ドイツ空軍の襲来-3

 今のところ空には阻塞気球しか見えない。ドイツ軍の攻撃の第2波があるのかもしれないが、今が救助する最適のタイミングだろう。救助が早ければ早いほど命を救える可能性が高くなる。


 車は桟橋近くで憲兵に止められ、ルーカス先生が医者だと告げると爆撃された方向を教えてくれた。私とルーカス先生は両手に荷物を持ち、爆撃を受けたという桟橋の方に向かう。もう消火活動と救助活動が始まっており、多くの人が行き来している桟橋の向こうに、黒煙を上げて沈んでいく大型貨物船が見えた。荷下ろししている最中だったようだ。タラップが海中に落ちている。その前で海兵が沈んでいく大型貨物船にロープをかけて、沈む前に救助に向かっている。もう何人か救助され、桟橋の上にしゃがみこんでいる。


「けが人はいませんか?」


 私は彼らに声をかけ、確認するが、重傷者はいない。


「止血だけでいい。今に対処しないとならない患者が来る」


 ルーカス先生は私にそう指示し、腕に傷を負い、手で押さえている負傷者の動脈を止め、定期的に血を通わせるようレクチャーする。


 そのすぐあとにロープを伝って、2人がかりで袋に入れられた救助者が陸揚げされる。海兵がルーカス先生を呼び、私も彼についていく。救助者が入った袋が開かれると、腹部に爆弾の破片が突き刺さった船員さんが現れ、私は絶句した。服のお腹の部分は血で赤黒く染まり、少しずつ出血が続いている。本人にはまだ意識があり、応答できるのが救いだ。

 

「服を切ってくれ」


「はい」


 私は冷静になるよう自分に言い聞かせてハサミを取り出し、負傷した部分と思われる修理をざくざくと切っていく。血で濡れているので切りづらかった。


 負傷した患部がむき出しになるととがった破片が深々と刺さっているのが目の当たりにできた。ヘタするとこれは肝臓に刺さっている。


「……モルヒネ頼む。あと、担架持ってきてくれ。できるかぎり揺らすな!」

 私は先生の指示に従ってモルヒネを注射器に充填し、海兵が担架を探しに行く。


 私は負傷者の腕の静脈に針を刺し、モルヒネを射つ。射つと少しして楽になったような顔をした。


 負傷者は次々と救助され、船が沈みきる前に5人救助されたが、腹部に破片が刺さった負傷者以上の重傷者はいなかった。


 モルヒネを射たれた重傷者は毛布と自在箒の急造担架で運ばれ、ルーカス先生の指示で海軍病院に運ばれていった。


 私は負傷者らの応急手当だけ済ませ、ルーカス先生に次の指示を仰いだ。


「これからどうしますか?」


「救助に駆けつけたことは海軍病院にも報せてもらっている。あとは指示待ちだ。手術が必要かもしれないし、ここに待機しろということも考えられる。第2波攻撃が来るかもしれないが、その際は比較的安全な場所に避難するぞ」


 私はルーカス先生の言葉に無言で頷いた。


 撃沈されたこの貨物船の他にも軍港の施設が破壊されており、そこでも負傷者が出ていた。私たちはそちらにも呼ばれて応急手当を続けていると日が暮れてしまった。


 爆撃はもう来ないと考えられた。通常、精密な爆撃は昼間に行われるものだ。空にはもううっすらと星が見え始めている。


 私たちは疲れ切り、その場にへたり込んだ。


「大丈夫か?」


 ルーカス先生が私に聞いた。疲れていても私は虚勢を張る。


「大丈夫です。でも、手術していただく前の足だったら耐えられなかったでしょうね。ルーカス先生に感謝です」


 私は痛む右足に手を添えた。よく耐えてくれた、私の友だち。感謝だ。


「ふふ、君は強いな」 


「もちろん強がっているんですよ」


「自分で言うのかい」


「強がらないとルーカス先生を心配させてしまうじゃないですか」


「君はいつも正直だな」


「私の言葉が誰かを傷つけたり、イヤな思いをさせない限りは正直でいたいです」


 ルーカス先生は夜空を見上げた。


「そうだな」


 彼の言葉に重みを感じ、それがどこから来るものなのか知りたく思ったが、ルーカス先生ご自身の口からそれを聞くまでは待っていよう、と私は決めた。それはそれだけの重さがあるものだろうから。


 海軍病院から指示が来て、いったん戻って待機となった。必要になった際は呼び出されるらしいが、これで民間病院に戻れる。私とルーカス先生は再び車に乗り込んで、軍港を後にする。灯火管制下でヘッドライトもごく狭くしか照らし出さないので、本当にゆっくりと安全運転だ。そして民間病院に戻って緊急に処置が必要な患者がいないことを確認し、その後、私たちはマクレガー邸に戻った。

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