第87話 最終話

ふと、静寂に包まれていることに気づき、顔をあげる。さっきまで戦っていた教会とは全く違う、真っ白い空間だ。


「召喚された勇者颯真よ。このたびの召喚の手違いについて、創造神の名において謝罪しよう。勇者に取り違えが起きたため、召喚先を追えずに、時間軸の特定に手間取っていたのだ。


そのため、召喚の際にこの空間でおこなう儀式ができずに送り出すことになってしまった。にも関わらず、魔王を倒し破壊神トライシオーナのくわだてをくじいてくれたこと、感謝している。魔王を倒したことで、颯真のジョブが勇者に確定され、そうして私が座標を特定できたのだよ」


ああ、そういう事情でテオさんの言っていたチュータリングがおこなわれなかったのか。納得しかない。


「まあ神様が今までできなかったと言うのでしたら、他の誰にもできないでしょうね。分かりました。それで、魔王も倒した今、なんのチュートリアルがはじまるっていうんですか?」


「うむ、そこなのだよ。すでに今代の勇者に与えるべき使命をお前は果たした。元居た世界に何ごともなく戻すよう差配することもできるが、望むのであれば今いる世界に戻すこともできよう。世界に安寧をもたらした勇者よ、この世界に何を望むか?」


「じゃあ、ビットーリオを復活というか、生き返らせてもらうことはできませんか?このまま終わりだなんて、俺には辛すぎて」


「かの者は魔王としての業から解き放たれ、この世界の理の中に戻った。同じかたちで生き返らせることはできない」


「同じかたちじゃなければできるんでしょうか?この先ビットーリオ、いや勝利と俺の運命はどこかで重なりますか?あいつとまた会えるなら、別に俺、勇者の称号なんて要らないんです」


「うむ、心配ない。お前と勝利の縁は深く結ばれた。詳しくは言えないが、いずれどこかでその魂と出会うことができるだろう」


「ああ、それならよかった。じゃあこの世界に残って、勝利と会える日を待ちます。もう一つついでにお聞きしたいんですが、俺の運命の相手ってこの世界にいるんでしょうか?古賀君は婚約しちゃったし、香椎もアンナとなんとなくいい感じだし、俺だけ取り残されそうで…」


「ふふふ、勇者といえどまだ若者だな。そうだな、君の努力次第だと言っておこう。困難を切りひらくのが勇者というものだろう?」


「別にわざわざ困難に立ち向かいたいわけじゃないんですけど…まあ分かりました。どうにかできる縁があるっていうんだったら、それでいいです」


「よし、他になければ元の時間へ返そう。君たちの活躍を見守っているよ」


ふっと気配がなくなり、目の前には握りしめた拳に涙が一滴落ちている。ああ、元の場所に戻ったんだ。顔をあげると、泣きぬれたアンナと泣きながら笑顔の香椎の顔が見える。


「なあ香椎、今さっき俺チュートリアルの白い部屋にいたんだ。俺たちが魔王を倒して勇者のジョブが確定したことで、創造神が時空を特定できたって。倒してから勇者になったんじゃ遅いんだけどさ」


「俺も同じく呼ばれとったで。賢者にクラスチェンジやて。この世界に科学の知識を広めるゆうタスクをもろたわ」


「やったな。それで、アンナとの仲をお願いしたのか?俺の運命の相手はこの世界のどこかにいるかもしれないとしか教えてもらえなかったよ」


「なっ!バカっ、創造神になんてこと聞いてんのよ!あたしそんな、ええっ?」


「聞いてへん、聞いてへんしお願いなんかしてへんよ。海老津、自分急に爆弾ぶっ込んできよんな。勘弁してや」


俺は香椎とアンナ両側から肩パンを喰らってよろけた。気を取り直した香椎が錬金で一枚の金属に変換していた扉を元に戻すと、衛兵たちがなだれ込んでくる。アンナがよく通る声で彼らを制する。


「みな聞きなさい。教会上部に邪神信仰が入り込み、教義が歪められていました。召喚された勇者、賢者と私がその企みを阻止したのです。ここにいるものたちが証人です」


念のためと、一時は拘束された俺と香椎だったが、ジョブを調べる魔道具で勇者と賢者であることが認められると、すぐに解放された。


「さあ、連邦の村へ帰ろう。まだまだやることはたくさんあるぞ。ビットーリオが帰ってきた時に驚かせたいんだ!」



終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る