第12話
初の遠征討伐を無事に終え、王都に戻った俺たちは2日間の休みをもらった。一日は体を休め、次の日に街に出ることにした。詰め所で残高を聞くと、一か月の給金と手当で3,000コルナだということだった。
昼飯の丸パン一つを外で買えば1コルナ、素泊まりの宿が50コルナ程度だと聞くので、100円=1コルナだと思っておけばいいだろう。ということは遠征費込みで手取りで30万円の収入だ。
命を懸ける値段として妥当かどうかはわからないけど、この一か月の訓練の成果を認められたようでうれしい気持ちになる。初めての買い物だし、いろいろと生活に不足もあるので、半額をおろして街へと出かけた。
一昨日も通った裏門から街へと繰り出す。ちなみに表門は貴族や他国からの訪問者用だし、城下は貴族の屋敷街になっているので、たまに立番哨戒に立つくらいで、基本的に俺たちにとって用はない。宿屋街、飲食街を抜け、目指すは市場の奥の職人街だ。
青物、肉屋、パン屋、調味料や粉類を扱う店など、市場の入り口から中央の筋に沿って、主にその日の食料をまかなうテント造りの露店が立ち並ぶ。いくつかの屋台で味見やつまみ食いをしながらさらに奥へ向かうと、荒物屋や陶器店など、間口は店で奥に工場や窯を備えた職人街と接続している。俺たちは一つ裏の通りへ回ると、用水路とぶつかる一番奥にある鍛冶屋にたどり着いた。
職人街の中でもひときわ奥まった位置にあるこの工房は、騎士団の武器を手がけている中でも評判がいい。俺たちはお仕着せの武器を卒業して、自分にあった武器を作ってもらうため、この店を訪ねたのだ。
「すみません、ラスパ団長からの紹介で武器をお願いしにきました。ファブロ親方はいらっしゃいますか?」
扉の前で薪を割る見習いさんに声をかける。はいよ、お待ちを!と薪を店の脇に寄せ、店内に案内し、親方を奥へと呼びに行った。
「おう、よう来た。ワシがファブロだ。ラスパから話は聞いとる。それで、どんな武器が欲しいんだ」
背の高いひげ面が扉上の小壁を頭を下げながらくぐり、イスに座るのももどかしく武器の要件をたずねてきた。せっかちだが、話が早くて助かる。
「初めまして、海老津といいます。正直まだイメージが湧いていないんですが、今は騎士団の剣を使って訓練しています。もう少し取り回しが良いものがあれは試してみたいと思っています」
本当はバスターソードに憧れがあったさ。大きく、分厚く、重く大雑把なアレ。でも、あんなのはっきり言って無理。ちょっと長めの直剣になるだけで、実際持ってみると振るのが大変だし、打ち合えば手が痺れる。元気に剣を振り回すリーマさんが異常なんだと思う。
「俺は香椎や。敏捷を活かして、軽業の中から攻撃っちゅうスタイルで戦っとる。手数で勝負ができて、邪魔にならんような武器やと、やっぱり双剣かナイフなんかなぁ」
「…古賀です。僕は絵を描いて来たんだけど、こういう投てき武器が欲しいです」
古賀君はポケットから紙を取り出す。お尻に丸く紐を通す穴が開いた、投げクナイの絵を見せる。すごく上手な絵に思わず見入ってしまう。そうだ、リクエストができるなら…
「古賀君、ちょっと刀の絵を描いてもらえない?この世界では剣しか見たことないから諦めてたけど、絵があればできるかも」
「なんだ坊主、剣じゃなくて刀がいいのか?初代勇者様が持っていた反った剣だろ?作り方も伝わっているし作れるぞ。あと、この絵の投げナイフも問題ない。あとは、香椎といったか。ちょっと待ってろ」
ああ、過去の召喚勇者が刀を持っていたのか。現物があるなら安心だ。
工房から試作のようなものが入った大きな箱を抱えて、ガチャガチャ音を立てながらファブロ親方が戻ってくる。
「これなんかどうだ?握りこんで相手を殴る、振り下ろして刺す、ナイフよりは短いが、普通に刺すこともできる。
「へえ、おもろいやん。これやったら相手の武器もある程度受けれるし、邪魔にならんしええな。指も空いてるし、いざっちゅうときは錬金術もいけるな」
親方が見せるのはアルファベットのDの直線の両端にスパイクが付いたような武器で、香椎にもかなり高評価のようだ。早々に武器が決まって何よりだ。
「それで、海老津。刀にはいくつか長さがあるが、どんな長さがいいんだ?」
ファブロ親方が持ってきたのは脇差、小太刀、太刀、大太刀、物干し竿のようなものまでさまざまな長さの刀だ。長い順に構えてみるが、刃渡り55cm、やや短めの小太刀でようやくしっくり来た。刃渡りの短さは踏み込みの速さでカバーするさ。
それぞれ依頼品が決まったところで、工房へと通される。今回、香椎が鋼材の錬成に協力することで、格安で武器を打ってもらえることになっている。これも褒賞のひとつなのだ。鉄鉱石やコークスなど一般的な製鉄材料に加え、ミスリル銀のインゴットが供されている。香椎はそれぞれの素材に手をかざし、しばらく考え込む。
「ちょっとリンが多いし減らしとこか。あと炭素も一緒に減らして、その分ミスリル銀が粘りの足しになるやろか。モリブデンとバナジウムも足したろ。これでクロモリ鋼やな。おまけでチタンやな。よし、ほなやってみよか」
空中に式を描き、左手をかざすと素材の表面からゆらゆらと気体が湧き出し、素材の色がやや濃いグレーに変わっていく。ファブロ親方は興味深げに様子を見つめている。
「これは、よい鋼を打てる時の鉄鉱石の色をしているな。なるほど、素材の時点から錬金術の加工をしておくことで、鋼の質を安定化させることができるわけか。これは新しい発見だな。機会があればパローネ様に話をしてみよう」
「その辺は俺からパローネ局長はんに話してみるわ。素材に含まれる成分の何が要って何が要らんかは、こっちの技術じゃ分かれへんところもあるしな。よっしゃ、素材はできたしは頼んだで。また打ち終わったら呼んでや」
ファブロ親方もすっかりその気になっているので、早速制作に取り組んでもらおう。見習いさんの話だと、だいたい1週間から10日程度で出来上がるらしい。仕上がりが楽しみだな。
前金を支払って店を出ると、道具屋で遠征で使う雨がっぱや寝袋などを新調する。雨がっぱはどれも大きすぎて首元から水が入るし、寝袋は洗ったものを渡されてはいるが、前所有者の残り香がきつくて寝付けなかったのだ。薄くても保温効果の高い、鳥魔獣の羽毛を使った寝袋を買い、次の遠征が楽しみになる。
続いて本屋に行くと、食べられる野草や薬草の図鑑、過去の召喚勇者の活躍をおとぎ話のようにまとめた本を買う。俺たち3人は勇者ではないようだが、過去の勇者の活動を知れば、何か参考になることがあるかもしれない。
買い物を済ませるともうすっかり夕方になってしまった。少し早いが上官おすすめの居酒屋へ向かう。長細いL字型のカウンターの奥に陣取ると、まずはエールで今回の遠征の成功を乾杯する。この店は食べ物はお任せで、おなかいっぱいになったらお会計をする仕組みになっている。
タケノコとベーコンのきんぴら、キャベツとアサリの酒蒸し、大根の煮つけ、小ナスの煮びたし、トマトとチーズのサラダ。次々に皿がテーブルを埋めていく。
「どれもダシがきいておいしいな。大根は中まで味が染みているし、タケノコもベーコンと相性がいいんだな。日本ではこんな風に食べたことなかったよ」
古賀君はアサリばかり食べながら頷く。
飲み物のお代わりを聞きにきた給仕さんに思わず話しかける。
「それにしても野菜がどれも新鮮だし、旨味が濃くておいしいですね」
「うちの店はラト村から直接買い付けていますからね。鮮度には自信がありますよ」
俺たちが魔獣を倒した村だ。あの仕事を引き受けたおかげで、ここで夕食を食べることができ、俺たちの仕事によってこの野菜の供給が保たれた。なんとも誇らしい気分になる。
「…なんだか今が一番うれしい気持ちだよ」
古賀君の言葉に力強く頷き返す。
香椎は1杯目の途中で力尽きて、もう寝ていた。
残りの皿を二人で片づけると、お会計は上官が支払い済みだった。香椎の肩を両方から支えて表通りをゆっくりと帰った。
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