#3 自称・転生者の話

「――わたしは前の世界で病死したあと、運よくこの世界で第二の人生を送れることになったんです」


 ひかりはカレーを口に運びながら、こともなげにそう言った。


「つまり、転生者ってこと? ……うーん……」


 私は思わず頭を抱えた。どうしよう。ひかりはちょっとヤバい子なのかも。


 命を救ってくれた恩人とはいえ、一緒に連れてきたのは失敗だったかもしれない。


 あの後、気を失ったひかりを背負い、私は街に戻ってきた。


 街中に入ったところで目を覚ましたひかりはおなかを空かせていた。そこで助けてくれたお礼もかねて食事を奢るべく、ひかりと近くの食堂に来たのだ。


 そして、話の流れでひかりの身の上を尋ねて、今に至る。


「……ひかりさんって……イタイ子だったりする?」


「その反応は分かりますけど、本当なんですってば」


 転生者。世界に危機が訪れると、悪を討ち、世界に平和をもたらす使命を持って神によって遣わされる者なんて言われていたりもする。最後に現れたのはもう何十年も前、魔王によって世界が滅ぼされかけた時だと聞いている。


 そんな存在をひかりは自称している。


 確かに、私は見たこともない強力な魔法を放ち、あっという間にスカルスパイダーを爆散せしめたひかりの姿を先ほど目にした。


 けれど、それだけでひかりが転生者であるとは言い切れないだろう。ちょっと強いイタイ子である可能性も捨てきれない。


 懐疑的な視線を送る私に、ひかりは少し困ったようにほほ笑む。


「まあ、急に異世界から来ました、なんて信じられないのも無理ないですよね。というか、わたし自身、これから自分が異世界に転生したっていうのが嘘みたいだと思いますもん……あ、お代わりもらっていいですか?」


 いつの間にか、ひかりはカレーを食べ終わっていた。


 私の答えも聞かないうちに、ひかりは二杯目のカレーを注文する。確かに奢るとは言ってあるけれど……この子には遠慮というものがないのだろうか。


「いやー、こっちの世界にもカレーってあるんですね」


「カレーなんて珍しいものでもないような気がするけど」


「そうですかね。わたしの中では、異世界にカレーがあるのは少しイメージが違うんですよね……」


 と、店員がお代わりのカレーを持ってきた。机の上に置かれるなり、ひかりは即座に口に運びだす。


「うんうん。やっぱり味の濃いものっていいですね。わたし、ここ数年、薄味のものばかりだったので」


「へえ」


「まあ、それも美味しくない訳ではないんですけど、何か物足りなさを感じまして……。あ、デザート! デザートも頼んでいいですか?」


 私の返事も待たずに、ひかりはまたも店員を呼んだ。注文したのはプリン・ア・ラ・モード。程なくしてそれがやってくると、ひかりは目を輝かせた。


「これがプリン・ア・ラ・モード! わたし、カッププリンしか食べたことなくって。ほら、見てください。プリンを囲むように色取り取りのフルーツ! これが映えってやつですか……。あ、せっかくなので、シエルちゃんも一口どうぞ」


 プリンを一口分スプーンに乗せて、ニコニコしながら、こちらに差し出して来た。


 私は少し躊躇ってから、それを口にする。


 あまっ。


 舌に媚びるような濃厚な甘さが口内に広がる。


「どうですか?」


「まあ、悪くないかな」


 私の返事に、ひかりは満足げに頷いた後、私が使ったスプーンでそのままプリンを食べ始めた。


 それ、間接キスになるんじゃ……。


 いくら、女子同士といえ、出会ったばかりの相手と間接キスすることに抵抗はないのだろうか。


 しかし、下手に突っ込んで変に意識していると思われるのも恥ずかしいので、この件はもう流すことにする。


「ご機嫌にプリンを味わっているところ申し訳ないんだけど」


「ええ。何ですか?」


 ひかりはスプーンを咥えたまま、こちらを向き直った。


「私、この後用事あるから、そろそろ帰るね。お金はここに」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。せっかく知り合えたんですから、もう少しお話ししましょうよ」


 席を立とうとする私を、ひかりは慌てて引き留めた。


「別に初対面の人と会話することなんてないし」


「そんなこと言わないでくださいよ。わたしにとって、シエルちゃんはこの世界で初めてできた友達なんですから」


「……悪いけど、私はひかりさんと友達になった覚えはないよ」


 私はもう誰かと親しくなるつもりはまったくない。


 万が一、失った時に心に大きな苦しみを負う羽目になるのだから。


 私の答えにやや陰りのある顔をして、ひかりはスプーンを机に置いた。


「そう……なんですね。わたし、前の世界じゃ友達がいたことがなかったので、どこからが友達なのかわからなくて。すみません」


「あ、いや……ひかりさんが謝ることじゃないし……」


 意図せずしてひかりを傷つけてしまったみたいでいたたまれない。


「えっと、まあ、私は友達を作る気がないだけで、普通だったらもう友達になっててもおかしくないのかもだし?」


 フォローを入れようとして、とっ散らかっている事を口走ってしまった。


「シエルちゃんは優しいですね」


「え? 何で?」


「わたしを励まそうとしてくれたじゃないですか」


「別にそんなつもりじゃ……うん。そんなつもりじゃないから」


 ほほ笑みを向けてきたひかりに、私はうまく返事が出来なかった。

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