第2章 コンシーター

第18話 大人でも泣きたくなる事はある

 ナイトメアを倒した。

 倒した。倒した。

 

「はっ……はっ……」

 

 とにかく走り回った。ナイトメアの居る場所に。瞬間移動なんて出来ないから。

 

「そこの!」

 

 そんなことをしていればとっくに夜になっていて、それでも全く足りていないのだと走り出そうとしたのに。

 

「…………っ」

 

 呼吸が乱れる。

 疲れてるだけじゃない。目の前に、魔法少女が居るから。

 

「魔法少女は要らないって言ったよな。アレ、どういう意味だ」

 

 怖い。

 どうしたら良い。俺の見た物を言葉にしてしまえば、どうなる。

 

「そのままの……意味だ」

「ちゃんと言えよ! 何で魔法少女が要らないって言ったか聞いてんだ!」

 

 言えない。

 俺が見た光景を、当の魔法少女である目の前の彼女には伝えられない。

 

「俺が、俺がっ……ナイトメア、全部倒すから。だから、魔法少女は要らないんだよっ!」

 

 俺の声は震えてる。

 それを隠そうと声を張り上げたんだ。この感覚を俺は知ってる。中学校の時以来だ。泣きそうになるのを隠して、こんな声を出したのは。

 

「本気で、言ってんのか……?」

「当たり、前だ……っ!」

 

 俺が、力があるんだから。俺がどうにかしないといけないんだ。そうしないとダメなんだ。

 

「現実見ろよ。この世界でどんだけナイトメアが出てきてるって思ってんだ」

 

 それに、と彼女は続けた。

 

「そうやって走り回って倒せるナイトメアなんて知れてるだろ」

「……うるさい」

「お前が強えのは知ってる。でも、それはナイトメアを倒す力だけだ。どうやったって、お前一人じゃナイトメアを全部倒すってのは無理だろ」

「うるさいっ!」

 

 お前に、言われなくたって……!

 

「うっ……く」

 

 みっともなく泣きそうになった。

 涙が溢れそうになった。

 

「……大丈夫か?」

 

 止めろ。

 可哀想なヤツだなんて思うな。俺は可哀想なんかじゃない。どうしようもないクズなんだ。本当に優しさを、手を差し伸べられるべきは。

 

「俺に……それは、必要ないっ」

 

 お前たちだ。

 

「あ、おい!」

 

 頭に置かれた手を払う。

 そして、俺は逃げ出した。

 

「鞄、片岡さんのところに置きっぱなしだ」

『…………』

 

 どうにも、遠くでナイトメアが出たらしい。バスに乗るにも、電車に乗るにもお金がないと。

 早く行かないと。

 

「あ。おかえり、穂村くん」

 

 部屋着の片岡さんが迎えてくれる。

 

「…………何かあったの?」

「何でも、ないです」

 

 答えられない。

 前の俺と同じ場所に立っているこの人に、俺は話せない。

 この真実がどれ程に苦しいものかを知っている。

 

「そっか」

「聞か、ないんですか……?」

「言いたくなったら話してよ。待ってるから」

「……はい」

 

 鞄を取って「すみません。ありがとうございました」と部屋を出ようとして腕を掴まれた。

 

「何処行くの?」

「……少し離れたところにナイトメアが出たみたいなので」

「今から?」

 

 片岡さんが「ホルトさん、それいつの話?」と聞く。

 

『三十分前、じゃな』

「なら、もう他の魔法少女が倒してるよ」

 

 片岡さんは俺の身体を引き寄せて、抱きしめる。

 

「……穂村くん。ちゃんと休みなさい」

 

 俺には、片岡さんの事を振り解けなかった。片岡さんから感じる、人肌の温もりを心地よいと思ってしまったから。

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