第二話 宇宙

「ア。凄え..俺。飛んでる?」

 宇宙空間の中で「フワフワ..」浮遊する冴えない惑星地球。其の冴えない惑星地球内に存在するト或る冴えない地方都市。其の冴えない地方都市の更に冴えない某地域の夜中、冴えない小道にて「フワフワ..」浮遊する目が冴えたゴロウは驚いた。

 (ン?..これってモシカシテ、俺。死んでる?)

 ゴロウの事件現場には、警察の黄色い立ち入り禁止テェプが「ぐるり」張り巡らされて居て、其の周辺には沢山の警察車両と、ホンの一台の救急車。そして事件現場を「グルリ」取り囲む、チト鼻息荒い野次馬集団。暴動間近。日常が殺人事件とは全く無縁の長閑なベッドタウン。平和が故に、日々全く出動する機会が無い地元の警察署。地元住民達からは給料泥棒の嫌味が飛び交う事シバシバ。この日は非番だった警察署長も急遽駆け付けて、署内全ての警察官が現場に大集結。今夜此処に集まった地元の野次馬連中達に、警察官としての勤務振りを然り気無く自己アピィル。

 (今この機会を逃したら次は無い..)

 そんな想いで現場に駆け付けた全警察官の制服は、意図的にシッカリと糊が利いたモノ。履いて来た黒い革靴も勿論「ピッカピカ!」の完全な出来レェス。ゴロウの遺体の廻りには大きな青いビニィルシィトが被されて居て、野次馬連中には中身を拝む事が出来ない。しかし野次馬達は、この大きな青いブルゥシィト内側の世界に“嘗ては同じ人間だった『元人間』が隠されてる..”其の様に想像するとツイツイ卑猥な興奮を覚えてしまう。ホンの一瞬でも構わない、人生で一回だけで良いから“死体”と云う奴を見てみたい..でしょ?読者の皆さん?

 (触んのはチト気持ち悪いけど、関節部とかって手動でロボットみたく「カクカク..」可動出来たりすんのかなァ?..うえッ!想像しただけでも気持ち悪ィ..ケド見たい!)

 他人の不幸は蜜の味、所詮は他人事だ。人間誰でもヒトの不幸が愉快で堪らない性質を持つ。

 (俺の死体なんかワザワザ見に来て一体何が面白いんだ?しかも奴等、持ってるカメラで俺の現場を一生懸命撮ってやがる..俺は機関車やグラビアアイドルじゃ無えぞ馬鹿野郎ッ!トットと帰れッ、トットと散れッ、で、死ねっ、虫共が..)

 ゴロウは、空中から見下ろす自分が、ソノ自分が小道にて横たわる自作自演の様子を冷静に見詰めながら、(一体オレの身に何が起こったのか?)ユラユラ空中に浮遊しながら“一人押し問答”を始めてみた。答えが出る迄ゴロウが問いてゴロウが説く、只ソノ繰り返しの言葉遊び。勝ち負けは無いし、自身が納得する答えが出て来る迄チト時間も掛かる。だが最後には確実に研ぎ澄まれた名解答が「ピカリンコ!」浮かび上がる。幼少期は何時も独りぼっちだったゴロウ。廻りに頼れる大人も居らず、幼いながらも人生の答えに窮した時、お遊びで始めた自家製智慧の輪。中々如何してコレが馬鹿にはデキナイ高性能。

 

 

 ——今日の俺も、何時も通り定時で仕事を終わらせた後、仲の良い同僚の二人のサトウから飲み会に誘われた。「前回参加したから俺、今日はパスな。でさァ、お前達が主催の飲み会ってさ、何時も参加者の全員がサトウだろ?名前がゴロウの俺にはチョット居心地が悪いぜ。もっと次回からは、同僚のイトウとかカトウとかムトウとかトキトウとかも加えてくれよォ?」サトウ達の誘いを去り気無く、然も俺は皮肉も込めてヤンワリと断って、何処にも寄らず真っ直ぐに家路へと向かった。会社から電車で地元の駅に着いた俺は、駅前ロォタリィで地元行きのバスに乗って、何時ものバス停で下車..この今オレが見下ろす小道を通って帰宅中だった。この小道は、ジョギングや散歩をしたりする地元の人で日中ソコソコ賑やかにはなるが、日が暮れると殆ど人は通らない。だからと云って危険だとか、心霊現象が起こるだとか、この小道自体に問題が在る訳じゃ無い。何故か?と云うと単純明快。地元の人間は夜行型じゃ無いからだな。散歩やジョギングは気分が良い午前中に済ますに限るし、夜は自宅でユックリと過ごすに限るだろ?俺だってそうだよ。だからコノ地域に家を買ったんだ。普段から、出勤や通学にコノ小道を使う人間は少ない。大通りを通った方が買い物や飲食が出来る利点が在るからだ。それに(人混みの中に居ると安心する。)って云う群集心理も当て嵌まるだろう。だが俺にとってのコノ小道は家への近道。その時も俺以外に通行人は居なかった。小道はバス停(北)から見て、右側に連なる雑木林。この雑木林は美観も関係してるが、小道の反対側に建つ住宅との境目(通行人との視界を遮る)を表したモノだ。小道の左側には、細長い小川が南北に沿って続いてて、夏休み何かは、子供達が昆虫や魚を取りにやって来たりして居る。この小道には街灯何か一本無くてさ、だが雑木林沿いの住宅から生活光が照って居て、完全に視界が無い訳でも無い。卑猥な暗さや恐怖は一切感じない筈だった..この小道で俺は誰かに刺された。男..俺を刺した奴は男だ。断言出来る。後ろから刺された時の感触に男の雰囲気を感じたんだ。そして奴は刺し慣れてた。一切の迷い無く何度も俺を刺した。刺される直前まで俺は背後に全く気配(雰囲気)は感じなかったし、足音も聞こえなかった。俺はイアフォンで音楽は聴かない。特にオモテ何かじゃ特に聴かない。状況判断が雑音で鈍ってしまう。両耳の聴力も万全だった筈なのに、アッサリ背後から殺られた。でもさ、ソレって不自然じゃ無いか?人間は誰だって『雰囲気』を持ってる。其れは「ギラギラ」だったり「ネチネチ」だったり「ギスギス」だったり「ドロドロ」したり..要するに『負の意識』しか大人は持ち合わせして無い。..ン?待てよ..もしかして俺を殺したのは、未だ社会ズレして無い無邪気な子供..?そんな訳無いよな、実際の俺は身長が一九〇センチメェトル位在るし、身体も筋肉質。其処いら辺の大人ですら俺にビビる位なのに、ガキだなんて在り得ない..。背後から刺された俺は、其のママ俯せの体勢で情け無く小道に倒れてしまった。(コノ野郎ぉ..)逆上した俺は、後ろを振り返る筈が駄目だった。腰が抜けて立てなかったんだ。刺された直後、病院で注射された時みたいな感覚を腰の辺りに感じたんだけど、不思議と痛くは無かった。

 (どうせ大した傷何かじゃ無いんだろ?)

 刺された部位に痛みは全く無かったが、全身が地面に伏した時に顔面をアスファルトに思いっ切り打っちゃって、鼻を強打。鼻血が両方の鼻穴から吹き出して来て、脳裏に星が「ピッカンコ!」浮かんだ程の強烈な激痛を感じた。小道にブッ倒れた俺は、両腕を使ってナントカ地面から這い上がろうとしたんだけど、俺の体は俺の云う事を聞こうとはしない。

 (立てッ、立てよ俺。俺なのに如何して俺の命令を聞かないんだ?お前は馬鹿か?)  両鼻から流れ続ける鼻血の鉄分の臭い。地面で動けない顔面の両鼻が、濃い目の鼻血を鼻で呼吸する度に臭う拷問。然も鼻で鼻血を吸い上げてしまって喉で何度も咽せた。

 (だったら口で肺呼吸したら良いじゃん?俺。)

 口が完璧に地面とクッ付いてて出来る状態じゃ無い。簡単に人間が死ぬ訳が無い。鼻からの出血だけじゃ無くて、腰の辺りからも液体が吹き出してる感覚が在った。血だろう。だが痛みは全く感じない。倒れてから暫くの間は自身の命を楽観視してた俺。だが時間が経つにつれて、その根拠の無い自信は俺の意識が遠のくと共に徐々に小さなモノになって行った。同時に、今迄に体験した事がナイ異様で不気味な悪寒を全身に感じ始めて、俺は人生で初めて“恐怖”をソコで感じた。この“恐怖”の時間は途轍も無く長かったのを覚えてる。..ン?え?..“覚えてる”..?

「そうか..馬鹿は俺か..、死んじゃったんた。俺。」

 

 たったイマ自身の死を完全に理解出来たゴロウ。アカネがタクシィから降りて、事件現場に駆け付けて来た光景を空中のゴロウは見た。アカネは後方尾の野次馬に向かって思いっ切り飛び跳ね、彼等の頭上に飛び乗った。そして上体を起こしてサァファア宜しく、野次馬達の両手が団結して創り出した“掌人波”に導かれ、自身の両腕を使って上手く体勢を保ちながらを取りながら、ゴロウが横たわる事件現場まで辿り着いた。

 (はは..アカネ、お前らしいよ。オットリしてる様に見えて実は気が強いんだ..)

 警察が事件現場に張り巡らす黄色いテェプの下を、アカネが勝手に潜り抜けたところで若い警察官に制止された。其の場で自身の身分を明かしたのだろう、其の若い警察官は直ぐにアカネを青いブルゥシィト内へ手引きした..

 (もお良い..コレから先の展開は人間だった俺にも分かる。人間のゴロウは此処でお終い、今からは幽霊のゴロウとして俺は生きる。其れには俺のコレからの未来に付いて考えてかないと..。よっしゃ!コレからの幽霊人生、思いっ切り好きな事して生きてみよう!死んでるけどな。)

 大学生時代のゴロウには夢が在った。それはリュックサックを背負ってのアメリカ大陸横断。“リュックサック”と云う固有名詞が出る時点で“貧乏旅行”を意味するのだが、敢えてソレがしたかったゴロウ。外国語も全く出来ず、知り合いも現地には居ない。そして勿論カネも無いと云う大前提。ソレだから良いのだ。ゴロウ漢一匹が広大なアメリカ大陸の異国、自身がコレまでに培って来た経験と哲学のゴッタ煮が、果たして一体何処まで現地の人間達に通用するのかッ?!

『世界の中心は俺。俺を中心に世界は廻る』

 ——幼い時代からのゴロウの座右の銘。巷で良く語られる『世界の中心』とは、経済や文化、そして芸術などが歪に発達する大都市の事を指す。ゴロウ家は貧しかった。ゴロウの父親は、彼が未だ幼い時に蒸発してしまう。原因は博打。「博打は漢のロマンよぉ、ゴロウ。遊び何かじゃ無え..一か八かの漢の大仕事何だぜ!?」聞こえは確かに漢を感じさせるが、所詮は他力本願の愚業。人間の愚かな煩悩が満載に詰まった集大成。戦争と並んで、地球人類が発明した負のオママゴト。其れ迄は偉そうに“漢”を騙った父親は借金の支払いから逃げて、在る日を境に姿を消えてしまった。..が借金は消えては消えてはくれない。借金は其のママ妻名義の負の財産と化し、母子一家の生活費を捻出するだけでは無く、夫が残した借金返済の為にも更に働らかなければならなくなった。

 だが妻はツイて居た。息子のゴロウは物分かりが良く、そして勉強も非常に出来た。グレる事も一切無かった。幼稚園生時代は、週末になると、家の台所で『自家製ドブロク』を密造しては近所の大人連中に売り捌いていた。幼稚園を卒園する頃には見事、父親が残した借金を完済。すんなりオイシイ密造酒の仕事から足を洗ったゴロウ。堅気に戻って小学校に入学。そこから特待生で入った大学を卒業する迄は、近所の定食屋で学校帰りから閉店の二十二時まで毎晩、接客の“アルバイト”こと“お手伝い”。児童労働基準法に反して居るが“アルバイト”では無く、あくまでも“お手伝い”の範疇。言葉の魔法によって事無きを得たゴロウ。この接客業を通じて、客が放つ些細な感情の変化を感じ取る能力、心の奥を読む能力を養った。これ等の能力は、後の会社員生活時代に大きく貢献する事となる。因みに此方の定食屋の賄いで、本物の豚カツを人生で初めて知ったゴロウ。

 (そっか..俺の母さんの豚カツって、本当はハムカツだったのかぁ..)

 そして、ゴロウ家の家計を助けてあげたいと云う店主夫婦の計らいで、必ず毎晩の賄いは二食分をゴロウに持たせて居た。一つはゴロウに、そしてもう一つはゴロウの母親に。ゴロウは家から持参したタッパァウェアに賄いを詰めては、夜遅く帰宅。同じ時間に仕事から帰って来る母親と一緒に遅い夕食を摂って居た。其のせいで、翌る日の激しい胸焼けもシバシバの母子、懐かしい想ヒ出。だが両名共に絶命して居るのは此処だけの話。

 (長年の心労が重なって、母さんは俺が大学四年の時に死んじゃって..大学を出てから今の会社に入って、其処でアカネと出逢って、結婚して、イチロウが産まれて、そして今日俺は死んじゃって..。台詞の語尾を全てを『て』で統一してみた俺って..こんな言葉遊びが出来るのも、もう時間に追われて生きる必要が無いからだなって..)

 丁度その時、ゴロウとアカネを乗せた救急車が、病院に向かって事件現場から走り出した。この瞬間、ゴロウは長年お世話になった自身の肉体との袂を分つ決心が付いた。「プチっ」ゴロウが自身の耳で聞いた最後の音。ゴロウの『肉体』とゴロウの『意識』が完全に切れた擬音。此処からのゴロウの存在は『意識』と変化、俗世間では『幽霊』とも表現される忌み嫌われる存在に姿を変える。

「サラバ、俺。じゃあ、俺。行こうぜ?」

 新たな旅立ちの覚悟を決めたゴロウ。

「スカっ!スカっ、スカスカ!」自分に喝を入れる為に両手で顔面を叩く仕草を見せたが、哀しいかな空振りに終わる。肉体を持たない幽霊なのだから当たり前。こんな些細な不具合が、新人幽霊のゴロウにはチト歯痒く感じる。何はサテ置き、幽霊バックパッカァゴロウの記念すべき地球旅行の第一国目はアソコだ。生前のゴロウが長年夢見て居たアソコ、アを取ったソコは摩天楼紐育。

 目玉商品のゴロウの死体が救急車に奪われてしまった事で、死体愛好家の野次馬達も既に意気消沈。

「明日も早いからモォ帰よ?」「明日も早いからモォ帰よ。」「明日も早いからモォ帰よ!」 

 死体のゴロウを取り囲む野次馬の塊で出来上がった、巨大な一個のホクロの様な『⚫️』。野次馬達が事件現場から次々に去って行く事で、『⚫️』のホクロは『●』に七変化。そして更に『●』から『⚫︎』、『⚫︎』から『.』、『.』から『』へと最後には綺麗に消えて跡形も無くなった。何事も無かったかの様に通常の静けさを取り戻す。其の様子を未だ同じ空中で眺めて居たゴロウは、(ケっ、奴ら人間と違って俺は空中を飛べる幽霊なんだ。方向は全然知らないが地球は丸い、如何にか成るだろう..)

 二本脚で歩く感覚で『意識』を前進させてみたゴロウは「ぐんぐんグイグイ」進むと思いきや..ゴロウの『意識』は金縛りに遭ったみたく、全く動かない。動こうともしない。だが『意識』は空中には浮かんだママ。

 (オイオイオイ..勘弁してくれよォ。..もしかして、俺は地縛霊になって此処で永久に彷徨う事になるのかァ?..)

「嫌だッ、そんなの嫌だ!誰かッ?誰かッ?誰か助けてくれェッ!」

「..御免なさい、ゴロウさん。天界で『意識』の交通渋滞に巻き込まれてしまって私、チト遅くなってしまいましたわ..」

 幽霊のゴロウに耳は無い。だが然しイマ確かに何かを聞いた気がするゴロウ(ふはッ!..ん?)。

「ん?..エッ?あ、あのぉ..どちら様で、しょうか?..」

「ソフィア..ソフィアと申します。」

「ソ..フィア?..外国の方ですか?」

 横文字の名前は、人間だったゴロウには外国人との認識が在る。

「フフフ..いえ、私は地球人が呼ぶトコロの女神。創造神とも呼ばれる事もシバシバ。ゴロウさん?私は貴方をお迎えにやって来たのです。」

「?..(何言ってんだ、この人?)」

「ウフフ..確かにコノ私が言ってる事がゴロウさんに理解出来ないのは当然ですわ、何せ初めての経験ですから。大丈夫、私がゴロウさんの『意識』を然るべき場所までお連れ致しますわ。そして私は“人”では在りません、『女神。』です。呉々も下等宇宙人民族の地球人と一緒にしないで下さいね..」

「い、しき..?」

「エエ、はい。ゴロウさんは『意識』の存在と化したのです。地球人が喩えるトコロの『魂』です。私はコレからゴロウさんの『意識』を職業安定所までお連れするのです。地球時間で二十四地球時間。この制限地球時間内迄に、ゴロウさんの『意識』が職業安定所に着かなかった場合..貴方は御亡くなりになった現場で永遠に彷徨う事になります。ウフフ..永遠にです。そして其方の職業安定所では、担当の転職の神様の判断によってゴロウさんの『意識』の来世が決定されます。御理解出来まして?」

 理解出来るも出来ないも、新人のゴロウの『意識』。未だ得体の知れない彼女の云う事に従うしか道は無い。

「あ..ハ、はい..ソフィア。僕には全く理解出来ないのですが、取り敢えずは理解出来たと云う態で、先ずは『ペロ。』を進行して行きましょう。で、あのォ..ソフィア?お願いが一つだけ僕から在るのですが、宜しいですか..?」

「ハイ!何なりと、ゴロウさん。」

「紐育..と呼ばれる惑星地球の大都市に、是非一度行ってみたいのです。実は僕、自分の『意識』を飛ばして行こうと頑張ってみたのですが、何故か『意識』の方が動いてくれなくて..。」

「紐..育?」

「アっ、ゴッ御免なさい!もしかしたら漢字の“紐育”って、宇宙人のソフィアにはチト難しかったかも知れませんね..“ニュゥヨォク”って発音するんです!」

「うふふ..ゴロウさん、私の思った事は“紐育”などでは在りませんわ!『意識』に対してのゴロウの大きな誤解に付いてです。『意識』とは、浮く事が出来ても“瞬間移動”をする事は出来ません。『新米意識』が良く勘違いする典型的な勘違いです。瞬間移動が出来るのは、私を代表とする“宇宙創造神”。宇宙世界で崇められている、極々限られた『最上級意識』のみです。私達の解釈ですと、ゴロウさんは今のところ『下等意識』。ですがゴロウさん?決して『下等意識』だからと私から卑下されても、決して落ち込まない様に。ゴロウさんだって“徳”を積んだら、地味にソノ『意識』の位は上がって行きますから!ですがコノ“徳”と云うモノ、実はチト曲者。常に宇宙世界での“徳”の価値観は、流動的に変化致しますので御注意アレ。ゴロウさんも生前、善かれと思って相手にしてあげた行為が、実は相手にしてみると裏目に出て居た..等の御経験がお在りだと思います。逆に、自殺願望が在る地球人を必死に励ますのでは無く、「一回死んで精算するのも在りだよね。」有志を募って共に集団自決を決行したり..。この場合は、見方によると“徳”にも当て嵌まり、来世の生まれ変わりに期待大。そして確かに、私はゴロウさんの『意識』を宇宙空間の何処にでも連れて行ける能力を備えて居りますが..ゴロウさん?本当にソチラの場所に今更行きたいのですか?そして行ったトコロで如何するのですか?今、ゴロウさんが考えて行かなければならない事とは、職業安定所での転職の神様との一対一で迎える面接の事何では?

 (歯茎に青海苔が付いて居ないか?とか、鼻毛が鼻穴から跳び出して居ないか?とか、両眼に目糞がコビリ付いて居ないか?..ナドナド)

 この様なチトした失敗が、後に大きな災いを産む羽目になるのかも知れませんよ。」

 逆にソフィアから問われ、ゴロウは直ぐに返答を返す事が出来なかった。

 (彼女の言う通り、確かに今更“肉体”と云う物質を持たない俺の『意識』が地球観光をしたトコロで、一体何の利益が在るのか?..イヤ、俺は既に紐育観光の事などよりも、もっとソフィアの話が聞きたくなってる..。第一、宇宙創造神だ何て偉そうな事を言っておきながら、俺の事を『下等意識』とコキ下ろす。そもそも“神”と呼ばれる存在は、全てに於いて“平等”を軸として民に摂理や真理を説くのが役目な筈だ..)

「ゴロウさんの考えていらっしゃる事は、確かに一理在りますわ..。」

 (シマッタ!)

 ゴロウは思った。

 (ソフィアには俺の全てが見えてたんだった..。厭らしく深層世界の中で呟くのでは無くて、しっかりと彼女に意思表示を示そう。裏表の感情を持つ事が美学の地球人特有の悪い癖だ..)

「シマッタ!ソフィアには俺の全てが見えてたんだった..。厭らしく深層世界の中で呟くのでは無くて、しっかりと彼女に意思表示を示そう。裏表の感情を持つ事が美学の地球人特有の悪い癖..ですね?ゴロウさん。」

 完敗だ..ぐうの音も出ないゴロウ。

「ソフィア?僕が信じる神様とは、一切の階級を定めずに民と接する唯一無二の存在..だと解釈して居るのですが、下等だとか上等だとか..ちょっと納得がいかないのですが..」

「うふふ..ゴロウさん?惑星地球には方角が在りますよね?それは喩えば“上下左右”とか、“東西南北”などなど種類は豊富。では、其れ等の方向の先に“優越”は在りますか?在りませんよね?北側に住む地球人だから優れてるだとか、西側に住む地球人だから愚かだとか..。ゴロウさんの解釈は地球人其のモノ。差別を避けている様に見えて、実は差別に加担して居るのです。私は確かに全宇宙人民族の『意識』を自由に操れる宇宙創造神の一宇宙人です。そして現在のゴロウさんの『意識』にはソレは出来ません。何故ならば『下等意識』だから。ですから私がこうやって、ゴロウさんの事を助けにやって参ったのです。私はゴロウさんを手助けした事によって幸福感を覚え、ゴロウさんは助けられた事によって未来が開けます。よって立場は同等なのでは?」

「..ソフィア、惑星地球には“宗教”と呼ばれる人間臭い信仰や、土着信仰などが幾つか存在して居ます。僕は今まで宗教心など全く無かったのですが、こうしてソフィアの話を聞いてると、何だか心がとても癒されて、非常に宗教的な哲学を想像してしまうのですが..」

「ゴロウさん、宇宙世界には“信仰”と呼ばれて居るモノは一切存在して居りません。“善行悪行”と云う地球語を例に出して説明致しましょう。宇宙世界の広い解釈だと、“善行”は即ち“悪行”、“悪行”は即ち“善行”。要するに答えのナイ無限の“行”。宇宙空間には壁は在りません。何処までも『意識』や、宇宙船を飛ばしても宇宙なのです。ですから宇宙とは、即ち“無”の存在で在るとも解釈出来るのです。」

 姿が見えないソフィアの一語一語の破壊力がチト痛し。彼女と同じく、姿を持たないゴロウの『意識』の肌に「ビンビン」突き刺さる感触を覚える。だが一向に彼女の説明を理解する事が出来ない修行僧ゴロウ。

「ウフフ..ゴロウさん。地球人民族は何かと“善悪”を決めたがる節が在ります。宇宙世界には善も悪も在りません。只それだけの事ですわ。」

「ソフィア?じゃぁコレが最後の質問です。地球人が勝手に想像する“宇宙人”と呼ばれる偶像には、“家族”と云う単位は存在するのですか?」

「ゴロウさん?では、私から逆にゴロウに質問致しますが、ゴロウさんは地球人ですか?ソレとも宇宙人ですか?」

「あッ、ハァ..。ち、チ..球人、かな..?だって僕は地球人だから、ソフィアの事を宇宙人と解釈出来る。そうですよね?」

「ではソノ地球人のゴロウさんは、私に家族が在ると思いますか?」

「在ったら良いなァ..程度に思います。ホラ、何か夢が在るでしょ!宇宙人にも実は家族が居て、住宅ローン返済に苦しんでるとかねッ!」

「キャハっ!面白ぉい、ゴロウさんったら!ウフフ..ええ、ハイ。確かに宇宙人にも家族と云う単位は存在して居りますわ。惑星地球の中に、数々の地球人人種が存在して居るのと同様、この広大な宇宙空間にも、様々な価値観を持った宇宙民族達が棲息して居りますわ。第一ゴロウさん?貴方も見方を変えると、一個の宇宙人ですのよ。」

「アっ、そうかぁ..そうだよなぁ確かに..。じゃぁ、ソフィア!ソフィアにも家族って居るのかい?」

「ハイ、勿論!私は実家住まいで、毎宇宙日ソコから会社まで出勤して居ます。家族構成は、宇宙年金で今は生活している両親と、私と五〇〇〇地球京年くらい宇宙年齢の離れた独身の弟が一宇宙人。彼等と一緒に一軒家に住んで居ます。私は地球時間で云う、早朝の八時から夕方の五時迄の八時間の勤務を、月曜日から金曜日迄の週五日。少し前までは、週末も絡めた不規則な勤務日だったのですが、最近になって私よりも新しい宇宙人女性が入社して来たので、念願の平日勤務のみに調整する事が出来ました。土日が確実に休みになった事で、宇宙船で週末宇宙旅行に行けたりとか。この様な雑な説明で宜しいですか..ゴロウさん?」

 宇宙時間が経つにつれ、二宇宙人の『意識』は親密な関係になって行く。ゴロウは『意識』としての自身の立ち位置を理解しつつ在り、生前には考えた事も無かった、地球と宇宙の関係性に付いても独自に解釈。中々如何して、死んでみるのも悪いモンじゃ無い。ソフィアはソフィアで口数が増えて、ゴロウの『意識』に対して心を開き出しつつ在った。実はソフィア、宇宙人見知りで内向的な性格。其れ故に今の仕事を選んだ。存在が無い『意識』と云う顧客に対し、事務的にタダ淡々と彼等を職業安定所まで連れて行く業務内容。『意識』によっては「オイラ家に帰りてぇ!未だ生きて居てぇんだ。何とかしてくれよぉ、姐ちゃんッ!?」などの駄々を捏ねる『意識』の輩もシバシバ。大抵が年寄りの『意識』に多く見られる傾向なのだが、そこはシャイなソフィアとて、一応は宇宙創造神の一宇宙人。

「さぁお爺さん、一緒に私と生まれ変わりましょうね!」

 謙虚さを知らず、クセの強い『年寄り意識』を力ずくで瞬殺。『意識』を宇宙空間に放置。其の『意識』は『浮遊意識』と化して、永久に宇宙空間を彷徨う。コレはコレ、ソレはソレ。内向的だからと云って、舐めた態度の『意識』にはチト厳しめのソフィア。我儘を垂れる『意識』には容赦無いソフィア。だが素直で実直な性格のゴロウの『意識』に対し、彼女の繊細な『意識』の中にチト些細な心の変化が芽生え始めて居た。

 (こんなに目を輝かせて、私の言う事を素直に聞いてくれる『意識』の存在って初めて..)

 初恋の前触れか?実はソフィア、出逢いの中盤辺りからゴロウに嘘を吐いて居た。本来の彼女の仕事内容は、顧客の『意識』を職業安定所に案内する前に、生前の彼等が所縁の在った想ひ出の土地や、一度訪れてみたかったが、夢叶わずして亡くなってしまった憧れの土地に、彼等『意識』の*怨念が其処の地に留まらぬ様、彼女が『意識』を現地に飛ばせては徹底的且つ十二分に満足して貰う、と云う会社のサァヴィスが在るのだ。ソフィアは属する会社の規定を見事に破った事になる。恋は盲目。もっとソフィアはゴロウと一緒に居たかったが余り、途中から屁理屈を並べては、ゴロウに“紐育”行きを断念させたのだ。彼女の策略で手に入れた、ホンの束の間の幸せなヒトトキにも終わりはやって来る。これ以上、ゴロウの『意識』を宇宙空間に引き留めて置く事は、彼の『意識』が『地縛宇宙人霊』化してしまう事を意味する。だが裏を返せば、二十四地球時間近くの宇宙時間をゴロウと過ごせた事にもなる。

 (私は一瞬と云う永遠の掛け替えのないトキを過ごせたのだ..もぉそろそろゴロウさんを行かせないと、彼の『意識』が『地縛宇宙人霊』になってしまう..)

「..ゴロウさん、何か御質問等在りますか?それは..ワタシの事も含めて..」

「いえ!ソフィア、本当に有難う御座います!今の僕は早く輪廻転生したい!そんな前向きな気持ちで一杯ですよ。さぁ早く職業安定所に行きましょう!」

 ソフィアの初めての恋はこうして終わった。自分の仕事がコレ程迄に憎々しく感じた事は無い。両眼が涙で潤むソフィアが叫ぶ。

「我等が宇宙絶対神よ!只今より地球人ゴロウの『意識』、『第五億職業安定所星』まで瞬間移動させます事をお伝え致します!」

 一瞬、ゴロウは今まで立って居た地面の底が抜けて、肉体が急に落下した感覚を覚えた。死刑囚の首攣り執行刑を体験して居るからの如く、死の恐怖以前に不快感を感じたゴロウ。心臓が落下する自身の肉体の速度に追い付く事が出来ず、遥か上空で浮かんで居る様な感じ。アカネと結婚する前にデエトで行った遊園地、其処で乗った『フリィフォォル』の感覚を思い出したゴロウ。

 (嗚呼..この感じ..アレだ、フリィフォォルだ。ウエっ!気持ちわ.. .)

 意識を失ったゴロウ。そしてコノ瞬間、ゴロウの『意識』の気配がソフィアの廻りから完全に消えた。これはゴロウの『意識』が見事、成仏した事を意味する。会社員のソフィアには、ゴロウの後にも次の現場が幾つか残されて居るのだが、何やらチト腰が重たい。次の生理がやって来るのは未だ未だ先の筈。ゴロウが初め、紐育行きを強く希望したのに対し、ソフィアの巧みな誘導尋問にマンマと引っ掛かったゴロウ。何故ソフィアが紐育行きをゴロウに断念させたか?と云うと、次の現場が控えて居たソフィア。宇宙時間がチト押して居たからに過ぎなかったのだが、今となってはソレも不幸中の幸い。じっくりゴロウと時を過ごせた。ソフィアの『意識』が生まれて初めて感じた恋心。其の後直ぐにやって襲って来た失恋コト悲壮感。初恋と失恋を同時に体験して、今は『意識』がコテンパンに打ちのめされて居るソフィア。よって号泣中。女神だって恋はしたいもん..恋に身分なんか関係無いもん..。失恋が己を更に成長させてくれる、女も男も叩かれて強くなるのだ、ソフィア。ドンマイ。こうして彼女の淡い初恋は幕を閉じ、ついでに『ペロ 第二話』も便乗して幕を閉じる。

 


 *この怨念と化した宇宙人の『意識』の事を、宇宙世界では“地縛宇宙人霊”と呼称。チトよりも更にタチがチト悪い存在として広く知られる。『ペロ』を読んでコノ存在を初めて知った『非意識』の宇宙人読者が、もしも自身が亡くなって『意識』の存在になった時、宇宙空間の各地に点在する“地縛宇宙人霊”達が彷徨う場所には、決して軽々しく『意識』を冷やかしで飛ばせてはならない。運悪く彼等に取り憑かれたら最後、彼等同様、永久的に宇宙空間を彷徨う『地縛宇宙人霊』と化してしまうからだ。

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