ふたりのツーリングライフ

小林一咲

♯1 いつか、俺たちの道は再び――

 エンジンの唸りが心地よいリズムを刻む。


 俺はいつものように週末のツーリングに出ていた。青い空が無限に広がり、頭上には白い雲がぽっかりと浮かんでいる。バイクの背に身を預けながら、夏の風を全身で感じるこの瞬間がたまらない。


 俺にとって、バイクに乗ることは自由そのものだった。道路を風切り、景色が流れていく感覚は、日常のすべてを忘れさせてくれる。


 目的地は岬。海岸線に沿ってカーブが続き、程よいスリルと美しい景色を同時に楽しめる絶好のスポットだ。峠道を抜けると、眼前に広がる青い海と白い波。岬に到着すると、バイクを停め、俺は風景を眺めながら深呼吸をした。この場所は何度来ても飽きない。


 しかし、その日はいつもとは違っていた。岬の駐車場には一台のバイクが先に停まっていた。黒いボディに赤いラインが入った、それは一目見ただけで分かる高性能のマシンだ。近くに立っていたのは、ライダースーツを着た女性だった。黒のジャケットにタイトなジーンズ。長い髪が風に揺れている。その背中からはどこか孤独さを感じた。


「こんにちは」


 俺は自然に声をかけていた。


 彼女は驚いたように振り返り、ヘルメットをゆっくりと外す。現れた顔は、涼やかな目元と、どこか儚げな表情が印象的だった。俺はその瞬間、心臓が高鳴るのを感じた。


「こんにちは」


 彼女が返す。

 その声は控えめだが、どこか芯の強さを感じさせた。


「ここ、よく来るんですか?」


 俺は尋ねた。


「ええ、時々」

 

 彼女は海を見ながら答えた。


「この景色、好きなんです」

「俺もです。風が気持ちいいですよね」


 二人はしばらく無言で海を眺めた。波の音だけが耳に届き、俺は彼女の横顔を盗み見る。美しいがどこか寂しげだ。その表情に、何か触れてはいけないものがあるような気がして、俺は何も言えずにいた。


「バイク、好きなんですね?」と彼女が口を開いた。


「ああ、これがなければ生きていけないかも」


 俺は冗談めかして答えたが、心の底からそう思っていた。


「君は?」

「私も同じ。走っているときだけ、自由になれる気がするんです」


 その言葉に、俺は深く共感した。彼女も俺と同じように、何かから逃れるためにバイクに乗っているのかもしれない。自由を求めて風を切る彼女の姿を思い浮かべると、不思議と親近感が湧いてきた。


「次はどこへ行くんですか?」と俺は尋ねた。


「まだ決めていません。でも、どこか遠くへ行きたい気分」


 彼女の言葉には、どこか現実から逃れたい願望がにじんでいるようだった。


「じゃあ、一緒に行きませんか?」俺の口からその言葉が出たのは、ほとんど無意識のうちだった。驚くほど自然に。


 彼女は驚いたように俺を見た。「え?」


「いや、もし嫌じゃなかったらだけど。せっかくだし、少し一緒に走りませんか?」


 彼女は少し考えるようにしてから、微笑んだ。「それもいいかもしれないですね」


 二人はそれぞれバイクに跨り、エンジンをかけた。バイクが同時に唸りを上げ、俺たちは岬を後にした。彼女の後ろ姿を追いかけながら、俺は胸の中にじんわりと温かい何かが広がるのを感じていた。風が顔に当たり、視界にはただ道路が続く。


 岬を離れ、峠道に入ると彼女はペースを上げた。俺もそれに合わせてスピードを上げる。カーブを抜けるたびに、二人の距離が縮まっていくような気がした。速度を上げるたびに、心の中にある不安や孤独が風に吹き飛ばされる。彼女もきっと同じ気持ちだろう。


 しばらく走った後、休憩のために二人で小さなカフェに寄った。テラス席に座り、アイスコーヒーを頼む。海を見下ろす絶好のロケーションで、穏やかな時間が流れていた。


「楽しいですね」と彼女が微笑んだ。


「こんな風に誰かと走るの、久しぶり」

「俺もです。いつもは一人だから」


「一人の方が気楽じゃないですか?」


「そうかもしれないけど、今日は不思議と寂しくなかった」


 彼女は俺の言葉に少し驚いた様子で目を丸くしたが、すぐにまた微笑んだ。


「そうですね、今日は特別かもしれない」


 その笑顔に、俺は言葉を失った。こんなにも自然体で、心地よい時間を過ごせる相手がいるとは思わなかった。何かが始まる予感がした。


 その日、俺たちは海岸沿いをさらに走り続け、太陽が沈むまで一緒にいた。夕日が海に溶け込む頃、彼女はふと「また会いましょう」と言ってヘルメットをかぶり、再びエンジンをかけた。


「必ずまた会おう」と俺は手を振った。


 彼女のバイクが走り去る後ろ姿を見送りながら、俺の心には確かな何かが残った。それは、風のように形のないものかもしれないが、間違いなく俺たちを結びつける絆だった。


 それからというもの、俺は週末になるたびに岬へ向かった。彼女と再び会うために。でも、あの日以来、彼女の姿を見ることはなかった。


 しかし、俺は確信していた。彼女はどこかで走り続けている。俺たちの物語は、まだ終わっていないと。


 フルスロットル――いつか、俺たちの道は再び交わるはずだ。



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お読みいただき、ありがとうございます。

普段はファンタジーを中心に書いております、小林こばやし一咲いっさくと申します。

以後、ご贔屓によろしくお願いします🥺


もしこの物語を楽しんでいただけたなら、他の作品もぜひチェックしてみてください。


『凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818093078401135877

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2024年10月8日 18:00
2024年10月9日 18:00
2024年10月10日 18:00

ふたりのツーリングライフ 小林一咲 @kobayashiisak1

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