尾ひれと背ひれ

第1話

昨日の雨の天気予報とは打って変わって、快晴となって、とても過ごしやすい日になった。

とある目的があって、僕はここに訪れた。

辺りでは元気よくブランコを漕ぐ子どもや、勢いよく滑り台を滑走する子どもや、砂場で過ごす親子や、微笑ましい光景が広がっている。

それぞれがその瞬間、幸福に満ちていて、そんな姿たちを追っかけていると、日頃の生活で溜まっていく心の淀み、というのか、そんなものが、少しずつ洗われていくように感じた。


ひゅーと、羽織っている服が少しはためかせる風が吹いたとき、我に帰り、視界が広がった時、どのくらいの時間このベンチで過ごしたか、さとるに十分だった。

誰かがあらゆる濃紺のオレンジ色の絵の具で辺りを塗りつぶしていく。

それを合図と知っているかのように、この公園で遊んでいた子ども、過ごしていた親子たちは、一人、また一人と家路に帰っていった。

とうとう僕一人となって、さっきの活気のある賑わいは嘘のようになくなり、人があふれていた空間だったのに、急に広くなったような感じがしてガランとしている。

そんなことを思っていると、ベンチの足元まで黒や濃い紺色などの色で埋め尽くされていて、それでは困ると思ったとき、少なく配置された街灯がぼんやりと点灯した。


明かりに灯され不気味な浮かび上がった小さな建物。

あれは公衆トイレである。

とてもおどろおどろしい雰囲気を放つ。

なぜそういった電灯を選ぶのか。

もっと鮮明で安心感のある光を放つ電灯など、これだけの文明社会であれば探せば見つかるだろうに、などと心の中でつぶやきながらも、反対に、いや、これでいい、と批判めいたつぶやきとは裏腹に本心では思惑通り、で笑みを浮かべていた。

全ては合理的か否かで決裁され進んでいくが、本来人間というものは、合理的なものではないのだ。

合理を純度百で埋め尽くされ出来上がったものの中で生きていたとしても、たしかにそうね、などと理解しても、生活を豊かにし、不便を便利にしたように見えても、結局のところつまらなくて、愛情もなく、浅はかで、重みのない不合理なものとなるのだ、と感じるのは、おそらくは、僕がそのように人生を過ごしてきたからに違いない。

なにに感情を覚えるのか。

年を経るにつれて口数も少なくなり、だらだらと長く話していた言葉も短く論理的で合理的になり、これまで見るだけで心躍ったものに興味をなくし、あらゆるものがまやかしに見えてしまい、目に光沢感が失われていく中、僕の心を踊らし、目に輝きをもたらせてくれる瞬間を。


エスカレーターに規律正しく整列し、姿勢良く登っていく姿を見て、僕はなら階段で登ってやる、と。

僕の抗い方なんて所詮この程度で、なにかを成し得たわけでもなく、ただ好きなように生きているだけで、彼らに敬いの念も持っていることを、自分の中で否定できないことも十分に知っている。

ただ、あのエスカレーターの中を迷惑もルールも顧みず、ヘラヘラとチャラチャラと格好だけで登っていくやつを僕は糞だと思っていることは間違いない。

人があちらに向かえば、なぜか反対に歩く自分に気付き、人があちらに群がれば遠く離れ、自分がいるところに人が集まってくれば、その場を離れる。

そんなことを繰り返しているから、なんにもならない、が、それらを僕の核なるものが拒否するというのならばそういうことであろうし、それに抗い従順になることを僕というものが拒否するのならば、そういうことで、僕が僕であるように、中二病を拗らせたまま生きながらえるしかあるまい。


この流れにふととして気付いた時に、僕は僕に抗い、その波に乗り、乗る続けるために努力をしたが、結局のところ、僕にもたらしたものといえば、仮面を被り、精神をおかし、更に拗らせ不健康となった。

自死を考え結構するも妙なことに失敗に終わってしまう。

どうしろというのだ、このまま生き続けろ、というのか。

絶望の中、ただただ時の流れの中を過ごしていたわけだが、時、というのは、不思議なもので、そんなものはどうでもよく感じてしまうどころか、記憶の中にあるだけで、生きるにあたって、差し障りがないものになってしまった。

僕を生きることをはじめてから、不摂生な生活を送ってはいるが、病気になることもなく健康的に生きているわけだから、あのとき死んでいたならば、成仏することなく、僕はここへ幾度となく見える人には見える形で現れることになったのかもしれない。

もしそんなことがあるのならば、非常に恐ろしいことで、僕は現世で納得できる生き方を選び、未練ないように生きたいと思っている。


とはいえ、現世に息苦しさを感じ、楽しくない毎日を過ごし、死を選ぶ人も少なくないのは事実のことで、これについては非常に悲しく思う。

どうあがいても、努力しても、頑張ったとしても、息苦しく感じるのは、ジタバタした人は仕方がないことで、列に並ばずに、他の歩き方や進み方があるのだ、と考えた方が楽なのだ。

嘲笑されたり、蔑まされたり、暴言を吐かれたとて、意に介さず、放っておけばよいのだ。

所詮、数が多いだけであり、なんの疑いもなく、それを信じその通りに生きている。

そして、それらが間違いであったり、瓦解したとき、そのことは棚に上げ、また新たな秩序に白々しく並んでいる、というものだ。

てへってな表情を見せるものだ。

不良とかヤンキーなどと言われる輩も、同じような風貌とオラオラとした雰囲気を持った輩同士で集い、まともそうな人間を標的にし、何もしてこないことを知っていて、それをいいことに勝った気になっている悲しい人種で、彼らの大半も一人でなにかをできる度量もなければ、度胸もない、現在の問題について根本的な解決策を練らないでいて、ただそのままでいいなどと嘘を付き合い、変な仲間愛を持った、ただ傷の舐め合いをし続ける人間なのだ。

人間なんてそんなもので、それが分かっているならば、息苦しさを感じる生き方を選ばず、あなた自身の生き方を選べばいいのだ。

幼少期の時に描いた、わたしは、ぼくは、しょうらい◯◯◯◯になりたい。

そんな純粋に思い描いていたことを思い出し、それを起点に辿って行けば良いのだ。

本来自分がやりたかったことのヒントや生きたかったことが見つかるかもしれない。


びゅーとまた風が吹いた。

その風に体を震わせた。

公園辺りの街灯は消えていて、一日の終わりを合図していた。

ぼーっと頭の中でいろんなことを問答していたら、なかなかの時間が経過していたらしい。

このベンチから先に見える街灯に照らされ、不気味に浮かび上がる公園にある公衆トイレ。

夜が深まるにつれ、異様な雰囲気を放つ。

間違ってもあの公衆トイレでは用を足したくない。


そこに今回の二人の仕事のパートナーがやってきた。

彼らは僕にとって数少ない気の合う友人であり、阿吽の呼吸ができる仕事のパートナーである。

頻繁に会うわけではないが、幼少期から見ていたメディアや書籍、雑誌などについて語り合ったり、現在従事している仕事について語り合ったり、業界の展望を話し合ったり、何気ない世間話からこういった話になったときは、熱くなって、時間も忘れて朝まで語り合う、そんな仲である。

現在はまったくつまらない。

子ども騙しの作品だ。

どれもこれも、現実ではなく、画面上で操作されたものでしかない。

そんな嘘に僕の心が踊るわけがないだろう。

僕たちは本物を作るのだ!

そんな信念をもったパートナーなのだ。


僕たちは少しずつ鼓動が高まっていくのを感じた。

恐怖も大きく感じているが、仕事のときはいつもそうである。

実際に恐い思いをしたことも多々あるからだ。

いろいろな感情が入り混じったカオスな状態の中、仕事道具を大きなバッグから取り出し準備する。


僕たち三人はそれぞれ準備が完了したのを確認し、あの街灯の光で浮かび上がった公衆トイレに目を向け歩き出した。

ざっとざっと僕たちの足音だけが僕たちの耳に入ってくる。

半径10メートルのところで、合図したわけではなく、立ち止まった。

それは偶然ではなく、この仕事の作法、というもの。

こんな状況にも関わらず、僕たちは無意識にそれをやるというのは、分かっている、というのか、お行儀がいいのか。

静寂に僕たちの高鳴っている鼓動の音だけが僕たちの耳に入ってくる。


足をジリジリといわしながら、少しずつ距離を縮めていく。

こんなに静かな空間にも関わらず、耳の中があらゆる音で大変煩い。

すると街灯と公衆トイレの間、あれは茂みだろうか、灯りが届かず場所が把握できないが、その間にある漆黒の空間に白いものが突如として浮かび上がった。

それが何であるかは分からないが、なにかが浮かび上がったことは確かに確認できている。

それは早くはないが、こちらに向かってきているようにも感じる。

時折、カクッとした動きをするのも不気味さと、僕たちの恐怖感を煽った。

僕の体を、ぽつ、ぽつっと鳥肌が走っていくのを感じた。


僕たちはその場に立ち尽くし、その現象を凝視していた。

確かにこちらに向かってきており、あの白い物体は距離を縮めてきている。

あれは間違いなく生首である。

ここの公衆トイレでは、落ち武者の生首の目撃例が多々あり、その噂を耳にした僕たちはそれを撮るためにここへやってきた。

あれは間違いなく落ち武者の生首である。

目が虚ろでふわふわと浮遊しながら、こちらの方へ向かってくる。

すると落ち武者の生首はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

そしてゆっくりとこちらに視線を送った。


私たちの恐怖は破裂し、ベンチに置いていた道具を回収するため、ベンチに思いっきり走った。

後ろを振り返ると、なにやら念仏みたいなものを唱えながら、僕たちを追いかけてくる。

バトンを受け取るようにベンチに置いていた道具を回収し、公園を飛び出し、明るいところまで一気に走った。

人の邪魔にならないところで崩れ落ちた。

先ほどの恐怖の体験を頭の中で振り返りながら、乱れた呼吸を整えた。


どうだ、という視線の合図に、完璧だ、という合図を返した。

プレビュー機能を確認してみると、先ほどの恐怖体験の一部始終がハッキリと写っていた。

あの噂は本当だったのだ。

僕たちは歓喜した。


……………………………………..


とある夏。


「心霊番組はじまったよ。」

「まじで!ジャストタイミング。楽しみにしていたんだよ。」

「あ、これってモザイクかかって分かりにくいけど、うちの近くにある公園じゃない??」

「あ、ほんとだ。」

「たしかに落ち武者の生首の噂あるよねー。」

「小さい頃からあったよね。だから暗くならないうちに家に帰ってこい、って親によく言われてた。まだ、そんな噂あったんだ。」

「そうそう、あの公衆トイレね。」

「ああ、俺たまにあの道通って帰ってくることあるよ。」

「そうなの??真っ暗だから危ないんじゃないの??」

「あそこはねー、でも歩いているところは街灯ぽつぽつあるから明るいし、散歩とかランニングしている人いるよ。近道になるし。」

「あ!ほんとに生首じゃん!てかあれ。。。??これあんたじゃん??」

「はは(笑)そんなわけないでしょ!いや、あれ??俺じゃん。」

「そういえばあのときロン毛だったよね??」

「そうそう。めっちゃ笑ってる。。。それが気持ち悪い。。。」

「ああ、思い出した、あの時だ、緊急ってことで友達からメッセージがきて何事だ、と思って見たら、馬鹿みたいな内容でさ。しかも手が込んでいてさ、長い文章でさー。。。。。

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