第2話
まぶしい光に包まれ、目の前が真っ白になってしばらく。
つと、人波が割れてドレスをまとった女性が進み出る。宝石が散りばめられたティアラの下にのぞく艶やかな長い髪、くすみ一つない白い肌。明らかに高貴な立場の人にみえる。
これはもしや…
「ふおぉ!異世界転移や!俺か?俺主人公なんか?」
興奮度マックスの香椎の叫びが聞こえた。ああ、一人じゃなくて良かった。ふと握りしめた手のひらの中にあった爪切りの存在感にも
「これは異世界の勇者様がた、お察しの良いこと。妾はコルタニヤス王国のタリアーナ姫。この世に現れた、我々では
やはり異世界召喚だった。大丈夫、この手のストーリーはいくつも読んだ。やはりラノベは偉大な教科書だ。
「しかし…報告では男性一名、女性二名の予定であったはず。局長、どのようになっておる?」
振り返り、局長と呼ばれた立派な杖を持ったやせぎすのおじさんを厳しい視線で問い詰める姫。流れ落ちる冷や汗を拭いもせず、部下と取り寄せた資料を見比べる局長がおずおずとこちらに問いかける。
「星の巡り、魔力の指定、すべてかつての記録のとおり間違いなく術はとり行われました。調べた限り、不備はないように思われます。恐れ入りますが勇者様の側でお気づきの点はございませんか…」
申し訳なさそうに頭を下げる局長に聞かれて、そういえばあの場には直前まで黒崎君たち3人がいたことを思い出す。男1人と女子2人…確かに。ってことはアイツらが本当の勇者?俺たちは取り違え召喚ってヤツか。
何もわかりません、という雰囲気で振り返って香椎の様子をみると、取り違えに気づいた青白い顔。隣には同じく顔色をなくした古賀君の姿も見えた。完全に気配を消していて、たった今まで気づかなかったよ。
「あー、せやな。そんな感じの人らもおったような気ぃするけど。そもそも僕らもいうたら急に呼ばれた被害者みたいなもんやし。それよか魔法いうたな。この世界には魔法があるんやな?ほんなら僕らも魔法は使えるんか?」
なんとも煮え切らない回答と、隠しきれない好奇心で香椎が質問を返す。
「はい、我々の国では魔法が欠かせません。生活から狩猟、魔獣の討伐に至るまで広く魔法が使われており、勇者様のように異界渡りをされた方は特に多くの魔力をお持ちとの記録がございます」
「ほら、魔法あんねんて!どうしよ?どんな魔法が使えんのやろか。氷純の翔太とかどうやろ?」
「…それ、香椎君が頼んでた酎ハイだよね。それにまだどんな魔法が使えるかわからないのに氷純って…」
古賀君がツッコむ。
「召喚魔法にかかるところは引き続き妾のほうで調べさせましょう。まずは勇者様がたの適正をお調べいたしましょうか。記録では勇者様が元の世界で得意だったことや、お互いの持つイメージがジョブやスキルとして
タリアーナ姫がいったん場を仕切り直すと、先ほど局長と呼ばれたおじさんがテーブルに載せられた器具を運んでくる。餃子のタレを入れるサイズの鈍色に光る小皿と、同じく銀製らしい針、銀の板や他にもいくつか機材のようなものが見える。
「こちらの銀の皿に血液を1滴取らせていただきますと、奥の銀板にジョブ適正が浮かんでまいります。針がこちらにございますので、ご準備のできた方からお願いいたします」
「ほんなら俺から行くで!香椎翔太や。よろしく頼むわ。魔法使い香椎様誕生の瞬間をしっかり目に焼き付けといてな!」
物怖じしない香椎がテーブルの前に立ち、銀の針を左手親指に添えると、一滴の血が銀の皿にポタリと落ちた。音もなく銀色の板がやわらかな光を発し、小さな光が集まって文字の形をとりはじめる。
錬金術
「ほう、香椎様は錬金術師ですな。勇者パーティにふさわしい上級職でいらっしゃる。これは残りのお二人も期待できますな」
局長がタリアーナ姫に媚びいるように香椎のジョブを褒める。確かにバフにデバフに回復まで大活躍のジョブだろう。実験メガネの異名にふさわしいスキルを得たのではないだろうか。本人の得意、俺たちのイメージ通りだ。
「やった!錬金術師やって。うわぁ、めっちゃ嬉しいやん。もしかしてオリハルコンとかエリクサーとかもいずれ作れるんかな。それより二つ名どうしよ?」
「…メガネの錬金術師」
「え、古賀君、それ地味にひどない?なんか妙にゴロが良くて、一瞬納得しかけたんがまた腹立つわぁ」
テンションが上がってすごい早口になっていた香椎が、古賀君の一言でうなだれる。
「…じゃあ、次、僕もやってみる。あ、古賀樹です。こっちだとイツキ コガって言うのかな?」
古賀君の下の名前を初めて知った。
局長が柔らかそうな布で丁寧に針と皿を清めたあと、香椎の落胆を気にも留めず古賀君が進み出る。香椎と同じように左手の親指に針を添えて、一滴の血液が銀の皿に吸い込まれると、再び銀板に光が集まる。
忍者
納得しかない。古賀君、すごく忍んでる。すでに気配遮断レベル完ストしてるんじゃないかと疑うレベル。古賀君の運動神経については知らないけど、言われてみたら忍者一択だったわ。
「おお、古賀様も上級職!三代前の勇者パーティにも顕現したという忍者でいらっしゃったか。やはり皆様こそが今代の勇者!」
本人もまんざらでもないようで、クナイを逆手に構えるポーズとかして見せてる。
「…僕、忍者を極めていつか里を拓くわ。その時は
コラ古賀君、さっきからちょいちょい攻めてるね。おやめなさい!
気持ちを落ち着かせるため、それまで握りしめていた爪切りで左手親指の爪を整えていると、タリアーナ姫と目が合う。
「勇者様、少しお
「アッハイ、海老津です。海老津颯真」
姫にたしなめられてしまった。確かに心の平穏のためとはいえ、姫の御前で爪切りは少し自由すぎたかもしれない。気を取り直して針を手に取る。二人が上級職ということは俺が勇者なのか。
…針で指を突くのって意外と勇気がいるな。じっとりと汗ばんだ指で針を摘まみなおし、指先にそっと立てる。スローモーションのように赤い雫が銀の皿に落ちて広がる。銀板に光が集まり形をとるのはこれまでと同じ。
爪切り
(性豪)
ん゛ん゛っ?
爪切りは好きだし直前まで爪は切ってたけど、ジョブが爪切り?それにその後ろのグレーアウトされた(性豪)!これ完全に二人のイメージからだろ!ジト目で振り返ると二人がスッと目をそらす。
「オホンッ」
前から聞こえてきた咳払いに慌てて前を向き直る。
「あー、えっと。爪切りってなんでしょうね、へへへ」
タリアーナ姫のスンッとした表情に、思わず目を逸らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます