第6話

各々のジョブを確認、発現できた俺たちは今日のところは解散ということになり、俺はバストーニ局長に、香椎と古賀君はアルにそれぞれ連れられて兵舎へと戻ってきた。


魔法局へ行く道中に横を通ったレンガ造りの兵舎は、L字型の棟が組み合わさった3階建の建物で、プラタナスの並木道沿いに並んでいる。1階は主に兵卒向けの寝室。六畳ほどの四人部屋には、2段ベッドが二つと簡易机、個人の荷物を入れるための小さな棚四つだけが備えられている。


廊下を突き当たり、吹き抜けの階段を2階へ上がると、下士官向けの個室となる。同じく六畳ほどの部屋には簡素ながらもデスク、テーブル、ソファがあり、ベッドの前にはついたてが置かれ、プライバシーにも配慮されている。俺たちは隣り合った下士官向けの個室をそれぞれあてがわれた。週に一度授業で会う程度だった仲から、いきなり4人相部屋は付き合いが濃すぎるので、団長の配慮に感謝した。


埃にまみれ、汗をかいたので、まずは3人で風呂に行くことにする。部屋に入るとクローゼットにかかっていた訓練用の制服を取り、革のサンダルに履き替えて兵舎の入り口へと向かう。


兵舎を出ると並木と反対側、外壁に向けて奥まったところに共同風呂と食堂が併設された、漆喰の白壁が眩しい建物がある。建屋の前は小さな泉の周りにベンチがあり、非番の者が本を読んだり、カードゲームに興じたりしている。


どことなくオリエンタルな雰囲気のエントランスの扉を開けると、まだ日勤の時間中なのでほとんど人影もない。入って右手のドアを開けると脱衣場兼休憩場だ。埃にまみれた服を脱ぎ、上半身は裸にトランクスのような湯浴み着に着替えると、鍵もないロッカーに手早く畳んだ着替えを置く。ドアを開けるとミントの香り漂う蒸気が押し寄せてくる。


「なんや、風呂いうて浴槽はないねんな」

香椎が残念そうに言う。風呂場は高い湿度で満たされた、サウナのような設備だ。俺たちはドアの近く、タオルの敷かれたベンチに腰掛けた。


「…一番風呂でよかった。僕、人の座ったあとの濡れたベンチに座れないから」

「自分潔癖なんか。これからこの環境で大変やで。適当に折り合いつけや?」

「まあでも古賀君の気持ちもわかるよ。あ、あそこにタオルが置いてあるから、濡れてたら自分で替えればいいんじゃない?」

「…人の汗の付いたタオルを触りたくない」

「もう立っとれよ、自分」


他愛もない話をしながら吹き出てくる汗をぬぐう。


「イタタ。それにしてもアイツ、ほんまに遠慮なしで殴ってきよって。あちこち擦り傷だらけや。そやし明日筋肉痛がえげつないで、コレ」

青あざがうかぶ脇腹をさすりながら香椎がボヤく。

「…あれだけの立ち回りをして、そんな傷だけで済んでラッキーだよ。そういえば海老津もジョブを発現したんだよね?どうだった?」

別行動だった古賀君から、発動したジョブについて聞かれる。


「ああ、今んとこ遠隔で思い通りに爪が切れるって感じだな。そうだ、2人の爪でも試させてくれないか?もう自分の爪は今日の分を全部切ってしまったから」


「…うん、いいよ。どうぞ」

両手を差し出す古賀君の、右手小指の爪だけがやたら長い。じっと爪を見つめて、白い部分を0.5mm程残して切り落とす。あっという間に狙い通りの仕上がりで手指十本の爪を整えた。きれいにそろった爪を見て、何か言いたげな古賀君の視線を無視し、香椎の方を見る。


「ほな、頼むわ」

香椎の爪も同じように、もう少し精密動作を狙って0.3mm残しで手早く整え終える。足の爪もトライしてみたいところだが、先ほどのバストーニ局長との事故もあるし、この辺にしておこう。


そうしてのんびりとサウナを楽しんでいると、入口のほうがガヤガヤと騒がしくなってきた。早上がりの兵士たちが仕事を終え、一風呂浴びにやってきたようだ。


「おお、香椎殿、今日の立ち回りは見事だったな。次はぜひ小官ともお手合わせをお願いしたい」

「こちら古賀殿の魔導杖使いの射撃は見ものだったぞ」

「いや、あれには度肝をぬかれました。抗魔加工した的が粉々になるとは。狙いもたいそう正確でしたし」

「海老津殿はもうちょっと身体を鍛えにゃならん。見ろこの大胸筋を!それになんだ、あの投てきは。まるで腰が入っとらん!」


どやどやと集まってきて、口々に今日の訓練の様子を語る。基礎体力がないことは認める。将棋ならまとめてコテンパンにしてやんよ。


「じゃあ今度投げ方を教えてよ。俺ほとんどキャッチボールをやったことないんだよ。サッカーならリフティング10回できるんだけど」


「…海老津、リフティング10回はできる方の例として挙げない方がいいと思うよ」


俺たちの周りでむくつけき兵士どもがあーでもない、こーでもないと筋肉談義をはじめてしまった。そうだ、彼らにも我がジョブの練習台になってもらおう。


「皆さん、ちょっと俺のスキル検証に協力してもらえませんか?まだ発現したばかりで文字通り手探りで試行中なんです」

ペコリと頭を下げてお願いすると、男たちはニッカリと笑って快く引き受けてくれた。


「それじゃあ、並んで手の甲を見せてもらえますか?」

壁に造り付けのタイルベンチに男たちが居並ぶ姿は異様で、なるべく早く終わらせようと心に決めた。手前の兵士から順に爪をあたっていく。心なしか、爪切り発動までの時間が早くなっている気がする。カットするポイントも、狙い通りのラインを描いていく。


「ホホイのホイっと!」

爪を切るたびに響くクリック音が心を軽くさせる。俺は今までずっと自分の爪を切ってスッキリすることが好きだと思っていたけど、爪を切ること自体が好きだったんだな。異世界で意外な自分を再発見ってやつだ。


「おお、よく切れてるな。ナイフで削ったんじゃなかなかこうはいかないぜ」

「この断面、風魔法で切ってんのか?」

「いや、魔法の起動は感じなかったぞ」

「魔法分類はどうなる?」


刃物や魔法には一家言持つヤツらの集まりだ。断面をみながら談義がはじまった。こちとら魔法には縁のない異世界の人間だ。オーソリティたちのご意見は大歓迎だ。


並んでいた兵士たちの爪を次々にカットし、折り返しをすぎて残り数人となったところで、急に身体が重く感じるようになり、立っていられないほどの目眩がしてヘナヘナとへたり込む。


ああ、これがラノベの世界で噂に名高い「魔力枯渇か」と一人納得しながら世界が暗転していくのだった。

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