第85話

香椎とアンナの3人で、朝の礼拝をしている教会を強襲した。俺たちの正当性を説き、総主教に迫ろうとしたとき、教導庁の連中と対峙することとなった。神の力をおろした男から不穏な気配を感じ、とっさに叫ぶ。


「香椎、伏せろ!」


そのとき、天井を彩るステンドグラスが砕け散り、七色に光るガラスが降り注ぐ。自由落下するガラス片よりも早く、飛来した物体が香椎を押し倒した。香椎が倒れたすぐその上を、光の鎌が通り過ぎる。


「ティアちゃんありがと。コンマ1秒遅れてたら頭なくなってたわ」


香椎を守ったティアちゃんが、嬉しそうに香椎の胸に顔を擦り寄せる。ティアちゃんをひと撫でして香椎が立ち上がる。


「見てみ、聖獣も俺らの仲間やねんで。正しい心を持ったもんに心を開くっちゅう聖獣が、俺ら勇者の元におるいう意味を考えてみいよ」


大導師が後ろの方で叫ぶ。

「ぬかせ!貴様らが我らの聖獣を奪ったのだ。例え勇者といえど、我らの神を愚弄するなどもってのほか。死をもって償うほかなし!」


「あんまり話が通じひんくて、くるわ。後ろでキャンキャン吠えとるやつ、あとでしっかりしたるから待っとけよ」


やじ合戦の間にも、教導庁の男たちが魔力を練り、呪文を繰り次の魔法を放とうとしている。


俺の頭上に殺意が渦巻き、見えない塊になって振り下ろされる。横っ飛びに避けると、俺のいた辺りの膝つき台が音を立ててひしゃげる。


「その技は前に見た」


一度言ってみたかったセリフだ。見たからなんだって話だが、相手はかわされたことに驚いているようなので、結果オーライだ。


「帝城で見た同じ魔法の法が威力があったし、帝国魔術局の魔術師と戦った時の方が歯応えがあったぞ。こんな散発に魔法を撃たれたところでスキだらけだ。そろそろこっちの番かな?」


「な!帝城で戦っただと?今帝国におるのはイグナシオか。貴様、イグナシオを手にかけたとでもいうのか?」


「うーん、名乗る前に倒しちゃったから、あいつがイグナシオかどうかは知らんが、似たような上からどーんと来る技だったぞ。あっちの方がもうちょっと殺気がこもってて危ない感じがしたけど。てことはお前はヘンケルとかいうやつか?だったら魔獣化技術廃絶のためにも、ここでお前は倒さないといけないようだな」


「おのれ勇者、我々の教義に横やりを入れるにとどまらず、我が愛弟子を手にかけるとは万死に値する。神の怒りを知れい!」


ヘンケルが印を結び両手を上にかざすと、ヘンケルの右腕が異様に太く長くなる。重さで支えられなくなった腕がだらりと地面にさがる。陶酔したように目が据わり、半開きの口からはよだれが垂れている。明らかに異常な様子だ。


中段にかまえて、何が起きても対処できるよう全体を視る視点で注意深く観察する。視界の端で、香椎が氷の槍を射出して教導庁のひとりを倒した。


太くなった右腕を振るうためにヘンケルの左肩が上がり、腰に溜めができる。鞭のような一撃が来ることを予測し、俺は2歩前へ進み出ながら刀を横に寝かせる。右肩が送り出され肘関節がしなると、手首に力が伝達され、猛烈に拳が襲いかかってくる。


速さ自体は大したものだが、動きが予測できていれば対処は簡単だ。前に出たことで、拳が最高速に到達する前に俺に届き、威力も軽減されている。向かってくる拳に寝かせた刀を滑らせると、相手の力で肘の先まで真っ二つに裂けていく。


「破壊神の力をその身におろし過ぎたのね。全然制御ができていないわ。痛みなんか感じてないみたいだから、無茶な攻撃をしてくるわよ。気を付けて!」


アンナが言うとおり、ヘンケルは裂けた右腕をさらに振るって殴りつけようとしてくる。俺は少し下がって鞭のような右腕を避けると、ヘンケルは勢い余って転がる。こちらに向けた後頭部に向かって爪切りを発動した。


ヘンケルは首を180度ぐるりと回してこちらを見ると、右腕の裏拳を振るう。避けられる間合いがなく、刀を突き入れると手首から先を切り離すことができたが、肘から先に巻き込まれ吹っ飛ばされる。


並んだ膝つき台で背中を打ち、息が詰まる。素早く近寄ったアンナが癒しの魔法を使い、回復してくれた。何度か深呼吸をして立ち上がる。なんだかさっきまでよりも体が軽いのは、バフの効果もあるようだ。


手首から先を失い、バランスを失ったヘンケルにティアちゃんが青白い炎を吹きつける。聖なる炎に包まれ、法衣はそのままに中のヘンケルだけが燃える不思議な光景だ。痛む様子もなく右腕を振るってくるが、もはや動きに精彩がない。俺は難なく躱すと、刀を上段から振り下ろし、ヘンケルは左右に分かれて倒れた。

残る男も香椎の電撃に撃たれ、すでに倒れたところだった。


「なあ、こんな異形を呼び出すような怪しい者たちが運営する教会が、まともだと思うか?こんな力を与えるトライシオーナが、善なる神だと思うか?」


俺は怯えたようすの礼拝参加者に問いかける。みな押し黙って、俺と大導師とを交互に見ている。


「なぜ我々の邪魔をする。お前も人間だろう?ヒト種の繁栄を願うのは間違いか?他種族よりも優れた我々が世界を導くのは当然の帰結だ」


「はあ。優性思想の果てに何が起きたかなんて、俺たちの世界の歴史の授業で習ったし、俺は深度4のケモナーなんだよ」


香椎がかなり引いた目でこちらを見ているが、気にせずに大導師に走り寄る。警備の男が立ちはだかるが、気にせず刀を振り切る。刀が深々と2人に刺さった。


「はーっはっは。私を手にかけたことで、世界の終わりが発動するぞ。トライシオーナの名のもとに、新たな世界が開かれるのだ。薄汚れた種族などいない、完璧な世界がな!さあ、魔王よ、ここに顕現せよ!」

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