ロンドンに戻る-6
ルーカス先生は翌日、管轄省庁に連絡し、ロンドンに戻ることが正式に決定した。代わりの医師が派遣されるのが僅か3日後ということで大いに驚いたのだが、その3日間は怒濤の3日間だった。
13日はドーバーは曇天に恵まれ、
私は後に知るのだが、この日が「鷲の日」と呼ばれる
14日は映画のような出来事が起きた。ドーバー上空でなんと敵味方入り乱れて200機もの大空中戦となり、
15日、私たちがロンドンに戻る日、新しい医師と看護師と引き継ぎを行った。そしてマクレガー邸の客間を後に、私たちは駅まで見送りに来てくれたマクレガー夫妻と別れを惜しんだ。
こうして私たちは約1ヶ月もの間、奔走したドーバーを後にし、ロンドン行き特急列車の乗客になった。2人しか座っていないボックス席で私とルーカス先生は向かい合って座り、車窓を眺める。ついこの前、乗ったはずなのに遠い昔のように思われた。英国南東部から離れれば、戦争の気配は薄くなる。そう分かっていてもまだ私の心は戦場にある。落ち着かない。
「少し、ホッとしている」
ルーカス先生は車窓を眺めながらポツリと言った。
「それはどういう意味合いで?」
私には素直に分からなかった。ルーカス先生は私に目を向けた。
「君が負傷せずに済んで」
「……私が、ですか。そうですね。ドーバーにいた誰もが負傷する可能性があって、たまたま難を逃れただけですからね……」
「そう。僕らが生きているのはたまたまだ」
ルーカス先生が言うとおりだと思う。
「そうですね。運があったんですね」
「ロンドンに着いたら2日ほど休みを貰えるらしい。君も一緒だ」
「そうなんですね……」
ありがたいことだ。その2日間、私はおそらく看護師寮で爆睡することだろう。ほとんど休みという休みがなかった1ヶ月だ。疲労がたまっている。回復できるタイミングは逃したくない。
「それで君が良ければなんだが……」
ルーカス先生は言葉を濁した。良ければ――なんなのだろう。期待に胸が躍った。
「良ければ、なんです?!」
私の心の内がそのまま言葉になった。
「良ければ、ロンドンの名所を一緒に回らないか? 爆撃でも受けてその姿を変えないうちに。そして美味しいものを食べて、英気を養って、また一緒にがんばろう」
ルーカス先生は自信なさげだった。やはり休みたいのでは、と思っているらしい。しかし私にはその申し出を断るという選択肢は原子1個分もない。
「いいんですか!? 身体を休めなくて!?」
「そんなに疲れないようにしたいね」
「それはそうですが……とっても楽しみです!」
やった! デート、デートだ! それもルーカス先生から誘ってくれるなんて! それがたとえこの1ヶ月の重労働のご褒美というだけだったとしても嬉しすぎる。
「あー! えー! そのー! どこへ行きますかね!? ああ、ロンドンに着いたら早速ガイドブックを買わないと!! ああ、楽しみだなあ!」
「そんな風に言ってくれて嬉しいよ」
ルーカス先生は微笑んだ。最近、厳しい顔しかしていなかったルーカス先生が笑ってくれるなんて、単純に喜んだだけなのだが、喜んだ甲斐があったというものだ。
汽車は2時間後にロンドンのビクトリア駅に到着した。
まだ戦争の気配がするだけの、戦場になっていないロンドンだ。
私はホームに降り立ち、ロンドンの空気を思いっきり吸い込むと両手を挙げた。
よっしゃ! デートだ! デートだぞ! 思いっきり楽しむぞ!
そう心の中だけで私は叫んだのだった。
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