第7話 過去の愛と今の恋

過去の愛と今の恋-1

 ビクトリア駅に到着した私たちは混雑する地下鉄に乗り換えて、久しぶりにチャーリング・クロス駅の改札をくぐり抜けた。


「感慨深い。ここで先生が私を待っていてくれたんですよね!」


 私は5年前のことを思い出し、ルーカス先生を見上げた。


「そうだね。あの頃はこんな風になるなんて夢にも思ってなかったね」


「私も看護師になるなんて、あのときは考えていませんでしたから」


 そしてエスカレーターに乗り、地上に出る。残念ながら本日も快晴で、南東部ではドイツ空軍ルフトヴァッフェの大攻勢が続いているに違いないのだが、ロンドンは1ヶ月前とほとんど変わらず、2階建てバスや乗用車、トラックが途切れることなく行き交っている。歩道にはスーツ姿のビジネスマンが忙しそうに歩いているし、たまには女性の姿も見える。商店も通常通りに営業し、もちろんお買い物に来ている人もいる。全くの平時と言っていいだろう。


 私たちはスーツケースを引きながら、今はもう懐かしくすら感じるチャーリング・クロス病院に向かう。当たり前だが、戦火に見舞われていないロンドンだ。チャーリング・クロス病院は1ヶ月前と変わっていなかった。さっそく私たちは整形外科のナースステーションに向かい、中にモーガン師長の姿を見つけ、私は思わず声を出してしまった。


「モーガン師長! お元気そうで!」


 モーガン師長はその声で私に気付き、私に駆け寄ってハグしてくれた。


「それはこっちの台詞よ~! ドーバーは大変だったでしょう? 心配していたんだから。よく戻ってきてくれたよ。助かる!」


「あっちでかなり修行を積みましたよ。まだまだ新人ですが」


 ハグを終え、モーガン師長は私を拝む。


「ありがたやありがたや。戦力アップ」


「助っ人ですから助っ人の役割を果たすまでですよ」


「是非是非」


 そんな会話を交わしている間もルーカス先生は黙りこくっており、ようやく気が付いたモーガン師長が恐る恐る彼の顔を見上げた。


「えーっと、リンゼン先生もご無事で何より……」


「ああ。ハーレン先生は?」


 どうやら彼はモーガン師長の前では、以前の通りの気難しいリンゼン先生に戻ってしまうらしい。


「手術中です。もう少しで終わると思います」


「そうか」


 ルーカス先生はナースステーションにスーツケースを置いて、手術室に向かう。一刻も早く恩師の無事を確かめたいらしい。私は彼のあとをついていく。


 手術室の前に着くと、ちょうどタイミング良く手術中のライトが消灯して、手術室の両開きの扉が開いてスタッフが出てきた。その中に執刀医のハーレン先生を見つけ、ルーカス先生は涙ぐんだ。


「ハーレン先生……よくご無事で」


 ハーレン先生はスタッフが歩く列から抜け、ルーカス先生の前に立つとマスクを取り去って言った。


「ルーカスか。お前こそ無事で本当によかった。運がいいんだな。隣にいるのはアリシア嬢か。話は聞いておるよ。本当に美人になって、しかも医療の道を選んでくれるなんて喜ばしいことだ。ルーカスもさぞかし助けられたことだろう」


「そんな、美人だなんて……」


「いや、どっから見ても美人だよな?」


 ハーレン先生が確かめるようにルーカス先生を見て、ルーカス先生は頷いた。


「ええ……学生の時もかわいかったですけど、大人になって美人と言えるようになりましたね」


「そんなこと、ルーカス先生、一言も言ってくれなかったじゃないですか!?」


「真っ向から言うものか! イタリア男じゃあるまいし」


「わしは言っていいのか?」


「お年を召した殿方に言われる分には問題ないです」


 私はハーレン先生にそう言うと、やっぱり嬉しくて何度も頷いてしまった。


「ゆっくり話したいが、まだやることは山積みだ。夜に話そう。またな」


 ハーレン先生は去って行った。1人でも多くの患者を診ることが、抗ドイツ戦の勝利に繋がると信じて、自分の戦場で戦うしかないのだった。


「お元気そうで良かったですね」


「負傷していたと聞いたけど、大丈夫そうで良かった」


 私たちはハーレン先生の背中を見送り、2人で頷きあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る