第八章 犯罪の小説

 犯罪の小説は何もミステリに限らない。

 三島由紀夫の「青の時代」は光クラブ事件という詐欺事件を題材にしたものだが、同事件の残党が起こす小説に高木彬光の「白昼の死角」がある。これも主人公にモデルがいるとされている。

 現実に起こる詐欺は面白みのないものがほとんどだが、偽札事件と同じでたまに小説や映画になるものがあるのは、描いて面白い巧妙な手口というものがあるからだろう。


 犯罪で投獄されながら、そこから逃れるのも犯罪である。

 吉村昭の「破獄」は、取材に基づいいて書かれている。四度の脱獄を成功させた脱獄犯の話である。吉村昭は脚色で誤魔化すような漫画的な描き方はしない。

 そこが魅力の作家であり、それがこの脱獄という犯罪を扱うことに誠実で、説得力がある。その筆致には脱帽するほかない。

 主人公と共に主人公が生きた時代を描いており、それが登場人物を存在させている。

 吉村昭を読むと困るのは、そのあとほかの作家の小説が嘘でしかないことが余計に意識されてしまうことである。


 最も好きなミステリ作家はと言われたら、私は迷わずヴァン・ダインを上げている。それというのは、犯人あての推理小説における縛りを設けてそれを守って書いているからである。

 よく考えればわかる、というところがいいし、純粋にミステリをクイズ化した最初の作家だと思う。

 「僧正殺人事件」「グリーン家殺人事件」が最高傑作とされているが、私が好きなのは第一作の「ベンスン殺人事件」である。

 これが発表された当時の反響が読んでわかるほど、推理小説としてシンプルで秀逸だからである。

 ヴァン・ダインのすごいところは、容疑者を気前よくドンドン殺してくれるところで、その上で誰が殺ったのか当ててみろというところだ。

 彼は優れた作品は、頑張っても六作品がいいところだといったが、彼自身は読者や出版社の要望に負けて、十二作品を残している。


 大藪春彦はもともと純文学を書いていたらしいが、それが伺われるのが「野獣死すべし」である。

 犯罪小説だが、小説に一貫して流れるものは叙情である。

 描かれる行為の暴力性は、言語化のための方便に過ぎず、この小説は神話のようである。


 あと上げておきたいのは、マルセル・エイメの「クールな男」である。

 刑務所を出て顔役を通じて強盗団に身を投じる男の話だが、主人公は本能のような自分だけの倫理の下に行動する。そこがクールなのである。

 彼は何も恐れていないし、建前のような良心にすら忖度しない。そして無意味な暴力にはうんざりしている。だが、必要なことはやるのである。

 小説の最後のやり方もクールだし、筋が通っている。


 犯罪を描く、あるいはそれを題材として扱った小説は好きでよく読んだが、アイデアもよく、面白かったのは森村誠一の「むごく静かに殺せ」である。

 説明してしまうとネタバレになるので、一読をお勧めする。

 タイトルとおりの話だが、誰がどうして誰をむごく静かに殺すのか、それが肝の小説である。

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