#2 少女たちの邂逅
絡み合うような枝葉の隙間からわずかな陽が差し、どこからか鳥のさえずりが風のように吹き込んでくる。
息を吸うと、樹皮や木の芽のむんとした匂いが鼻の中に広がる。
自分の十六回目の誕生日でもある今日、街のはずれにある森で――。
「しくじった……」
森に住みついてしまったという危険な魔物を討伐しにやってきた私――シエル・クレール――の身体は蜘蛛糸で木に張り付けられていた。
眼前には、自分の身体より三倍ほど大きく、頭部が骸骨のようになっている、毒々しい体色の蜘蛛の魔物・スカルスパイダー。
スカルスパイダーは、八本の脚でカタカタと地面を踏みしめながら、身動きが取れない私に近づいてくる。
よく研いだナイフのような鋭い牙が、音を鳴らしつつゆっくり私の眼前に迫る。
マジで喰われる五秒前。デッド・オア・ダイである。
自分の誕生日を特別視することもないし、誕生日は無条件に素敵な日になるなんてことを思う程、幼い考えもしていない。残念な誕生日なんてざらにあるだろうとわかってはいる。
けれど、これはあまりにも最悪ではないだろうか。誕生日プレゼントとして、死を送られそうになっているのだから。
最近、私は孤児院から独り立ちしたし、冒険者としてある程度一人前として扱われる準二級冒険者にもなった。これでもう一人でも生きていける。そう思った矢先にこの様である。
じっとりとした汗の感触が、じりじりと近づく死の足音を私に告げてくる。
不意に、何年も前に死んだ家族や親友の顔が頭に浮かんできた。
途端に、私は抵抗する気力を失った。
――そうか。このまま、死ねば……。なら、いいか、もう。
私は、受け入れるように固く目を閉じた。
……。
…………。
「……ん?」
しかし、しばらくたっても覚悟していた衝撃がこない。
てっきり、目を瞑った数秒後には、自分はバラバラに引き裂かれてしまうものだと思っていたけれど……。
おそるおそるまぶたを開く。眼前には変わらずスカルスパイダーの姿。だけど、その身体は光の花びらでできた鎖に包み込まれていた。
スカルスパイダーは拘束を解こうと、咆哮をあげながらモゾモゾと暴れるが、一向に鎖がほどける様子はない。
突然の事に呆気にとられていると、
「そこの人、大丈夫ですか?」
少女の声が、周囲に響いた。
「……っ!」
不意を打たれて、言葉が出ない。
目線だけそちらに向けると、人形のように可愛らしい顔立ちの少女が、目をパチパチさせ、こちらをじっと見つめていた。
その視線に捕らえられて、私は身動きができなくなってしまった。
実際、物理的にも捕らえられていて、身動きができない状況ではあるけれど。
そんな状況だというのに、私は現れた少女に思わず見とれてしまったのだ。
くすみがかった黒色の長い髪に、色素の薄い白肌。背は自分よりやや低く、少しほっそりとした身体つき。年は自分と同じくらいに見える。
着ているのは、薄緑色のくたびれた衣服。足には安っぽいサンダルを履いている。
そして、全体的にどこか儚げな雰囲気。
突然の異質な乱入者に声を出せずにいると、少女はやや不安そうな顔をした。
「えっと……もしかして、言葉が通じてないんですか?」
「あ、いや、大丈夫。少しびっくりしちゃって……あなたは?」
私がそう尋ねると、
「自己紹介の前に、ちょっと一仕事片づけちゃいますね」
少女はくすりとほほ笑み、手の平をスカルスパイダーへと向けた。
「えーっと……闇を払え、無垢なる光!」
すると、手から閃光が迸り、光の鎖の中で暴れるスカルスパイダーに突き刺さる。
瞬間。
けたたましい断末魔をあげてスカルスパイダーは爆散し、跡形もなく消滅した。
スカルスパイダーがいた場所は爆発により大きく抉れていた。
それは初めて見る魔法だった。
こんな強力な魔法をほほ笑み交じりに放つなんて、この子は何者なのだろうか。
何はともあれ、どうやら助かったみたいだ。
巻き付けられた蜘蛛糸をどうにかしようともぞもぞしていると、
「ひゃんっ!」
突然、私を縛っていた蜘蛛糸が燃え上がり、一瞬にして掻き消えた。
つい恥ずかしい悲鳴をあげてしまったが、燃えたのは蜘蛛糸だけだ。
少女が魔法で糸を外してくれたみたいだ。
危機が去ったことを実感した途端、全身の力が抜ける。縛られていた木に寄りかかるように私はへたり込んだ。
先ほど変な声をあげてしまった気まずさから、伏し目がちに、
「あの……ありがとう」
と、ボソっとした調子でお礼を言った。
「間に合って良かったです」
少女がにこやかにほほ笑みを返した。見ているだけで、安心感を覚えるような心地のいい笑顔だった。
「あ、そういえば」
場を切り替えるように、少女がポンと手を打つ。
「まだ、自己紹介してなかったですよね。わたしは七尾ひかりです。あなたは?」
「シエル。シエル・クレール」
「よろしくお願いします。シエルちゃん。わたし、まだ異世界からこの世界に来たばかりなので、いろいろと……」
グウウウウウッッッ。
突然、ひかりの腹の虫が大きく鳴り響いた。
その直後、ひかりがばったりと倒れる。
「え? ちょっ……大丈夫? ねえ……」
「すいません。急に動けなくなっちゃって……」
そのまま、ひかりは意識を失ってしまった。
「ええ……」
放っておくわけにもいかないので、とりあえず、私はひかりを近くの街まで連れていくことにしたのだった。
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