第11話

王都はおろか、王城すら出たことのない俺たちにとって初めての外出、初めての魔導車、そして初めての実戦。初めて尽くしだ。


魔導車の運転は、意外にもリーマさんが担当している。ヘイシェは斥候職のため、周囲の警戒に当たることになっているのだ。役割分担は大事。


修練場から事務棟のある裏手に回り、裏門を通って街区へ降りる。裏門ではいつも昼食を共にする兵士が立ち番をしていて、ビシッとした敬礼で送り出してくれる。


「気をつけてな!お土産楽しみにしてるぜ」

「おう、ようさん魔獣狩ってくるよって、期待しといてな」


香椎が気安く挨拶を交わして城を出る。


裏門には朝から陳情や申請に訪れる人たちが登城の手続きのために列を作っている。城の裏手はそういった彼らのための宿屋街となっていて、宿から出てくる人たちが更に列を伸ばしていく。


宿屋街をすぎ、飲食街の朝餉あさげの香りが漂う通りを抜け、ひときわ賑やかな市場の道と交差する。市場を過ぎると、ややこなれた下町の雰囲気になり、朝の買い物を済ませ荷物を手に家へと戻る人々を追い越していく。


「…定番の中西ヨーロッパを想像していたけど、文明レベルはもう少し発達してるよね。産業革命くらいの近代に感じるよ。僕、トイレが汲み取りだったら生きていけなかったと思う…」


「正直言って中世と近代の違いは分からないけど、パローネさんたち錬金術局のおかげで、確かに現代日本人の俺たちにもなんとか生活していけるレベルの環境で助かるな」


騎士団の徽章きしょうを掲げた魔導車を見るとみんな道を譲ってくれるので、混雑の中でも一定の速度で走り抜け、あっという間に街区を抜けることができた。


街と野を隔てる外壁には乗合魔導車の駅があり、外の街へと出ようとする人たちが手続きのために並んでいる。俺たちは騎士団向けの出入り口で外出手続きを行うと、いよいよ外界へと向かった。


「…運転上手ですね。もっと揺れるものだと思っていました」

お、古賀君がリーマさんに話しかけている。


「この辺は王都に近いから道がまだ良い方だしな。あと魔獣の皮を巻いた車輪のおかげで衝撃を吸収するんだ。この魔導車の車輪の皮は私が倒した魔獣の皮でな、魔獣が川べりで水浴びをしているところを、川向こうから槍の一投で…」


ナイスだ、古賀君!相手の興味のある話を引き出せたぞ。いや、勝手にリーマさんが自分の興味のある話をはじめたのか?会話の基本は受容と共感だそうだ。とにかくその調子だ。


「ほう、ではその魔導杖はパローネ局長が蓄魔石を自ら加工したものなのか。それは素晴らしい。ああ、それならその魔石はラスパ団長が前回の遠征討伐の時に大型のトレントを倒した時のものではないかな。あの時は…」


リーマさん、寡黙なタイプかと思ったら、好きなことになるとよく喋るタイプのようだ。古賀君、もはや相槌を打つだけのマシンになってる。共感ってことでいいのかな。


「なるほどな。古賀殿の案を取り入れれば、量産が進んで魔導杖の歴史が変わるかもしれんな。今度パローネ局長に奏上してみよう。」


結局、お弁当の休憩までリーマさんと古賀君は魔物の討伐の話と武器の話をずっとしていた。武器マニア同士すっかり打ち解けて何よりだ。この辺りは道も良く人通りも多いので、たまに車輪が壊れた魔導車が立ち往生するのを見かける程度で、目的地のラタ村までは予定通り午後遅くに到着することができた。


山の裾野に開けた畑が広がり、崖を背負うかたちで扇状に集落が見える。都会から来た珍しい魔導車に子供たちが駆け寄ってきて、周りをぐるぐる回りはじめた。


追いかけて出てきた年かさの男性にヘイシェが声をかける。

「王城の騎士団から派遣されてきた。魔獣被害が出ていると聞いているが、誰か詳しい話を聞ける者を案内してくれ」


車を村の入り口にある厩舎に停めると、奥まった村長の自宅兼集会所に通される。道々の住宅からおかみさん達が、城から派遣された俺たちの姿をこっそりと覗いている。畏れ半分、討伐への期待半分というところだ。


「ふむ、主な被害は畑の食害と倒木ということなら、げっ歯類の魔獣の可能性が高いな。あいつらは夜行性、明るくなる前の時間が一番活発になるから、その時間を叩こう」


モブかと思ったヘイシェが、意外にもテキパキと聴取や立案を進める。そういえば団長がエース斥候だと言ってたな。バカには務まらないジョブだ。


「それならまずは私が森と小川の方を見てこよう。痕跡から魔獣の種類や数が分かれば、対策も取りやすい」


リーマさん、調査を買って出ているが、この人、ワンチャン接敵、戦闘を期待しているんじゃないだろうか、この戦闘ジャンキーめ…


「そんならもう1人一緒の方がええんちゃう?見落としも減るし、戦いになったら助けもできるやろ」


香椎、ナイスフォローだ!すかさず古賀君が立候補し、リーマさんと2人で哨戒に出て行った。


残った俺たち3人も畑の様子を見るため、村長に案内を頼む。子供たちが「畑はこっちだよー」と、楽しそうに案内していたが、興奮してどんどん走って行ってしまう。小さいけどなんだか活気のあるいい村だな。


獣よけに立て掛けた板をかじって侵入した痕跡、けもの道の深さから、膝丈の大ネズミの魔獣が5匹から10匹程度とヘイシェが断定する。


程なくしてリーマと古賀君が戻ってくると、ヘイシェの見立てと同じだった。巣穴はあちこちに出入口があり、追い立てて討伐することは難しいそうだ。やはり、決戦は明け方ということになった。


この日は村長の家に泊めてもらうことになり、小さな宴が開かれた。森の珍味や俺たちのためにわざわざ潰してくれた羊料理が振る舞われた。ささやかながらも村人の気遣いが感じられる。


途中、リーマさんに言い寄ろうと歩み出た若者が、古賀君の殺気で静かに座り直した。隣のリーマさんも古賀君の殺気に反応してナイフに手をかけようとしてるぞ。やりすぎだ、古賀君。


明日は朝から討伐なので、早々に宴はお開きとなる。名残惜しそうな村人たちを下がらせ、俺たちは広間に雑魚寝で仮眠を取った。


…深夜、誰ともなしに起きだし準備をはじめる。音を立てないようブーツに布を巻き、そっと外に出る。薄暗い月明かりの中、早足で畑を目指す。


「いるぞ」


魔獣を確認したヘイシェが、小声で知らせる。俺たち3人の緊張が高まる。目を凝らすと、不自然に揺れているエンドウ豆の苗がいくつか見える。ヘイシェ、香椎の組と古賀君、リーマさん、俺の2グループに分かれて畑の両側から忍び寄る。


古賀君の狙撃を合図に俺は盾を使って立て板の穴をふさぎ、魔獣の退路を断つ役割、その他は各自個別撃破という手筈になっている。蓄魔石への魔力供給時に光で魔獣に気づかれないよう、黒い布をかぶった古賀君が狙撃体制に入る。皆態勢をかがめ、その時に備える。


銀色の三角錐が音もなく大ネズミの胴体を貫通し、絶命した魔獣が倒れる音に他の大ネズミが気づき警戒態勢を取る。


「行くぞっ!」


ヘイシェが短く告げるといち早くリーマさんが躍り出る。月明かりを直剣が反射し、煌めく刃が鋭く振り下ろされる。香椎が空中に指文字を走らせると、大ネズミの首元にチリッと青白い電気が走り、動きが止まったところにヘイシェの投げたナイフが刺さる。


恐慌状態に陥った大ネズミが逃げ道を求めて俺のほうへ殺到する。畑を囲う角の部分に空いた穴をしっかりと守るように盾を構えると、大ネズミが鈍い衝突音とともに次々と飛び込んでくる。ひざ丈ほどの大きさとはいえ魔獣の力は想像以上に強く、突進のたびに盾を持つ手が持っていかれそうになる。大ネズミの突撃に必死で耐えていると、あとを追いかけてきたリーマさんが薙ぎ払うように剣を振り、盾へのプレッシャーが消えた。


「よく耐えた。終わったぞ」

ヘイシェが作戦の終了を告げる。倒した魔獣は8匹。最初の見立て通りだ。夜が明けて村長に報告するととても感謝され、特産の野菜を魔導車の荷台に大量に詰め込まれた。この村は王都との距離から新鮮な野菜の産地として名高く、王城へ戻ると食堂の調理師たちから大変喜ばれた。こうして初めての遠征は成功裏に終えることができた。

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