戦火の中でー6

「……ルーカス先生……」


 私の両の手のひらは激痛に苛まれ、鮮血がしたたり落ちたが、ルーカス先生は私を強く抱きしめた。


「……良かった……君を救うことができた……」


「私も先生を助けることができましたよ……」


 しかし私たち2人は火災の炎の中に取り残され、脱出することはできそうにない。結局、お互いを救ったことは無駄になりそうだ。


「ここで死ぬのも運命か。でも、君と一緒に死ねるなら、ずいぶんいい死に方だ」


「私もルーカス先生の腕の中で死ねるのなら、幸せです」


 熱いだけでなく、煙のために目が染みて、もう何も見えない。ただお互いの感覚だけがあった。


「誰かいないか!? 返事をしろ!」


 私たちの耳に遠くから声が聞こえた。それは消防隊員の声だった。


 私たちが炎の向こう側にいる消防隊員に居場所を知らせると耐火服を着た複数の消防隊員が救助に来てくれ、私たちを濡れた毛布に包んで炎の中を突っ切り、無事生還を果たした。


 濡れた毛布に包まれたまま私たちは街の真ん中の広場に座り込み、燃えさかる教会や病院を見たあと、顔を見合わせた。


「今度は僕らが手当てされる番だね」


 ルーカス先生が苦笑した。火災の中から生還し、笑うしかない状況だった。私も同じように苦笑した。


「いやあ……もう看護師としては働けそうにないですね……」


 私は自分の手のひらを見る。焼けただれて、どこが指の始まりなのか分からないほどだ。熱さだけでなく痛みも感じるようになっている。激痛だ。モルヒネがあればいいのだが、と考え、ここまできた車の中にあることを思い出す。


「……すまない。君だけ逃げればこんなことにはならなかったのに」


「そんなことしたらスペインのアリシアに顔向けできませんよ」


 私は唇をへの字に曲げる。


「スペインのアリシアの中に私を重ねて見ていたって、ハーレン先生から聞きましたから」


 ルーカス先生は躊躇いながら頷いた。


「スペインのアリシアが短機関銃でルーカス先生を守ったように、私も私ができることでルーカス先生の手助けをできればそれでいいんだなって思っていました。私の中にスペインのアリシアを見ていたとしても、それはスペインのアリシアからすれば、おあいこでしょって言いたいだろうし……だから、いいんです。私とスペインのアリシアは2人1組になって、これからもルーカス先生の手助けをする。それが全うできて、私は満足です」


 私は思ってもみなかった言葉が次から次へと口から出てきて、自分でもびっくりした。でも不思議と納得できたのはこれが私の本心だからなのだろう。


 ルーカス先生は少し肩をすくめ、答えた。


「僕はスペインのアリシアを忘れられないし、忘れたくない。スペインのアリシアの中に君を見ていたのと同じように、君の中にスペインのアリシアが見えるから。それでも時が経つにつれ、今は天国にいるスペインのアリシアの存在がどんどん薄くなっていくだろう。だけど僕は忘れない。そして君を愛し続けたい。僕に資格があるかどうかは関係ない。君の選択次第だ――こんな男で呆れたかもしれないが」


「呆れるわけないじゃないですか。これからもご一緒ですよ」


 私はルーカス先生の肩にもたれ、ルーカス先生も体重を私に預けた。


 結局、ルーカス先生は右足の脛を骨折しており、1人では歩くことができなかった。郷土防衛隊員に車からアタッシュケースを持ってきて貰い、まずは自分たちに痛み止めを射ち、他の負傷者の手当を始めた。私は両手が使えないので、地元のご婦人たちに指示するだけになってしまったが、それでも幾ばくかの力にはなれたと思う。


 私の両手が包帯でグルグル巻きになり、ルーカス先生が一通り負傷者の手当を済ましたあと、私たちはこの街を後にした。ルーカス先生は右足を骨折しているのに添え木を当てただけで、自分で車を運転し、助手席に座る私に言った。


「その手は僕が絶対に治すから」


「火傷は専門外でいらっしゃるでしょう。無理は言わなくてもいいんですよ」


「勉強し直したっていいんだ。必ず君が看護師として戻れるようになるまで、僕自身ががんばるんだ。約束する」


「はい。期待してますよ。ルーカス先生」


 久しぶりの赤信号で車は停まり、私は運転席のルーカス先生の方に顔を寄せる。


 そして彼の唇に自分の唇を重ね、私たちは2人がともに生きていることを喜んだのだった。

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