第10話
魔法局でバストーニ局長、錬金術局でパローネ局長との打ち合わせを終え、俺たちは軽い昼食と午睡を取って(兵士は休むことだって訓練なのだ)、午後から兵士たちの訓練に参加することにした。
香椎と古賀君は兵士たちに型を教わったり、組み手をしたり一般兵の訓練に参加し技術を磨く。忍者や錬金術師の特殊技能を生かしたトレーニングメニューもあるようだ。俺はというと、まずは基礎体力の向上ということで、
これから魔獣やその先にいる魔王と戦うために、最後に信じられるのは自分の身一つ。命が惜しけりゃ今、死ぬ気で走れ!と上官が監視台の上から厳しく
その通りだ。上官は正しい。間違いない。ただ、辛い。ひたすらに辛い。目的意識だけでがんばり続けられるほど、俺は崇高な人間ではないのだ。
段々と集団から離れていく俺へと上官からの檄が集中し、ついには檄のバリエーションを失った上官から「走れ!もう、バカぁ」とツンデレのような応援を受けてなんとか完走。二度ほど胃の中身を大自然に還元しつつも、今日の訓練を終えることができた。重い足を引きずり簡単に汗を流して、嫌がる胃にむりやり夕飯を詰め込むと、その夜は泥のように眠った。
それから毎日午前は兵士たちと訓練、午後は魔法局か錬金術局に顔を出して魔力増幅やスキルの検証に費やす日々となった。もう迎えに来てもらわなくても、実務棟で迷うことはなくなった。俺の爪切りはちょっとだけ進化して少し離れた人の爪も切れるようになった。
肉体的なはっきりと変化が現れたのは、こちらにきて2週間が過ぎ20日を数えた頃だろうか。起床ラッパで爽やかに目が覚める。長距離走の途中で立ち止まらなくなる。槍を構えた腕がプルプルしない。そして女の子投げを卒業した。休憩時間のキャッチボールって楽しいんだぜ。
いっぱしの兵士を名乗るにはまだ頼りないが、日本基準なら細マッチョとややマッチョの間くらいには筋肉が付いた。昨日は風呂場で俺の奥ゆかしいうっすらとした腹筋と、人生初の
そうして1か月が過ぎ、まあ少しは腰の入った素振りができるようになったと上官に認められたころ、ラスパ団長に呼び出しを受けた。
「皆すっかり生活にも慣れて兵士の顔になったようだな、見違えたよ。今日呼んだのは、いよいよ君たちを実戦へ投入しようかと考えていてね。近くで魔獣被害が出ているので、調査と対処をお願いできないかと思っている。魔獣といっても畑の食害が主な被害だから、恐らく小型のモグラかネズミの小群だと見ている。もちろん君たちだけでとは言わない。今のところ君たちはタイプ的に後衛ばかりだしね。班を組んで当たってもらうつもりだよ」
ここまでお膳立てされれば
「ありがとう。では、旅装など必要品はアルに用意させて届けさせる。出発は急で申し訳ないが、班の人員の都合で明日の朝になる。他にも気になることがあればアルに確認してくれ。私からは以上だ」
修練場へ顔を出すと、すでに話が通っていた上官からは「ケガなんかして帰ってきたら、訓練の量を2倍にしてやるからな!」とありがたいお言葉をいただく。やっぱりどこかツンデレだ。前日昼に伝えておけば、翌日の昼食分の弁当を作ってもらえるとのことで、食堂へ行き弁当をリクエストする。
修練場へ戻り、調整にと軽く訓練をしているとアルがやってきた。
「兵舎の方に荷物をお届けしています。明日は朝食後に修練場に集合をお願いできますか。そこから魔導車に乗って数時間ほど、ちょうど北の方に見えるあの山の麓にあるラタ村が今回の目的地になります。あと、本件は危険手当の対象となりますし、討伐による成果も一部が賞与として還元されますよ」
「…僕たちもお給料もらえるんだったんだね。」
「せやな。訓練訓練で街区に降りたこともあれへんし、衣食住提供してもろて足りてるから気つけへんかったわ」
「そうだ、給料って現金払いなんですか?」
今まで気にも留めなかったが、もらえると聞くと現金なもので急に気になってくるのだ。
「兵籍があれば詰め所でいつでも受け取れますよ。皆さんの籍はすでに登録されていますので、今回派遣の時にタグが渡されます。失くさないように気を付けてくださいね」
他にもこまごまとした諸注意を受け、修練場を後にする。
夕食時は俺たちの遠征を聞いた兵士たちが盛り上がり、大騒ぎとなった。気を付けて行って来いよと頭をぐりぐりとなでられ、肩を組まれ、背中を叩かれ、乱暴な扱いを受けながら、不思議と悪い気はしない。不器用な彼らなりに励ましてくれているのだと気づいているから。期待と興奮で、部屋に戻ってもしばらくは寝付けなかったが、すっかり兵士の生活になじんだおかげで、月夜の明かりが窓から差し込むころには寝息を立てていた。
翌朝。
いつも通り身支度を済ませると、修練場に向かう。すでに魔導車と思われる大きな影が見える。前輪の上に魔導動力を置き、その後ろに御者が座る座席が付いた、いわばトラクターかT型フォードのような車に荷台が取り付けられている。その隣には人影が3つ。
いち早く気づいた男が声をかける。
「よう、来たな。元気そうじゃないか。今回はしごいてやるから覚悟しとけよ」
「なんやえらい気安いな、自分。って、この前負かした兵士Aやんけ。全然気づけへんかったわ。おお、今回一緒に調査に行ってくれるんか。よろしくな」
「ずいぶんなご挨拶だな。まあいい。しかしあの時名乗ってたかな?改めて、俺はヘイシェだ。よろしくな」
意外な名乗りに俺たちは必死に笑いをこらえる。人の自己紹介を聞いて笑うなんて、人としてあってはならないことだ。
「やあ、今回は団長からの指名で私も班に加わることになった。よろしく頼む」
ヘイシェの後ろから現れたのはリーマさんだ。古賀君はさっきまでとは別の意味で赤くなってしまっている。しっかりするんだ!
アルが話を引き取る。
「おはようございます。皆さんそろいましたね。今回は皆さん5人で調査をおこなっていただきますので、よろしくお願いいたします」
そうして初めての城外、実戦へと向かうのだった。
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