第2話 与えられたジョブ

まぶしい光に包まれ、目の前が真っ白になってしばらく。囁きあうようなざわめきが聞こえてくる。少しずつ視力を取り戻し、あたりを見回してみると、石積みの重厚な広間に、ローブを被ったいかにも魔術師然とした人達に囲まれている。尻もちをついた床はふかふかした幾何学模様の絨毯。みっしりとした密度と長い毛足で、いかにも高級品だとわかる。


つと、その人波が割れてドレスをまとった女性が進み出る。数々の宝石が散りばめられたティアラの下にのぞく艶やかな長い髪、くすみ一つない白い肌。ドレスには不思議な光沢があり、自家発光しているようなきらめきがある。明らかに高貴な立場の人だろう。

これはもしや…


「ふおぉ!異世界転移や!俺か?俺主人公なんか?勇者になれるんか?」

隣から興奮度マックスの香椎の叫びが聞こえた。ああ、一人じゃなくて良かった。ふと握りしめた手のひらの中にあった爪切りの存在感に安堵を覚えながら、香椎のテンションに救われた気がした。そうか、ここは本当に異世界なのか。生まれ直してないってことは異世界召喚か?


「これは異世界の勇者様がた、お察しの良いこと。妾はコルタニヤス王国のタリアーナ姫。お気付きのとおり、ここは勇者様のいらっしゃった世界とは異なる世界でございます。この世に現れた、我々では太刀打ちできない悪なる存在を誅していただくため、世界を渡る魔法を使い、勇者様がたをお招きした次第です」


やはり異世界召喚だった。大丈夫、この手のストーリーはいくつも読んだ。やはりラノベは偉大な教科書だ。


「しかし…報告では男性一名、女性二名の予定であったはず。局長、どのようになっておる?」


振り返り、局長と呼ばれた立派な杖を持ったやせぎすのおじさんを厳しい視線で問い詰めるタリアーナ姫。冷や汗を拭うこともせず、部下と一緒に取り寄せた資料をあれこれ見比べる局長。しばらく何かを確認したあと、おずおずとこちらに問いかける。


「星の巡り、魔力の指定、すべてかつての記録のとおり間違いなく術はとり行われました。調べた限りでは、こちらの不備はないように思われます。恐れ入りますが勇者様の側では何かお気づきの点はございませんでしょうか…」


申し訳なさそうに頭を下げる局長に聞かれて、そういえばあの場には直前まで黒崎君たち3人がいたことを思い出す。男1人と女子2人…確かに。ってことはアイツらが本当の勇者?俺たちは取り違え召喚ってヤツか。


何もわかりません、という雰囲気で首をかしげながら、ゆっくりと振り返って香椎の様子をみると、青白い顔に心当たりがありますとはっきり書いてある。隣には同じく顔色をなくした古賀君の姿も見えた。完全に気配を消していて、たった今まで気づかなかったよ。


「あー、せやな。そんな感じの人らもおったような気ぃするけど、僕らはなんも悪いことなんてしてへんよ。そもそも僕らもいうたら急に呼ばれた被害者みたいなもんやし。それよか魔法いうたな。この世界には魔法があるんやな?ほんなら僕らも魔法は使えるんかな?」

なんとも煮え切らない回答と、隠しきれない好奇心で香椎が質問を返す。


「はい、我々の国では魔法が欠かせません。生活から狩猟、魔獣の討伐に至るまで広く魔法が使われており、勇者様のように異界渡りをされた方は特に多くの魔力をお持ちとの記録がございます」


「ほら、魔法あんねんて!どうしよ?どんな魔法が使えんのやろか。氷純の翔太とかどうやろ?」


「…それ、香椎君が頼んでた酎ハイだよね。それにまだどんな魔法が使えるかわからないのに氷純って…」

お、古賀君も地が出てきたようで、いつものツッコミが炸裂する。実は香椎は一つ年上だからお酒が飲める年齢だ。この前3人で居酒屋に行ったのだが、きどって人差し指を立ててホールのお姉さんに酎ハイを頼むも、グラス1杯で真っ赤になってしまった残念な体質なのだ。


「召喚魔法にかかるところは引き続き妾のほうで調べさせましょう。それよりもまずは勇者様がたの適正をお調べいたしましょうか。記録では勇者様が元の世界で得意だったことや、お互いのイメージがジョブやスキルとして顕現すると聞いております」


タリアーナ姫がいったん場を仕切り直すと、先ほど局長と呼ばれたおじさんがテーブルに載せられた器具をうやうやしく運んでくる。餃子のタレを入れるサイズの鈍色に光る小皿と、同じく銀製らしい針、銀の板や他にもいくつか機材のようなものが見える。


「こちらの銀の皿に血液を1滴取らせていただきますと、奥の銀板にジョブ適正が浮かんでまいります。針がこちらにございますので、ご準備のできた方からお願いいたします」


「ほんなら俺から行くで!香椎翔太や。よろしく頼むわ。魔法使い香椎様誕生の瞬間をしっかり目に焼き付けといてな!」

物怖じしない香椎がテーブルの前に立ち、銀の針を左手親指に添えると、一滴の血が銀の皿にポタリと落ちた。音もなく銀色の板がやわらかな光を発し、小さな光が集まって文字の形をとりはじめる。


錬金術


「ほう、香椎様は錬金術師ですな。勇者パーティにふさわしい上級職でいらっしゃる。これは残りのお二人も期待できますな」


局長がタリアーナ姫に媚びいるように香椎のジョブを褒める。確かにバフにデバフに回復まで大活躍のジョブだろう。実験メガネの異名にふさわしいスキルを得たのではないだろうか。本人の得意、俺たちのイメージ通りだ。


「やった!錬金術師やって。うわぁ、めっちゃ嬉しいやん。もしかしてオリハルコンとかエリクサーとかもいずれ作れるんかな。それよりまず二つ名どうしよ?」


「…メガネの錬金術師」


「え、古賀君、それ地味にひどない?なんか妙にゴロが良くて、一瞬納得しかけたんがまた腹立つわぁ」


テンションが上がってすごい早口になっていた香椎が、古賀君の一言でうなだれる。


「…じゃあ、次、僕もやってみる。あ、古賀樹です。こっちだとイツキ コガって言うのかな?」


古賀君の下の名前を初めて知った。


局長が柔らかそうな布で丁寧に針と皿を清めたあと、香椎の落胆を気にも留めず古賀君が進み出る。香椎と同じように左手の親指に針を添えて、一滴の血液が銀の皿に吸い込まれると、再び銀板に光が集まる。


忍者


納得しかない。古賀君、すごく忍んでる。すでに気配遮断レベル完ストしてるんじゃないかと疑うレベル。古賀君の運動神経については知らないけど、言われてみたら忍者一択だったわ。


「おお、古賀様も上級職!三代前の勇者パーティにも顕現したという忍者でいらっしゃったか。やはり皆様こそが今代の勇者!」


本人もまんざらでもないようで、クナイを逆手に構えるポーズとかして見せてる。え、バク転なんか決めちゃって、古賀君キャラ崩壊してない?


「…僕、忍者を極めていつか里を拓くわ。その時は古賀団と名乗るよ」


コラ古賀君、さっきからちょいちょい攻めてるね。おやめなさい!

気持ちを落ち着かせるため、それまで握りしめていた爪切りで左手親指の爪を整えていると、タリアーナ姫と目が合う。


「勇者様、少しお寛ぎが過ぎるように思いますが。それではジョブのご確認をお願いできますでしょうか」


「アッハイ、海老津です。海老津颯真」


姫にたしなめられてしまった。確かに心の平穏のためとはいえ、姫の御前で爪切りは少し自由すぎたかもしれない。気を取り直して針を手に取る。二人が上級職ということは俺が勇者なのか。


…針で指を突くのって意外と勇気がいるな。じっとりと汗ばんだ指で針を摘まみなおし、指先にそっと立てる。スローモーションのように赤い雫が銀の皿に落ちて広がる。銀板に光が集まり形をとるのはこれまでと同じ。


爪切り

(性豪)


ん゛ん゛っ?

爪切りは好きだし直前まで爪は切ってたけど、ジョブが爪切り?それにその後ろのグレーアウトされた(性豪)!これ完全に二人のイメージからだろ!ジト目で振り返ると二人がスッと目をそらす。


「オホンッ」

前から聞こえてきた咳払いに慌てて前を向き直る。

「あー、えっと。爪切りってなんでしょうね、へへへ」


タリアーナ姫のスンッとした表情に、思わず目を逸らした。

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