第15話 ナイトメア

 

 ヒビが入ったと言われてから一週間。

 基本的に動けないことはないけど、走ったりジャンプしたりって事が出来ないままの状況。

 仕事は出来ないことはないからとやっていた訳で、北上さんから魔法少女の手術が終了したことを聞いた。

 魔法少女の手術をしたってことは、どこに所属するか決まったってことなんだろう。

 

「あ、ここに署名と印鑑を」

 

 と、思ってたらウチだった。

 他にあったんじゃないか、とか思ったけどウチに決めてくれたんだから俺がとやかく言ってもおかしいか。

 

「ありがとうございます」

「北上さんが魔法少女か……どこで働きたいとかはありますか?」

「どこでも大丈夫ですよ」

「そうですか。まあ、その辺りは私に決定権ないですけど。これからの詳しいことは魔法少女人事部の人にお願いする事になってます」

 

 俺は魔法少女人事部に引き継ぐので、と部屋を出ようと思ったら。

 

「やっぱり信用できる人が居ると良いですね」

 

 北上さんは俺を見て言う。

 それが理由だったんだ。

 

「私、ですか?」

「はい。美波も言ってましたし、それに真摯に向き合ってくださいましたから」

 

 好条件は他にもあったろうに、でもこうやって信じてもらえるのは嬉しいし。

 

「ありがとうございます」

 

 思わず顔が緩んでしまった。

 部屋を出て人事に引き継ぎしてから自分の部署に戻ると、嶋さんが「契約取れたの久々じゃない?」と聞いてきた。

 

「まさか本当に来るとは」

 

 俺も信じられなかった。

 

「何でウチだったんだろうなぁ」

「いやぁ、何でですかね」

 

 理由はわかってても、俺の口からは言えない。気持ち的にも。

 

「にしてもついこないだ来たばっかだよな」

「色々早いですよねー」

 

 俺と嶋さんでウンウンと頷く。

 魔法少女になるのも、どこの企業に所属をするかを決めるのも。

 よくよく考えてみると、どっちも俺が理由になってる気が。

 

「穂村が契約取れた祝いで今日も飲みに行くか?」

「良いですね……って言いたいところですけど。今ヒビ入ってるんですよ」

 

 変に盛り上がって悪化したらバカにも程があるんじゃない?

 

「あー……んじゃ、やる時は快気祝いでやるか」

「それまでに嶋さんも契約が取れてれば、お互いハッピーじゃないですか?」

「無茶言うなよ」

「ですよねー」

 

 それから仕事に戻った。

 定時になって、俺は今日はもう帰る事にした。

 

『足、痛むかの?』

「まあ、走ったり飛んだりすると?」

 

 ホルトさんが話しかけてくる。

 

『変身すれば治せるぞ』

「マジでか」

 

 変身すげぇ。

 

「んー……そうだな。あれ、でも今治ったら回復速度早すぎね?」

 

 人間逸脱してると思うんだけど。

 

『そう言われるとそうじゃの』

「治す方法あるのに治せないって……」

 

 でも普通はそんな一瞬で治す方法とかないんだから仕方ない。これはちゃんと治るまで待とう。

 色々疑われるのも嫌だし。

 

『今、ナイトメアが出てきたら最悪じゃのう』

「あ、それフラグ」

 

 そう言う噂話でも出てくるんだよ。

 ナイトメアは悪夢みたいなヤツなんだ。お化けの話してると寄ってくる、的……な。

 

「ホルトさんがそう言う事するから!」

『わ、儂のせいか!?』

 

 ナイトメアが現れた。

 街は混乱、全員が一斉に走り出した。

 気がつけば道ゆく人はほとんど居なくなっていた。俺は逃げ遅れた。

 

「俺今走れないんだけど!」

 

 こんな街中で変身するわけにもいかない。誰かしら、何かしらがナイトメアを撮影してる。

 

「し、死ぬ!」

 

 ナイトメアが迫ってくる。

 使えるのに使えないが多すぎるぞ!

 

「────ハァアアアアッ!!!」

 

 突然、ナイトメアの身体がのけ反った。

 飛来してきた何か。いや、アレは魔法少女だ。

 

「本日より現場復帰です!」

 

 ウチの魔法少女、青木さんだ。

 

「現場復帰ということで、ナイトメアを倒します!」

 

 光弾がナイトメアの身体を撃ち抜く。

 ナイトメアの攻撃を危なげなくヒラヒラと避けて攻撃を見舞う。

 

「いきますよ……必殺ホーリー・レイン!」

 

 無数の光がナイトメアの身体に向かって雨のように降り注ぐ。一つ一つは微々たる物でも確実に身体を削っていく。

 本当に調子が良さそうに見える。

 

「これが青木さんの……」

 

 ビデオの時ほどとはいかないまでも、それでもだいぶ良くなったらしい。やっぱ休みって大事だよな。

 

「大丈夫ですか、穂村さん!」

「ん、ああ。おかげさまで」

「いや、良かったです」

「体調戻ったのか?」

 

 青木さんは俺の方に近づいてきてVサインを見せつけてくる。

 

「はい! 今日は調子いい気がします!」

 

 何か、におう。

 血のにおい。俺は思わず顔を顰める。

 

「青木さん」

 

 怪我をしてない、はずなのに。

 

「青木、さん……?」

 

 青い髪の魔法少女の口から赤い液体が溢れた。血の臭いが漂う。

 

「ど、うし……ました、穂村さん?」

「青木さん、血が」

「え……血、ですか?」

 

 ここでようやく青木さんは気がついたらしい。

 

「あ、え……? 今日は攻撃当たってない、ですけ……あっ、ぐっ、ゔぅうううっ!!」

 

 突然に苦しみ出して、呻めきを上げて。蹲る。


「おぐっ、ゔぇ、げぐ……うゔぁああああああアアアアアア!!!!」

 

 先程までの笑顔が、苦悶の表情一色に染まる。

 

「青木さん!」

 

 駆け寄った瞬間、青木さんの腹の辺り、内側から黒い何かが突き破った。

 それは内側から青木さんの身体を喰らっていく。黒くて、段々と巨大になっていくそれを俺は呆然と見つめて。

 

「────────!」

 

 完全に形になったそれが現れた瞬間、周囲に破壊の衝撃が走った。

 

『変身しろ!』

「マジカルチェンジ! ピースラヴァーッ!!」

 

 咄嗟だった。


「…………」


 身を守るためだった。ただ目撃者は居ないことが変身した後で理解できた。

 

「…………ナイト、メア」

 

 目の前の存在を見上げる。

 悪夢のような現実に、俺は踏み込んでいく。

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