ドイツ空軍の襲来-5
私、ルーカス先生に抱いて欲しいんだ。
正確にいうと、その先。ルーカス先生の子どもが欲しい。戦場を目の当たりにして、自分の命が失われるかもしれない事態に、子孫を残したいと本能がいっているに違いない。
まずい。もちろんルーカス先生とそういう関係になりたいと常日頃から考えてはいるが、それはあくまでも理性的な判断の上だ。これは違う。本能だ。ルーカス先生に抱いて欲しい。身体の芯が熱くなり、頬が上気するのが客観的にもわかる。それが私を目の前にしているルーカス先生に伝わらないはずがない。
いや、それも単純な意味では違う。
ルーカス先生もまた、同じように思ってくれている。それが直感で分かる。ルーカス先生だって本能的に子孫を残したくなるときくらいあるだろう。ここが長い間先生が過ごした戦場という環境であっても久しぶりなはずだ。だから今、スイッチが入っても不思議はない。
ルーカス先生は私から目をそらした。懸命に衝動に耐えようとしているのが伝わってくる。私も耐える。耐えるが、ルーカス先生から求められたらもちろん喜んで応じるだろう。自分は怯んだり、決してしない。そう分かる。
「……今日はもう休むんだ。お互い後悔しないように」
その後悔という言葉が意味するところはルーカス先生と私とでは違うだろう。少なくともルーカス先生が後悔という言葉を使った意味は私には分からない。しかし想像はできる。ルーカス先生が私を通して、私の知らない誰かを見ているのなら――
「1つ聞いてもいいですか」
私は自分の声が震えているのが分かった。
ルーカス先生は少し躊躇いがちに、でも前を向いて答えた。
「いいよ」
私は俯いた。聞かない方がいいのかも……と思っていても、いつかは聞かなければならないことだ。今のタイミングだからこそ、2人で戦場で奮闘したあとのこの夜だからこそ、振り絞れる勇気がある。
「……ルーカス先生には好きな人がいるんですよね」
そう考えれば、自分がどれほど好意を彼に露わにしても、私との距離を詰めてこないのも当然だと思える。そしてそれが答えだと思う。5年前には想い人はいなかったと思う。しかし私の知らない5年間の間に、ルーカス先生が恋をしていないとは思えない。勝手に私が一途に彼を思っていただけなのだから、仕方がないのだが。
ルーカス先生は唇を固く結んだ。そして躊躇いがちに、思い出したくなかったとでも言いたげな悲しげな表情を浮かべ、再び口を開いた。
「いたよ……でももう、いない」
ルーカス先生にとっては最大限の誠意ある回答だったのだろう。私は嬉しく思う反面、その事実を重く受け止め、次第に胸が苦しくなった。
「……それだけ聞けば、十分です」
私は踵を返して客間を後にしようとしたが、足は動いてくれなかった。少しずつ彼の言葉が心の中に染みこんでいき、身体の隅から隅まで支配していった。
目頭が熱くなり、瞬時に頬に涙がこぼれ、私はパジャマの袖で涙を拭った。
「……分かってたのに、聞くんじゃなかった……」
想い人がいると言われた方がまだマシだった。
「アリシア……」
ルーカス先生は私の涙を目の当たりにしたからだろう、1歩前に出た。
「来ないでください」
私は彼の歩を止めた。
「私は大丈夫です……私が自分の意思で聞いたんですから……覚悟はできてます。覚悟はできていたんですから……大丈夫です」
私はパジャマの袖で今度は思いっきり涙を拭った。足は動く。私は踵を返し、ドアを開け、閉める前に振り返った。
「お休みなさい」
こんな質問なんかしないで、不意打ちでお休みなさいのキスを彼にして、逃げるように自分のゲストルームに戻れば良かった。そんなまるで考えもしなかったシチュエーションを思いながら、私はドアを閉めた。ドアを閉めても彼が追ってこられないように私はドアのノブを両手で固く握り続ける。
涙が止めどなく落ち続ける。
彼に、想い人のことを思い出させてしまった自分が憎い。
彼の心を占めている
自分が彼に選ばれなかったことが、そしてこれからもおそらく、彼に選ばれないであろうことが悲しい。
彼の心の中からもう今はいない想い人を追い出すのは途方もなく困難なことだろう。おそらく『彼女』はもうこの世の人ではないのだ。生きているのなら幻滅することも飽きることも仲違いすることもある。自分が『彼女』と真っ向から戦うこともできる。しかし私はこの世にいない人と戦うことはできないし、彼が幻滅することも仲違いすることもない。ただ、時とともに忘れるかもしれない可能性に賭けるしかない。
ドアノブが内側から回ることはなかった。
どれほど時間が経っただろうか。私はドアノブから手を離し、自分の客間に戻った。そしてベッドに倒れ込む。
もう涙は出ない。
明日の朝はもう、何もなかったように振る舞おう。
そう心に決めて、私はそのまま眠りに就いたのだった。
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