、更に増した。
それは何故か。
防御の姿勢ばかりを続けていたはずの彼が、地を強く踏み込んでオトゥリアに迫ったからである。
大上段から、マティアスの剣が重い音をたてて空を裂く。
その一振りは、息が詰まりそうなほどの緊張感に満ちていた。
そんな剣で慎重に間合いを測り、鋭く目を光らせながら動く彼は、まさしく一点の隙もない剣の達人だった。
「らあああっ!!」
防御し続けて敵を狙う姿勢のトル=トゥーガ流だが、攻める時はとことん攻めてくるのがこの流派の特徴である。
好機と見た彼は、オトゥリアに向けて一撃を放とうとしたのだ。
けれども。
オトゥリアは、マティアスが踏み出した瞬間に表情を変えていた。
しっかりとマティアスの動きを補足しながら、オトゥリアも相手がどういった攻撃に出てくるのかを考えていたのだ。
大上段から振り下ろされる、マティアスの剣。
それに合わせて振り抜かれた、オトゥリアの鋭い軌道の剣閃が炸裂する。
そして。
「シュネル流!〝
オトゥリアは、そう叫んでいた。
それぞれの剣と剣が接触した途端。
オトゥリアが巧みな手首の切り返しと脱力のコントロールによってマティアスの剣を逸らす。
そして彼女は左足で強く床を踏み込むと。
切り返したままの剣を、逆袈裟に振り抜いたのだ。
吸い込まれるように。
その剣は、受け流されてたたらを踏んだマティアスの腹部へと向かっていく。
そして───その切っ先が、マティアスの鳩尾を綺麗に突いたのだった。
………………
…………
……
それから、二週間が過ぎたある日のこと。
アルウィンとオトゥリアがいつものように模擬戦を行っていたとき。
突然、がらりと道場の扉が開いたのだった。
「「おはようございます!!師範!!」」
彼らは、入ってきた人物にすぐさま一礼する。
師範と呼ばれた男の歩き方は無駄がない。一歩一歩が静かで確かな重みを持ち、周囲の空気までもそのリズムに引き込んでいる。
そして、袖の下に隠れた筋肉が、一瞬の不意打ちにも即座に対応出来ることを物語っていた。
その人物、師範とは。
シュネル流の序列第一位にして、アルウィンとオトゥリアに剣を叩き込んだ剣聖オルブルその人である。
「ああ。おはよう、アルウィン、オトゥリア」
オルブルは真顔のままだが、瞳の奥にあるのは幼き弟子二人にかける静かな慈愛だ。
「早速悪いな。オトゥリア……お前に話がある。
アルウィンは……まぁ……」
「誰か他にもおるのか?まあ、紹介程度なら構わん」
師範の後ろから聞こえる謎の声に、二人は何だろうと目を見合せた。
オルブルは二人から背を向け、後ろにいた人物を部屋に招き入れる。
「彼は王国騎士団の剣術指南役の称号を持っている、国内でも屈指の剣士だ」
紅いマントを羽織った、いかにもプライドが高そうな中年の男。しかし、その瞳から放たれる眼光は鋭かった。
───この人の佇まい、この前のマティアスさんにそっくりだな……
アルウィンは、先日のマティアスを思い出しながらもその男を眺めていた。
オトゥリアの後に挑んだ彼は、容赦のないカウンターで伸された記憶しかない。
けれども。
アルウィンに気付くことなく、中年の男は部屋にどっかりと座ると顎髭を摩った。
「如何にも。私は王国騎士団二番隊の副隊長、ヨハン・シュタットローンだ。
トル=トゥーガ流の奥義習得者にして、紹介の通り王国騎士団の剣術指南役だ。以後、お見知りおきを」
と言う。
───やっぱり……この人、トル=トゥーガ流の剣士、それも奥義習得者だったんだ!物凄く強そうだ。
アルウィンは騎士の男に興味を持ち、じっくりと観察していた。
けれども、ヨハンはアルウィンの熱を帯びた視線に応じなかった。
眼球を固定されたのかと思うほどに、ヨハンの目線はオトゥリアの顔に止まったまま。
彼女以外を視界に入れようとする動作は一切見受けられない。
───もしかした……この騎士はオトゥリアにしか興味がないのかな。
そうアルウィンが思ったとき。
「ヨハン、この少年にも例の話を聞かせてよいか?
この少年もこの歳にしては並以上だ」
オルブルはそう口を開くのだった。
「この少年か?」
この時初めて、ヨハンはアルウィンと目を合わせた。
それは、一瞬の出来事であった。
けれども。
洗練された魔力から放たれる緊張感に負けじと、アルウィンは彼をじっと見つめていた。
「うむ……なかなかの目つきだな、少年よ。ここで話すことを黙っていられるのなら……居ても構わない」
「誰にも話しません……!!」
アルウィンの鋭く光る眼光や息遣いは、オトゥリアには遠く及ばないが、幼いながらもかなりの修練を積んできたことを示唆していた。
それは、オトゥリアという強者に勝とうとひたむきに努力してきた証でもある。
察知したヨハンは短く一息ついた後に面白いと呟くのだった。
「手短に言おう。その……オトゥリアと言ったな、我が同門マティアスを見事に打ち破ったと聞いている。
そこで我々は、貴様の実力を正式に測り、騎士団へ推薦しようとやってきた訳だ」
彼は懐から書簡を取り出し、オトゥリアに手渡した。
王国騎士団推薦書……と書かれており、美しい筆跡で何かが書かれている。国王の玉璽だろうか、蝋の封印には王冠がしっかり押されていた。
「……!!!」
隣でオトゥリアは息を呑んだ。
口をあんぐりさせて、「まさか」とアルウィンにしか聞こえないくらいの大きさで呟いた。
そしてアルウィンに「ねぇ、なんて書いてあるの?」とこっそり尋ねる。
オトゥリアは文字の読み書きを習っていないために手紙が読めないのである。
字を読めないことは、田舎の者であればごく普通のことだ。
しかし、アルウィンは両親から読み書きを習っていたために手紙を読むことが出来ていた。
「えっと……『貴殿を王国騎士団に推薦する。王の剣となり、神への愛とともに国に奉仕せよ。推薦人:エヴィゲゥルド王国剣術指南役 ヨハン・シュタットローン』って書いてある」
オトゥリアは最初顔を輝かせ、はしゃぎはした。
が、アルウィンと目が合った途端、何かに気が付いたのかすぐに顔を暗くして
いつものキラキラした彼女の瞳には影が刺し、口元は溜息に似た吐息が増えている。
オトゥリアの胸の中には、様々な感情が渦巻いていた。
けれども。
オトゥリアの複雑な心境を、アルウィンは全く気が付きもしなかった。
───オトゥリアが騎士団の推薦を受けただなんて、凄すぎるじゃないか!!
と、彼はさも自分が推薦されたかのような浮かれた気持ちで顔を綻ばせていたのだ。
王国騎士団は、王国内の指折りの戦士が集まって、王家の元で動く精鋭部隊である。
推薦状にもあったが、正しく〝王の剣〟だ。
王国中の剣士、魔法使いの憧れであり、貴族と同等の栄誉ある職業と言われている。
月収は10万ルピナスと噂されており、この村で家が2軒は余裕で立つくらいの破格の金額だ。
「私が貴様と会う場所を練習場にしたのは、貴殿が推薦されるに見合うかどうかの模擬戦をするためだ。
オトゥリアよ、木剣を取って私と戦え。時間は正午まで。私に一撃でも入れれば推薦状を与え、貴様の永遠の栄誉を約束する。
が、出来ないのであれば……当然この話は取り下げる上、シュネル流は衰えたのだと判断する」
オトゥリアは、ヨハンの言葉に息を呑んだ。
───実力を示せば、栄誉ある王国騎士団に入隊できる。だけど、それって……アルウィンと別れなきゃいけないのかな。
そう考えた彼女の心境は、暗く澱んだものへと変化してしまっていたのだ。
「どうしたんだよ、オトゥリア。騎士団入りなんて……めちゃくちゃ凄いことじゃないか!」
純新無垢な視線を向けるアルウィンと、厳しい目線ながらも弟子の成長を確りと見守ってきたオルブルの視線。
彼女は、彼らをちらりと一瞥すると───己に降りかかる王国騎士団へのチャンスという大きすぎる期待を、否が応でも理解してしまったのだった。
加えて、ヨハンの最後の言葉が脳裏によぎる。
───もしも、実力を示せなかったのなら……何代も続いてきたシュネル流の名に泥を塗ることになるんだよね。
彼女のアクアマリンの瞳は、次第に鋭い輝きを取り戻しつつあった。
と同時に、思い出していたのはアルウィンとの過去だった。
自分よりも剣士としての実力は劣っているのにも関わらず、ひたすら自身に勝つことに執着して実力を付けていたアルウィン。
背中を追いかけ続けてくれた大切な幼馴染に期待の眼差しを向けられてしまうと、応えなきゃという気持ちに駆り立てられたのだ。
───ずっと私を目指していて、いつの間にか大好きになってしまったアルウィンのためにも……シュネル流のためにも……絶対に、一撃を入れなくちゃ。
オルブルから木剣を受け取ったときの彼女の表情は、普段とは想像がつかないほど固いものだった。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
作者の井熊蒼斗です!
最低限、序章3話までは読んで頂きたいな〜と思っておりますので、あと2話だけでもお付き合いください!
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