第3話
俺のジョブ「爪切り」判別のあと、いたたまれない空気のなか解散となり、今は軍議室という長机と椅子だけが置かれた殺風景な部屋に、3人で待機させられている。かれこれ1時間くらいは経っただろうか。
窓から差し込んだ日差しが、少しいびつな平行四辺形に床を照らす。日本の季節、時間とほとんど差がないように感じる。少し離れたところで鐘が鳴る音が聞こえてきた。きっと時報代わりなのだろう。
さっきまで居たあの部屋は、代々勇者の召喚魔法がおこなわれる、召喚の間という部屋だったらしい。
タリアーナ姫は公務があるとかで、いつの間にかいなくなっていた。まあ、無事に?召喚も終わったし、あとは実務の人間に任せるってことなんだろう。俺は両手の爪を切り終わり、足の爪も切るために靴下を脱いだものかどうか考えていた。
「なあ、俺らこのあと追放されて冒険者ギルドに登録とかするんかな。ヒャッハーはおるんやろか。せや、パーティ名どうしよ?」
「…インキャの目覚め…」
「俺らお芋かい!」
待たされすぎて2人がおかしくなっている。香椎はなぜ追放前提なのか。そうか、俺のジョブのせいか…
外から人の気配が近づいてきて、ドアが軽くノックされる。
「遅くなってすみませぬな。騎士団長らとの打合せが長引きまして」
襟首をさすりながら、局長が先ほどよりもフランクな感じで部屋に入ってくる。よく見ると目の下のクマが濃い。きっと俺たち(黒崎君たち)召喚の準備にこれまで忙しかったんだろうな。
「ところで姫様からもご説明申し上げましたが、これから魔王の討伐に向けて皆さまには訓練を積んでいただきたく存じます。よろしいでしょうか」
これは局長が来る前に香椎と古賀君と3人で相談をした。ラノベで予習した俺たちのことだから、ジョブの力で外の世界を満喫だってできるだろう。でもそんなことはしない。王道でいいんだ。魔王を倒す。決心を胸に局長に力強く頷き返す。
「ありがとうございます。異世界の皆さまのお力を得られれば、必ず悪を打ち倒すこともできましょう。改めて私どもの世界の危機をお救いいただくこと、お礼を申し上げます。そうそう、ひとつ騎士団長からの確認がございます。皆さま、これまでに格闘技や運動の訓練をなさったご経験は?」
俺たちは顔を見合わせる。正直、俺はケンカや人とのぶつかり合いを避けて来た人生だ。部活だって早く帰れるという理由で将棋部に所属していた。なお、桂馬の動かし方がうろ覚えで、部活時間中は回り将棋しかしていなかった。高校最後の記念に出た大会は角交換したあと
軽く首を振って香椎を見ると
「実は俺、動画サイトで見たパルクールに憧れて、けっこう鍛えてるで。毎晩走り込みもしてるしな。
おのれ裏切ったな。
古賀君のほうを見ると
「…僕はおじさんが県警で射撃をやってて、エアライフルを教えてもらってます。こっちの世界で通じるかわからないけど。自動で撃ち出す弓矢みたいなものです」
二人とも何かしらの特技を持った、あっち側の人間だということが判明した。
「おお、それはまことにけっこうでございますな。お二人は武術の心得、海老津殿はジョブを含め未知数。それではこれから騎士団の連中を連れてまいりますので、彼らと今後の計画を調整いたしましょう。騎士団長にも伝えてまいります」
軽く礼をして局長は出て行った。俺は足の爪も切ることを決め、靴下を脱いだ。
左足の親指から切りはじめ、薬指の爪まで切り進んだころ、複数の足音が立ち止まり再びドアがノックされる。
局長を先頭に、3人の男女が続く。先頭の男性は局長より頭ひとつほど身長が高く、鍛えあげられた筋肉が制服の上からでさえもその造形を主張する。一切よどみのない動き、引き締まった顔つき、まさに強者の風格だ。射すくめるような視線を受け、思わず俺たち三人は立ち上がる。俺の左足は靴下を脱いだままだ。
男がフッと表情をゆるめると、人好きのする笑顔を浮かべる。
「やあ異世界の皆さん、お待たせして申し訳ない。騎士団長のラスパだ。魔法局長のバストーニから、君たちには武術の心得があると聞いている。よければまずは訓練場で軽く動きを見せてはもらえないだろうか?君たちの修練度をみて今後の計画を立てたいと思う」
さすが騎士団の団長、端的な言葉からしごできのオーラをビシビシと浴びせてくる。それに香椎と古賀君を見る目には、異世界人の実力を見極めんとするような雰囲気も感じられる。
そして棚ぼたで局長の名前も判明した。魔法局長のバストーニ。自己紹介する暇もなかったしね。苦労人バストーニさん、と。
団長はあいさつを終えると隣に立つ男、大きめのウェーブがかかった金髪の、物腰の柔らかそうな青年に後を譲る。
あ、コイツはきっと
「私は騎士団の経理と事務を担当しております、アルティーボと申します。アルとお呼びください。皆さまの武器のご用意と、宿舎のご案内に上がりました。ご希望などあれば何なりとお申しつけください」
普通に事務の人だった。古賀君が早速この世界に銃があるか確認している。
「自然の
あ、この人もしごできっぽい。見たこともない武器を説明されて、機能を理解した上できちんと代替品を提案してくれる。やっぱり王城の騎士ってエリートなんだろうな。
ひとしきり質疑が終わったところで、一番後ろに控えていた女性が進み出て声を発する。
厳つい雰囲気で気づかなかったが、ストレートのプラチナブロンドの髪からのぞく形のよい眉、強い意思のこもった瞳、まっすぐな鼻筋にツンと品よく収まった鼻先、ぷっくりとした唇は桜色に染まる。紛れもない美少女だ。
「団長補佐のリーマだ。よろしく頼む。では、早速だが訓練場へ案内しようか」
「ご挨拶ありがとうございます。私はイツキ コガと申します。よろしくお願いします!」
今まで聞いたこともない、ハリのある声に驚いて振り返ると、目がハートに輝く古賀君がそこにいた。
「ああ、イツキ殿、こちらこそよろしく」
まっすぐに古賀君を見つめ、挨拶を返すリーマさん。
「ぅあ、あのあの…。…すみません、やっぱり古賀でお願いします」
急な名前呼びは、古賀君には刺激が強すぎたようだ。
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