第7話
風呂場で魔力切れを起こした俺はその後、兵士たちから水をぶっかけられて意識を取り戻した。ひどい扱いだと思ったが、騎士団の訓練ではよくあることのようで、調子に乗ってスキルを発現させすぎだ、と皆からひとしきり笑われたあと、魔力回復薬を少し分けてもらった。
風呂を出て建物の前のベンチでしばらく休むと、ようやくめまいも落ち着いてきた。夕焼けに染まった王城の長い影が広場に伸び、湯冷ましに出た兵士たちが涼む寛いだ雰囲気が、一日の終わりを感じさせる。
「爪切りで魔力消費することが分かったのは発見だな。2人の錬金術や忍術でも魔力消費するのか今度聞いてみよう」
「せやな。他の錬金術師がどないしてんのか気になるわ。明日局長んとこ行ってみよか」
「…それがいいね。忍者の資料とかあれば読んでみたいし」
よし、明日はバストーニ局長のところに行くことにしよう。今日の実験の報告もしないと。召喚のためにたまった仕事で忙しそうなところに申し訳ないが、なにせ俺たちにはまだこの世界で頼れる人間が少ないのだ。
明日の予定も決まったところで、食堂のほうから
「もう入れますか?」
ちょうど入り口で作業をしていたエプロン姿のナイスガイに声をかけると、きりっとしたスマイルで親指を立てて見せる。そのまま入り口でトレーを受け取ると、カウンター沿いに進みながら配膳を受ける。
メニューは日替わりで1種類のみ、今夜はなた豆のスープ、主菜はスパイスをまぶして網焼きされた骨付きの鳥もも肉にマッシュポテト添え、副菜はキノコとアスパラガスのバターソテーとパンを受け取る。カウンター端にはタコとブロッコリーとトマトのマリネボウルが置いてあり、自分でサーブするスタイルだ。
最後に果実水を受け取り、窓際の席に陣取る。
「お、これスパイスが効いててかなり旨いんとちゃう?」
もも肉にかぶりつきながら香椎が感激の声をあげる。古賀君がタコばかり取ったマリネを食べながら大きく頷く。俺はスープを口に含むと、ショウガと柔らかく煮込まれた豆の出汁、刻まれたしいたけ、ズッキーニ、セロリ、マカロニと具だくさんで滋味深い優しい塩味に舌鼓を打つ。
しばらくみんな無言で目の前に集中していると、風呂上がりの連中が連れだって到着したようで、もっと肉をよこせ、パンをもう一個!と騒がしく配膳を受けはじめる。配膳担当は手慣れたあしらいで決まった量をサーブしていく。きっと毎日定番のやり取りなのだろう。
「ここ、いいかい?」
返事も待たずに、日焼け顔の兵士がニッコリと笑ってイスを引く。
「さっきはお騒がせしました。手当てをありがとうございました」
どっかりと俺たちの前に座った兵士にお礼をいう。ドン!と重そうに音を立ててテーブルに置いたトレーの真ん中、主菜の大皿には鳥もも肉が何本も乗っている。
「はっはっは。礼には及ばんよ。魔法初心者にはよくあることさ。それより古賀殿と団長のタグ取りのおかげで今日の夕食が豪華になったんだ。そら、立役者におすそ分けだ!」
鳥もも肉を掴むと俺たちの皿に放ってよこす。正直なところ、配膳された分量でも食べきれないほどの量だが、ここは好意をありがたく受け取っておくべきだろう。
「それでは、異世界の勇者たちに乾杯!」
兵士は手についた油を舐めとり、果実水の入ったコップを掲げる。
テーブルに着いた兵士たちも振り返り、こちらに向けて乾杯を捧げる。何人かはわざわざ俺たちのところへ来てコップを合わせてくれた。
食堂では休日前の決まった時間にしか酒は提供されず、吞みたい者は自由時間に各自街区に降りて楽しむことになっているそうだ。俺たちはこちらの世界では酒が飲める年齢だというので、いずれひと段落ついたら街のほうにも行ってみたいものだ。
再び目の前の皿に意識を戻す。どの料理もしっかりと塩気をきかせた味付けだが、食材はどれも新鮮だし、素材のうまみがしっかり引き出されていて、口に運ぶ手が止まらない。運動後の身体が求めるのか、食べ切れないと思っていた量が見る間に片付いていく。一人暮らしの部屋で食べる、エネルギー補給のための食事との違いだろうか。会話を重ねながらの食事を楽しむ。
「なんだかいつもより多く食べられる気がします」
誰に言うでもなくそう呟くと、斜め向かいの兵士が納得したように頷く。
「そりゃあ、魔力切れを起こすほど魔力を消費したなら腹も空くさ。魔法は燃費が悪いからな。しかも今日初めて魔法を使ったんだろう?俺も初めて魔法を使った晩は、家にあったパンをみんな食っちまって母ちゃんからぶっ飛ばされたもんだ」
他の兵士も苦笑いしながら頷く。きっとこの世界のあるあるなんだろう。『魔法は燃費が悪い』、また一つ定番ワードを回収したな。
すっかり満腹になり、食後に何か穀類を煮出したような香ばしいお茶をいただきながら、しばらく兵士らと親交を深めた。口減らしのため実家を出て兵士として働く若者も多く、年の近い連中とはずいぶん仲良くなった。
日中の疲れからさすがに少し眠気を覚え、惜しまれながらも食堂を辞すると、空には緑に光る痩せた月が浮かび、改めて異世界にいることを思い出させた。
「異世界転移から怒涛の一日だったな。まだどんなところか全容は分からないけど、二人と一緒で助かったよ」
なんとなく口をついて二人への感謝の言葉が出た。
「ほんまやな。魔王討伐っちゅうて、まだイメージできひんけど、自分らとやったらいけそうな気がすんねんな。改めてよろしゅう頼むわ」
「…うん、みんなでがんばろうよ」
気持ちも新たに兵舎に戻り寝支度を済ませ、硬いマットレスとお祖母ちゃん家の寝具のような重い毛布の間にすべり込むと、あっという間に深い眠りに引き込まれた。
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