第9話

香椎の化学実験に驚きひれ伏すパローネ錬金術局長をなんとか落ち着かせ、イスに座らせる。曰く、この世界の魔法の行使に必要な詠唱と魔力の供出を省略したうえ、彼らの理外である雷を扱うさまがお伽話の賢者様と思わせたのだとか。


「せやったらバストーネ局長はんに先に見せといたらよかったわ。さっきのは大気中の分子をいらっただけやから、そない大ごとやと思わへんかったし。せや、話戻るけど、傷消しとかポーションって見てみたいねんけど、今あるやろか?」


パローネさんは奥のガラス棚から小さな壺とガラスの小瓶を出し、先ほど回収した干し草を一束持ってくる。

「壺の中身が傷消しの軟膏、瓶の中身がポーションですわ。どちらも元は同じこちらの薬草から作られております」


香椎は傷消しを人差し指に拭い取ると、粘りをみたり光にかざしてみたり検分する。同じようにポーションと薬草も手に取ってひと通り確かめていく。


「なんとなし分かったわ。魔素とでもいうたらええんかな、地球にはない物質に肉体を活性化させて回復を早める効果があんねやな。他にもこっちの世界独自の物質とかあんのやろか?ああ、成分を同定できたからちょっと待ってな。パローネはん、種類はなんでもええから柑橘類と重曹に砂糖、あと水を少しお願いできる?」


パローネ局長はテーブルの呼び鈴をならし、本物の秘書が現れると必要品を伝える。さほど時間もかからずにトレーに水差しと粉の包み、シチリアレモンのような大ぶりのレモンを乗せて届けてくれた。


香椎はナイフでレモンを四つに断ち割ると水差しに絞り注ぎ、続いて重曹と砂糖を溶き入れていく。薬草の上で空中に指文字を滑らせ、完全に水分が失われた薬草を手に、水差しの上ではたくと粉末がサラサラと注がれ、淡く光りながら溶けていく。最後にレモンの外皮を手早く削り入れる。


「あとは隠し味をいくつか。よし、これが日本のポーション、アドレナミンZや」

水差しの中にはシュワシュワと炭酸のはじける、茶色の小瓶でおなじみのあのドリンクができあがっていた。


「水差しに入ってんの、ルックス的にあかんなぁ。まるでおし――」

「香椎、それ以上いけない。まあ、味見してみようぜ」


水差しからそれぞれティーカップに注ぐと、ひと口含んでみる。うん、冷えてないけど普通に美味しいな。残念ながら『これは!エリクサー!』という展開ではなかったが。


パローネさんに言わせると、これでも低級ポーション程度の回復効果があり、投入した薬草の量からすると驚きの効果なうえ、飲みやすいを超えて美味しいというのは革命レベルの仕上がりだという。すごいな、魔王を倒したあとはポーション頼みに生きていけたりするかもしれないね。


「せや、っちゅうくらいやし、いっちょ金でも作ってみるか?」


香椎が唐突に閃き、しばらく考え込むとエーユーエーユーと繰り返し呟きながら、机の上に左手をかざす。長いとも短いとも言えない時間が経ち、香椎の額に玉のような汗が浮かぶころ、砂粒のような金色のかけらが一つ、テーブルに音もなく落ちる。


「あかん、めっちゃ疲れるわ。なんもないとこから持ってくるんもしんどいし、元素記号が大きいもんほど動かし辛いんやな。あー、これが魔力切れかぁ」


青白い顔でくたりとソファの背にもたれる香椎を見て、パローネさんが素早く先ほどのガラスの戸棚から魔力回復薬を取り出し、手ずから飲ませる。


「香椎様、今起きた事象は大変なことです!我々人間には本来、無から有を生み出すことなどできないのです。これはまさに錬金術の極地、賢者の、いやもはや神の御技!」


「いやいや、素材をちょっとよそから借りてきただけやし、そんな大げさな話とちゃうって。なんでそんなに俺を神にしたがんねん」


話しながら自分の声に興奮するパローネさんを、フラフラしながら香椎が宥める。


「ほんまは重金属の錬成とか気になることもあんねんけど、まあひと通りのことは試せたし、今日んところはこんくらいにしとこか」


香椎が実験の終わりを告げると、テンションの下がったパローネさんがポンと手を打つ。


「分かりました。本日はお越しいただきありがとうございました。もう一点、これは古賀殿にお渡しするものがありますわ。お手数ですが、皆さま私の執務室までお越しいただけますか」


連れだってパローネさんの後に続く。

応接室の隣の重厚な扉を開くと、品の良い調度品が並べられた執務室が広がる。やっぱりこの部署は金持ちだ。奥まった一角に、しつらえと似つかわしくない厳めしく黒光りする鋼鉄の金庫が鎮座している。パローネさんが机から鍵束を取り出し開錠すると、小声で呪文を捧げて右手をかざす。

重々しい扉が音もなく滑らかに開くと、中に立てかけられた袋をそっと取り出した。


「どうぞ、お手を」

古賀君にしっかりとした何かを渡す。受け取った古賀君が絹のような光沢の袋の紐をほどく。出てきたのは魔導杖だ。

艶のある飴色のボディにはメイプル材のバーズアイに似た複雑な杢目もくめが浮かんでいる。つるりと滑らかな曲線は手元に向けて平たく広がり、上端は銃の肩当のようにすっぱりと切れたような断面になっている。肩当の中心に、練習用の杖とは比べ物にならないほど明るく輝く蓄魔石が埋められている。一言でいって高級品なのは間違いない。


「我々錬金術局は騎士団の使う魔道具の輜重しちょうを担当しておりまして、特に効果の高い魔道具についてはラスパ殿と相談しながら配備をするのです。古賀殿の銃の腕前、魔導杖の取り扱いについてはすでに伺っており、こちらの杖をご使用いただくことといたしました。ぜひお受け取りください」


「…ねえ、ちょっとこれすごいよ。まずこのバランス。絶妙な後調子あとちょうしで持つ人のかまえによってあとから調整もできるようになってるし、あとこの銃床?杖床っていうのかな、ここが滑りにくいようにここだけ艶消しになってるのが装飾としても実用としてもデザイン性が高いのがポイントになっていると思うんだそれに起動魔石の配置がポジションセットした時に照準のじゃまに――」


「よーし、古賀君そこまで!」


息継ぎも忘れてどんどん早口に杖の魅力を語りだす古賀君を、どうどうとなだめる。今日は皆興奮してばかりだ。


午後は訓練に参加することにしているので、そろそろ錬金術局を去ることにする。名残惜しそうにパローネさんが挨拶する。


「香椎様、魔王を斃すお役目を終えられましたら、ぜひ錬金術局にお越しください。局長の座を空けていつでもお待ちしておりますわ」


香椎の将来は安泰だな。


「あの、すみません。おいとまの挨拶をしてしまったけど、出口がわからないので案内をお願いできますか」


締まらない俺たちなのだった。

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