第16話 俺は、魔法少女じゃない
雨が降る中で、ビチャビチャと俺の口から酸っぱい物が流れ落ちていく。
「……ゔ、ゔぉえええっ」
ナイトメアを倒した。
声が聞こえた。
いつも通りだ。
その場で膝をついてしまう。
込み上げてくる吐き気が抑えられなかった。気持ちが悪くて仕方がなかった。
「何、だ……何、なんだよっ……!」
魔法少女から、ナイトメアが。
腹を割いて生まれ出てきた。そんなナイトメアを倒したからと言って青木さんが帰ってくるなんて事はなかった。
倒し方を工夫した。あの身体の中に青木さんがいるかもしれないと思った。
見つからなかった。
だから、いつものように。
「ナイトメアって……魔法少女って、何なんだよ!」
ナイトメアは魔法少女の腹から出てくるんだとしたら、魔法少女は。
「いつ、だ……いつから、ナイトメアは」
青木さんの腹の中に居た。
『……少なくとも彼奴は気がついとらんかった様子だったぞ』
だから、青木さんも不思議そうな顔をしていたんだ。ナイトメアが腹を引き裂くあの瞬間も。
「……北上さん」
最悪が脳を塗り潰す。
「待、て……待ってよ。待ってくれ」
俺が助けた少女が、俺に憧れて、魔法少女になってしまった。
もし。
もしも。
あの子が青木さんと同じように、ナイトメアを生むのだとしたら。
「それじゃ、俺が……殺したような、モンじゃ」
心臓が潰れるような感覚がした。
「あ、ああ……ああああああああああァァァァァァァアアアアッッッ!!!!」
最悪な未来を否定したくて叫ぶ。
北上さんが死んでしまう未来を嘘だと思いたくて。それでも、消えてくれない。
「────ナイトメアが出たって聞いて、急いできたんだけど」
立ち上がれないままでいる俺の近くに新たな魔法少女がやってきた。
「ナイトメア居ないなぁ。あ、そこの人。もしかして、もうナイトメア倒しちゃった?」
なんて能天気。
何も知らない少女が立っている。
「…………」
「え、あのー!?」
俺は答えずに逃げる事にした。
目の前の少女からナイトメアが生まれる光景を想像してしまって、恐ろしくて仕方がなかった。
「ホルトさん」
『何じゃ』
「俺は……違うのか」
ホルトさんは『……お前さんからナイトメアが生まれる事はない』と。
「そっか」
俺はああして死ぬ事はないというのを聞いて、少しだけ安心してしまった。目の前で青木さんが死んだのに。
ナイトメアのせいで周囲は破壊され、多くが死んでしまったのに。
「…………」
随分と、歩いた。
雨の中を目的もなく。家に戻りたいとも思えず、歩き続けていた。ここが何処かも、進む方向も何も考えず。
「穂村くん?」
覚えのある声に俺はゆっくりと顔を上げた。
「……そんな格好でどうしたの?」
ああ、そうだ。
変身したままだったんだ。
「ナイトメア出てたんだっけ。倒した後、どこで解こうかで困ってた感じ? 私の部屋使って良いよ」
傘をさした片岡さんはスーツ姿だ。仕事終わり帰宅途中のようだった。
「ほら、入って」
そういって、傘の中に無理矢理入れられる。
「……ありがとうございます、片岡さん」
「穂村くん」
部屋に着くまで、片岡さんは何も聞いてこなかった。今は片岡さんとすら話をしたいと思えない程に、俺の気分は最悪だった。
「…………」
片岡さんの部屋に着いても、俺は直ぐには変身を解けなかった。たったそれだけの気力もなかった。
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