悪いことばかりじゃないー4
「エリスちゃんはロンドンに行ったことある?」
私は露骨に話題を変える。エリスちゃんは首を大きく横に振る。
「行ってみたい~」
「私もロンドンはあんまり観光できてないんだけど、いっぱい見るところがあるんだよ。お買い物も楽しいし。それでね、お姉ちゃんはバーミンガムの近くの出身なんだけど、バーミンガムもとってもいいところだよ。なんといってもバーミンガム大聖堂。金曜日には聖歌隊が歌ってくれるの。すごい神秘的でね、魂が洗われるっていうのか、絶対に1度行ってみて欲しいな。バーミンガム美術館も素敵よ。前期ラファエル派の絵がいっぱいあるの」
「君がバーミンガムの話をするのは初めて聞く」
「じゃあ先生もオランダの話をしてください。ショーンくんもエリスちゃんも外国の話を聞きたいでしょう」
子ども2人は頷いて、好奇心むき出しの目をルーカス先生に向けたが、彼は残念そうに言った。
「もちろん話をしてあげたいけど、ドイツ軍にどれだけ壊されたことか……」
そうだった。これは私の失態だ。オランダはナチスドイツの占領下にあるのだ。
「でも、戦争前の話はしてあげられる。この辺と違って高台はもちろん、坂なんかないからね。緑も少ない。人工的に人が作った土地だから。ずーっと道もまっすぐ。農地もただただ広くて、たぶん君たちのイメージと違ってそんなに風車はない」
「ないんだ」
ショーンくんががっかりしたように言った。
「あるところにはあるけどね。『自分たちの街の風車』って感じかな」
「見に行きたい~」
エリスちゃんが目を輝かせる。
「風が吹くとギシギシガタガタってものすごい音を出して回るんだよ」
「おおお」
ショーンくんとエリスちゃんは声を上げる。その様子をマクレガー夫妻が温かい目で見ている。いいな、こういう家族は。私は物欲しそうな目でルーカス先生を見てしまう。私がこんなにラブラブビームを照射しているのに、ルーカス先生がアクションを起こす素振りは皆無だ。やはり彼の心の闇の正体を知らないことには前に進むことはないのだろう。
「お姉ちゃん、聞いていい?」
エリスちゃんに声を掛けられ、私は我に返った。
「は、はい。なあに?」
エリスちゃんは訝しげな顔をしてルーカス先生を見た。
「どうしてお姉ちゃんはこんな怖そうな先生と一緒にいるの? お姉ちゃんだったらもっと格好いい男の人とおつきあいできそうなのに」
「エリス、別にお2人はおつきあいしているわけじゃないのよ。お仕事なの。オホホ……ごめんなさいね」
マクレガー夫人が慌ててエリスの肩を掴んで、ぐらぐらと揺らす。揺らされてもエリスちゃんはめげない。
「でもお姉ちゃんからは先生にラブラブビームが出てる」
子どもには見えるんだ、ラブラブビーム……私は恥ずかしくなって俯いた。
「……エリスちゃんの言うとおりだね。先生もそう思う」
「先生……」
真顔でルーカス先生はそう言い、プレートのローストポークを口に入れた。そんな風に彼の口から聞くとショックだ。だが、この場ではそのことを勇気がなくてとても言えない。
テーブルの上の料理はすっかりなくなり、マクレガーさんはルーカス先生にビールを勧めたが、先生は断った。
「明日に残るとまずいので……出立の日に乾杯できればいいのですが」
マクレガーさんは不用意なことを言うなと、夫人に怒られていた。
私とエリスちゃんが一緒にシャワーを浴びて、その後、ルーカス先生がシャワーを浴びて、早々に就寝することにした。なにしろ疲れているし、明日も疲れる予定だ。ドーバー城と病院の往復が決まっている。
私たちが寝るのは2階のゲストルームで、もちろんそれぞれ別の部屋でも、1階から部屋の前までは一緒になった。私はエリスちゃんのお世話をした分、時間がかかり、一方のルーカス先生はシャワーから早く出てきたからだ。
ゲストルームの前で立ち止まり、ルーカス先生は言った。
「さっきのは本心だから」
「さっきの?」
「君ならもっといい人を見つけられる」
ルーカス先生の顔は真剣すぎて、私は一瞬引きそうになった。しかしここは押すところだと私は勇気を絞り出して答える。
「
「なんだそれは!?」
私は古典的にイーってやって、自分のゲストルームに逃げ込んだ。
心臓がドキドキしてオーバーヒートしそうだ。
でも、今、私が言ったのは心の底から本音だ。
私は胸に手を当て、その場にへたりこんでしまったのだった。
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