第13話

城下の休日を過ごした俺たちは、再び訓練の日常へと戻った。そして買い物から10日ほど過ぎたある日、工房からファブロ親方が出来たての武器を届けてくれた。ちょうど研ぎや打ち直しの依頼で引き取りに来たついでらしい。次の休みに顔を出そうと思っていたところだったのでありがたい。


それぞれの武器を受け取ると、早速修練場の端に試し斬りの巻藁を立たせる。上段にかまえて袈裟懸けに振り下ろすと、巻藁に半分ほど食い込んだところで刃が止まる。直刀を振る時の癖のまま、速さや重さで押し切るように振ってはいけないようだ。


巻藁から刀を引き抜くと、再び上段から刀を振り下ろす。巻藁に触れる瞬間に刀の重さを感じながら刃を引く。腕を振り切って残心を取ると、遅れて巻藁がトサリ、と地面に転がる。


気持ちいいいい!

これは癖になるね。早く実戦で使ってみたくなる。リーマさんが戦場に飛び出していく気持ちがほんの少しだけ分かった気がした。


「おお、ええやん!よう斬れとるな。これで海老津と俺とで前衛が二枚看板やな。ほんで、刀の名前は決めたんか?」


そう、やっぱり刀には名が要るよね。蜻蛉切とんぼきり?へし切りファブロ?それとも鬼切丸かな。


「…爪切丸」


「わはは、自分そらあかんやろ。全然倒せる気せぇへんわ」


まったく古賀君め。おかげで入れこんでいた気持ちがちょっと落ち着く。そうだ、道具に振り回されちゃいけない。魔獣とはいえ相手は生き物。浮ついた気持ちで戦場に立てば、何が起きるかわかったもんじゃない。よし、2人の武器の仕上がりも気になるな。


「古賀君のクナイと香椎の独鈷とっこはどうなの?そっちも試してみようよ」


新しく巻藁を立てると、古賀君が少し離れてクナイを放つ。まっすぐに飛んだクナイは、狙い過たず眉間、喉、鳩尾と、人中に深々と突き立つ。投てきの見事さを称えようと振り返ると古賀君の気配がない。驚いて辺りを見回すと、巻藁からクナイを引き抜く古賀君がいた。


「…投げはじめと投げ終わりの隙を消そうと思って、気配遮断を組み合わせてみたんだ。仕留めきれなければ、こうしてトドメも刺せるし」


とんでもないスナイパーの誕生だ。いきなりクナイが飛んでくるなんてかわしようがないし、かわしても死角から狙われる。こんなの死神に憑かれたようなものだ。


続いて香椎が巻藁の前に立つと、右のフックを放つ。親指側のスパイクが巻き藁にめり込む。反転しながら左の裏拳を寝かせて叩き込むと、今度は小指側のスパイクが巻藁を散らす。最後に振りかぶった右腕を振り下ろすと、ハンマーパンチが巻藁を引き裂いた。


「これ、えげつないな。めっちゃ返り血浴びそうやん…俺も遠距離で攻撃できる手段が欲しいわ」


この日は3人とも実戦での動きを想定した立ち回りを夢中で模索して、訓練にも熱がこもった。


皮肉なことに、こちらの準備ができてからしばらくは討伐の依頼がなかった。平和なことはいいことなんですよ。ラスパ団長から呼び出された時は、内心ガッツポーズをした。


今回の依頼は家畜の被害だという。つまり肉食の魔獣が相手だ。草食魔獣に比べて攻撃性が高く、捕食手段を持っているので危険度も高い。ヘイシェとリーマさんの他、被害調査のためアルも同行することになった。


前回の討伐と同じように修練場の前に集合すると、今回はアルが運転席に座る。街区を通り、外壁を抜けると前回ラト村へ向かった道を進む。今回の目的地レチェラ村はラト村から山沿いに少し入り込んだところにあるそうだ。


「なんやこの前の遠征の後に整備でもしたんかな?今日はえらいスイスイ進むな」

香椎がふと気づく。確かに前回の遠征の時よりも進みが早いし、揺れも少ない気がする。


「…すまない。実は私は運転が苦手で、普段は他の人に頼むんだが、前回は私が運転する他なかったのでな。やはり魔導車は乗せてもらうに限るな」


リーマさんの運転技術によるものだった。


そうして、前回ラト村に着いた時間よりも大幅に早くレチェラ村にたどり着くことができた。広大な牧草地に、点々と牛が草を食んだり水たまりで水浴びをしたり、思い思いに過ごしている。山のほうには羊の一団も見える。


山の斜面から羊追いの少年がものすごい勢いで駆け下りてきて、村の大人に取り次いでくれる。谷あいの集落の一軒から出てきた、禿げ頭に白髭のヤギのような村長が不安げに被害を報告する。


「ふた月ほど前に身重の母牛がやられたのがはじまりですじゃ。それから先月は雄羊が2頭、今月に入ってはすでに牛が4頭。このままじゃ生活が成り立たなくなりますのじゃ。どうか助けてくだされ」


「村長さん、そのために我々が来ました。まずは羊追いと牛追いにそれぞれ話を聞かせてください」


アルが村長の背中を優しくさすりながら聴取を進めていく。この手口は狼の魔獣によるもので、だんだんと被害が大きくなるのは、はぐれを飲み込んで群れが大きくなっているためだそうだ。話を聞くヘイシェも厳しい顔で口を結んでいる。


「まだよそで被害の話を聞かないことから、やつらのねぐらはこの山と奥の山の間の森だろう。まずは獣道や痕跡を探して、規模の当たりをつけよう」


リーマさんが立ち上がりながら見回りを申し出る。当然のように古賀君が後に続く。


「では我々は村の防衛設備の確認と、迎撃の準備からはじめるか。村長、男衆を集めておいてくれ。襲撃の周期からみて3、4日のうちには次がくるだろう。それまでに罠をしかけるぞ」


ヘイシェが撃退の手段があることを告げ、村長を鼓舞する。


「被害状況はまとまりましたので、備蓄の確認と家畜の移動は私が担当します」


アルはノートを閉じると、女衆の面倒を買って出た。


俺と香椎はヘイシェに続き、村長の屋敷を出て村の外周の木柵にほころびがないか確認したり、水溜めにふもとの小川まで何度も水を汲んでは運び、家畜のための干し草を集める手伝いをした。


戻ってきたリーマさんと古賀君によると、裏山の谷から獣道が続いていて、数は30から50。谷から上がってきて家畜を襲うようだ。ひときわ大きな足跡があることからリーダーの存在が確認された。ヘイシェの話ではこんな人里近いところでは珍しいことだという。


日暮れ近くなり、この日は簡単な防塁を築き交代で見張りを立てることとなった。

慌ただしいなかスープとパンの夕食をふるまわれる。車座になって食べようとすると、ふと、アルが熱心に食事の祈りを捧げていることに気づく。


「どうかしましたか?ああ、海老津殿はカルミタ教をご存じではなかったのですね。我々の王国をはじめ広く信仰されていて、私たちはトライシオーナ神の子として、この世界の安寧と繁栄を祈っているのですよ。といっても教会孤児院の院長の受け売りですけどね」


そういえばこの世界の宗教について聞いたことがなかったな。自分自身が日本では宗教に無頓着だったし、召喚されるときも神との対面イベントスルーだったもんな。まあ、気が向いたら調べてみよう。


遠くで不気味な遠吠えを聞きながら、初日の夜は更けていくのだった。

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