遭難した転生者

⒈プロローグ-前半


――痛い。眠い。疲れた。喉が渇いた。腹が減った。帰りたい。自分は、こんな何も判らない土地で死んでしまうのだろうか。


 嫌だ。死に....た..く..な......い......



 

――2日前。


 

 前日まではいつもと変わらぬ日常の続きだった。

 

 いつもと同じ様に


 母に叩き起こされ、


 用意された朝食を食べ、


 ほんの少しだけ遠い学校に行き、


 授業を受け、


 友人と語り合い、


 部活をして、


 家へ帰る。


 そんな普段と変わり映えのない、平凡な学生の生活を送っていた。

 

「変化」が欲しいと願った事はある。


 特別な「何か」になりたいと思った事もある。


 だが、「其処」へ至る為の努力は行わず、

明日が昨日や今日の連続である事を疑いもせず、自身が恵まれていた事にも気づかない。


 そんな、日常を味わいもせずにダラダラと生きていた事に対する罰だったのか。

 

 ベッドで寝ていたはずなのに何故か背中に硬い異物感を覚えて目を覚ました時、


そこは、


何処とも知らない荒れ果てた只っ広い大地の上だった。




 ――転移1日目



 自分は歓喜し、直後に絶望した。


 起きた時、目にしたのは知らない天井ではなく、青い、青い空だった。

 

 当初は、は明晰夢なのだと思っていた。


 寝る時は気絶した様に眠るせいか、夢もあまり見ない生活で、明晰夢なども一切、体験したことがなかった。


 人生初の明晰夢に少しの興奮を覚えつつ、夢ならば何でも出来るのではないかと思案していると、ふとある事を思い付き、頬を抓ってみた。


 感じるはずの無い痛みを感じた。


 もう一度抓っても痛みを感じる。


 直後、が夢では無いのだと判った。



 混乱した。



 何故、こんな場所にいるのか?


 いつからここに居たのか?


 学校は?起こしに来る筈の親は?朝食は?


 判らない事だらけだった。


 狂い出す寸前だった自分の思考は一つの思いつきによって繋ぎ止められた。


 

「ここは異世界なのではないか?」

 


 そう考えると、自分の状況が冷静に判ってきた。


 ここは異世界で、自分はこの世界の誰かに召喚されたか、突然の不思議な謎の力によってこの世界に突然転移したのだろう。


そして、この世界は剣や魔法が跋扈する様なザ・異世界に違いない。

 


 試しにファイヤーボールと呟いた。

 ―何も起こらなかった。

 


 ステータスオープンと言ってみた。

 ―何も出なかった。

 


 その後も、オプション、設定変更、召喚、ログアウト....色々と叫んだ。


それっぽい魔法陣も地面に描いてみたし、自分の身体能力が格段に向上したのではないか付近を走り回ってみる、などと、様々な事を試してみた。


 その結果として判った事として、


ここは自分が知らない場所で、

自分には特別な何かがある訳でもなく、

自力では家にも、知っている場所にも行けない、帰れないといった、


最初からわかりきっていた事だけだった。




 ――転移2日目



 昨日はひたすらに太陽が昇ってくる方角へ歩いていた。

 

 砂漠では気温による熱中症よりも日光による日射病の方が怖いという浅めの知識を元に、着ていた衣服をなんとか日光を遮る様に頭と上半身を中心に着直し、体温が上がらない様に激しい運動は避けつつ、只ひたすらに歩き続けた。


 転移初日は異世界転移という、インパクトが大き過ぎる出来事で思考と感情がいっぱいいっぱいで碌に生き残る事を考えなかった。


 お蔭で体力は擦り減り、喉は渇き、腹が減った。


 しかしながら、付近には水場も食べられそうな動植物も在らず、唯一あった2メートル程の岩の陰に隠れて眠る事しか出来なかった。


それに眠ろうとしても、明日への不安とが夢であるという現実逃避と、もう元の生活には戻れないだろうという半ば確信に近い想像で思考がこれ又いっぱいになり、啜り泣きながら丸々って夜風を凌ぐ他なかった。


 そして、朝に目が覚め、前日と同じ青い空が見えた事によって、諦めと決心がつき、少しでも長く生きる確率を上げる事にやっと専念し始めた。



 かれこれ数時間も歩き続けた頃、脱水からかなのか、頭痛と疲労によって体から力が抜けかけた。


 地平線の先には未だ岩以外の構築物が見えず、動植物も一切いない。


 あぁ、もうすぐ死んでしまうのかと思った時、目の前にいきなり空から水が降ってきた。


 雨では無い。それはまるで滝のようだった。


 水が空の何も無い空間から流れ落ちて、滝壺を作り、そこを水でいっぱいにした。


 自分は咄嗟に滝壺の様に水流で凹んだ地面に溜まった水を飲んだ。その水はそれまで飲んだどんなジュースよりも味がしなかった。


それなのに、心の底から美味しいと思えた。



 水を飲み干し、ついでに汚れきった体を清め終わった頃、何故急に水が、それも雨ではなく滝のように降ってきたのか考えた。


 自然現象なのかとも考えたが、学がない為にそちらの方では判らなかった一方で、ここは異世界であると思っている信じ込んでいる自分が一つの仮定を導き出した。

 


 この場所はやはり異世界であり、あの急な滝は自分よりも上位の存在が引き起こしたもので、その悪神のような存在は自分をここに転移させた張本人であり、自分が必死になって生きようともがく様を見て楽しんでるのではないか。

 


 そう考えると、無性に腹が立った。



 それと同時に、絶対に死ぬものかという確固たる意志が自分の心に刻み込まれたのを実感した。




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