戦火は金色の追憶と白銀の剣のうちに

井熊蒼斗

プロローグ:戦争は遠い過去の叢となって

 かつて、龍がいた。

 龍は全てを創り出した。

 産まれ落ちた全ての生物を、我が子とし。

 その胸に秘めたる愛と誓約を。

 遥かなる高みから守っていた。


 かつて、神がいた。

 その神は二柱だった。

 神座から偉大なる龍を、巨腕のもとに追い落として。

 世界に相反する異なる力と共に。

 天と地と冥府に、新たな風を吹き込んだ。


 かつて、男がいた。

 男は剣を奮った。

 迫り来る数多の敵を、その手で屠り。

 屍の上に屍を累ね。

 新たな芽吹きの糧となった。


 かつて、男がいた。

 男は龍と友となり、世界を繋いだ。

 言葉、文化、思想、技術の全てをその手の内にし。

 新たな発展と交流を産み。

 永く続く戦なき世を齎した。


 生きる者たちよ。

 全ての者は友である。

 友を愛せ。

 互いに啀み合うなかれ。

 憎しみを負うなかれ。







 ………………

 …………

 ……





 歴史の教科書の序文。

 民衆は偉大な祖王の詞を、伝統的に幼い頃から暗記するものとして課されていた。

 祖王の時代から遥かなる月日が経って、今や学習というものは情報を脳にインストールする形式になる程に技術は大幅に進歩している。

 けれども、この暗記だけは口を動かして覚えることが伝統となっていた。


「か、つ、て……」


 読み書きを覚えたての少女は、その手を握る母親と一緒に、拙い舌っ足らずの声でゆっくりと文字を追う。

 麦畑に差し込む金色の光が、その親子にも慈愛の眼差しを向けていた。





 その金色の陽光に、その村の外れにある歪な形の大木は忘れていた過去を思い出していた。

 時が反転する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る