第84話

教国へと舞い戻ってきた俺たちは、ディーノ大主教と打ち合わせをし、魔獣化技術の廃絶と、聖書改ざんの元を絶つべく翌日教会に押し込む計画を立てた。


翌朝、巡礼者たちにまぎれて朝食を摂ると、ゆっくりと準備して教会へと向かう。アンナは大聖女の衣装に着替えた。一般公開には少し早いが、すでに敬虔な巡礼者が教会の周りを掃除したり、広場には気の早い人たちが列をなしはじめている。告解のために開けられた小さな門に近寄ると、気づいた衛兵が立ちあがって詰所から出てきた。


「おはようございます。これは大聖女様、今日は外にいらっしゃったのですか?朝早くからお勤めお疲れさまです」


「おはようございます。ええ、朝の見回りをしてきましたの。連れのものと朝の礼拝に間に合うよう戻ってきました。あなたも立哨をご苦労さま」


「お言葉をありがとうございます。大聖女様にねぎらいをいただいて、疲れなど吹っ飛びましたよ。みなさんもおはようございます。ちょうど礼拝がはじまったところですよ、どうぞお入りください」


大聖女のローブの効果は絶大で、ノーチェックで教会に潜入することができた。香椎が錬金術で、金属製の両開きドアを一枚の板に変え、誰も中に入れないようにした。奥には祭壇のうえで訓示をたれる爺さんがみえる。


「ちょうど交渉できそうな人がいるわ。あれが大導師よ、実質教会のトップだわ」


「ほな、してみよか。派手にいったろ」


香椎が独鈷を取り出し、頭の上に掲げて電気を起こす。アーク放電が白く輝き、パリパリと音を立てる。


「はい、そこおしゃべり止め。先生に注目やで!」


香椎が大きな声で注目を集める。電力の塊が独鈷から離れ、ふわりと浮き上がり立ちのぼっていく。白く美しい光の玉が空を漂う様子はどこか神秘的で、大導師の話をさえぎった不敬さえ忘れてみなが見入った。


「大導師、私は先日聖女を辞したアンナです。帝国を意のままに操り、改竄かいざんした聖書を広め、人為的に魔獣を発生させ世界を混乱に陥れるカルミタ教を告発しに今日この場に参りました。この白き太陽は私たちの正しき心のなす技。トライシオーナ神が善なる神なれば、この太陽を胸に抱いて空へと返すでしょう」


アンナが師父からもらった杖を掲げ、大導師の後ろに祀られた神像をゆっくりと指し示す。香椎は目立たないようにすこし後ろにさがり、電力の塊を神像に向けて操作する。


「前の独鈷やったら、途中で魔力が切れてトライシオーナがええ神さんになるところやったわ。デネボラさんの魔道具の効果、マジですごいな」


こっそりと香椎が俺に話しかける。


「刀の方だってすごいぞ。前の刀もいい刀だったけど、香椎の素材を使って仕上げてもらったこのバージョン2の刀、何を斬ってもまったく手ごたえがないほどだ。切れたのか不安になることすらあるよ」


話している間にも電力の塊は礼拝者の頭上を越え、大導師の頭上を過ぎる。みな、いちように固唾をのんで成り行きを見守る。ついに神像に吸い込まれるように光の玉が重なると、一瞬の静寂の後、像が粉々に砕け散った。


「見なさい、これで証明は果たされました。トライシオーナは破壊を司る悪神。善なる創造神、ファタマーノ神を駆逐し、世界を混沌に貶めようとするカルミタ教に、あらためて異議を申し立てる。大導師アメデオよ、ファタマーノ神の信託を受けた私、アンナがその罪をあがなうよう命じる」


アンナの宣戦布告を受けて、大導師をかばうように男がふたり立ちふさがる。ディーノさんが言っていた、神の力をその身におろせるという教導庁の人間だろうか。爆発音に驚いた礼拝の参加者たちは出口に殺到するが、そこは香椎がすでに封じている。外からも異変を聞きつけた衛兵が集まっているようだ。


「俺たちが用があるのは教会の上層部、教導庁、編纂庁、あとは外務庁もだけど、帝国とは没交渉になるから、実質3つのグループの連中だ。それ以外は邪魔にならないよう端っこの方にいてくれればいい」


そう言うと、大導師をかばっていた男たちの他に、さらにもう3人の男がこちらに進み出る。その中には以前、テオさんのレストランに乗り込んできた局長の姿も見える。


「我々教導庁の名を知っていて、なお歯向かってくるとはいい度胸だな。トライシオーナ神のお力をしっかりとその身に受けて死ぬがよい」


それぞれ神の力をその身におろそうと、神への祝詞を捧げはじめる。残念、JRPGのターン制バトルじゃないので、詠唱が終わるまで待ってあげたりはしない。


俺は一番近くにいた男に素早く近づき、刀を抜き放つと中段から横一文字に刀を振りぬく。目をつぶり、神への祝詞を捧げることに集中していた男は驚いて目を見開くが、それは上半身が地面に着いたあとだった。


香椎も素早く指文字を走らせ、何か気体の操作をしたようだ。手前の男の鼻先で小さな爆発が起こり、その隣の男は苦しそうに喉をかきむしる。どちらも祝詞を捧げられるような状況ではなくなり、昏倒した。


その時、奥にいた眼窩のくぼんだ不健康そうな男の詠唱が完了したようで、不穏な気配を感じた。うなじにピリピリとくるような、強烈なプレッシャーを感じ、とっさに叫ぶ。


「香椎、伏せろ!」

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