過去の愛と今の恋-2

 その後、医事課に行き、事務的な手続きを済ませ、外にお昼ご飯を食べに行った。パブでフィッシュ・アンド・チップスのランチをして、明日の計画を話す。私はガイドブックは買わなかったものの、ロンドンの地図を借りてきて広げた。


「すっかりやる気だね」


「念願のデートですから。実に5年ぶり」


 私は不敵に笑ってみせる。これを楽しいイベントにしないでどうしようというのだろう。この先、何があるのか分からないのだから、精一杯遊ぶしかない。


「計画を聞こう」


「まずはバスでロンドン塔まで行って、歩いてセントポール大聖堂へ。11時に間に合うようにバッキンガム宮殿に行って、衛兵の交代式典を見て、大英博物館行って、最後にベーカー街にいってホームズに浸る、というのはどうでしょう」


「だいたいそれでいいと思うけど、とても盛りだくさんだね」


「全てこの辺で済むじゃないですか。それに建物の中に入るのはセントポール大聖堂と大英博物館だけですよ」


「お昼ご飯は?」


「いやもう、どこかのパブで適当に済ませましょう。また、ここに来てもいいですし」


 ここはチャーリング・クロス病院の近くのパブだが、そんなに悪くない。


「そうか、じゃあ、ちょっと時間を割いて欲しいところがあるんだけど」


「もちろんいいですよ。バッキンガム宮殿の衛兵の交代式典以外はどうなってもかまわない気楽な計画ですから」


 するとルーカス先生は地図上のリージェントストリートを指さした。


「お買い物ですね!」


 リージェントストリートはロンドン一の、いや、世界でも有数のファッション高級店が建ち並ぶ目抜き通りだ。私のような名ばかり貴族には縁が無い場所だと、行くことなんて考えたこともなかった。


「そう。ベタにリバティでいいかな」


「すごい。リバティデパートに行くんですか。絶対に時間が足りない! それで、何を買うんですか?」


 正直、ルーカス先生のスーツはくたびれすぎている。それはそうだろう。オランダからフランスへ戦場を渡り歩いて英国に逃げ延びてきて、それから買い物なんてしていないのだろうから。


「できれば君にプレゼントをしたくて」


 なんとなく察してはいたが、直にルーカス先生の口から聞くととてもテンションが上がる。


「やだ嬉しい。この1ヶ月がんばったボーナスですね!」


「そう考えてくれていい」


 やけに奥歯に物が挟まるような言い方に私はちょっと考えてしまう。


「……それで、何をプレゼントしてくださるんですか?」


「君さえ良ければ……長く使えそうなスタンダードなワンピースと帽子と、デートっぽい格好を一揃え」


 うお。そう来たか。それは嬉しい。嬉しいし、そんなことをして貰えるなんて特別感しかないが、リバティデパートで一揃えとなるとかなりの出費になる。それにそこまでルーカス先生に出して貰うなんて関係に私たちはない。


「お金はあるんだ。使うあてが無いから貯まる一方でね。ドイツに占領されているからってオランダの収入がないわけじゃあないし」


 どうやら私の顔に書いてあったようだ。


「けど、ルーカス先生のご実家って、貧乏男爵家なんじゃ……」


「そんなこと言ったっけ? ついでに言うともう僕が男爵」


 遠い記憶を探ると、自分の家が名ばかり貴族だと言って、うちもそんなもんだくらいの回答だった気がする。しかし男爵になったのはこの5年の間のことだろうか。


「うわ~ 失礼いたしました……」


 うちはさば読んでもせいぜい豪農くらいで貴族の生活とはほど遠い。ご立派な貴族様に大変な失礼を連発していた気がする。冷や汗かいた。


「いや、何も失礼はしてないけどね。どう? 僕の申し出を受けてくれる?」


 ルーカス先生は気楽な感じで話し続ける。


「そりゃもう……お金を使わせるのは遠慮したい気もしますが、ルーカス先生が使いたいというのなら拒む理由は何もありません」


「使いたい、使いたい」


 ルーカス先生がとても嬉しそうなのが私も嬉しい。


「じゃあ、ありがたく……ルーカス先生のお好みで……」


「いや、君の好みでいいよ。うん、君の好みがいい」


「計画練り直しです。このままじゃ大英博物館を回れそうにない」


「それはそれでいいじゃないか。明後日も休みだし、明後日は大英博物館にだけ行こうよ」


 私は頷いた。


「2日間もデートできるなんて思ってなかったので夢のようです」


 私はそうなんとか言って、真っ赤になって俯いてしまった。もうこれ以上、何を言えばいいのかわからない。


「僕も君のような美少女とデートできるなんて楽しみだ」


「毎日一緒にいるじゃないですか……」


 心がこもっているようには思えない台詞なのだが、今のルーカス先生が言うとそうでもないのが不思議だ。本当に心から思ってくれているのかもしれない。


 私たちは昼食を終え、明日、地下鉄の駅で待ち合わせをして別れた。


 私は1ヶ月ぶりに看護師寮の自分の部屋に戻った。こんなに長く離れているとは思っていなかったから中はそのままだ。2人部屋だが、まだもう1人の入居はなく、引き続き1人で使えるようだ。私は明日のデートのために疲れ切っている身体を休ませるべく、まずはベッドに倒れ込み、爆睡したのだった。

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