第七章 脇道の小説

 作家には代表作のようなものがあるが、書いているのはそれだけではない。そのメインストリートから外れた脇道のような作品もある。

 あとは時代を代表する大家が街道だとすれば、地元の人達だけが知っている抜け道のような作家の小説も面白い。

 今回はそんな小説について書いてみる。


 夏目漱石の「坑夫」を読んだ時にはどこか違和感があった。文章は漱石だが、話の内容は違う。

 取材をしたのかとも思ったが、体験者からの提供があったらしいことを知り、納得した。漱石には申し訳ないが、最も印象に残る小説だった。

 体験は他人の物でも漱石が筆を執ったのであるから、面白くないはずがない。


 佐藤春夫の全集を持っていることを書いたが、今一人持っているのは水上滝太郎という作家の全集である。

 代表作は「大阪の宿」であるが、東京の人である。

 世代的には芥川龍之介や谷崎潤一郎、内田百閒、佐藤春夫、菊池寛、武者小路実篤、久米正雄あたりだが、こうした作家に比べると、今は少し忘れられつつある気がする。

 作家だが、実業家でもあり、保険会社の重役もやっていた。「貝殻追放」という随筆も知られている。

 私が好きなのは、なんとなく昔の東京の人の香りがするところで、それが作品の端々に感じるからも知れない。あとは、作家の書く文章のがないところだろうか。

 どことなく力が抜けて、柔らかい手触りのする小説なので気合を入れて読む必要がない。言い方はどうかは難しいところだが、文学者らしくない所がいい。


 早世した作家に山川方夫という作家がいる。

 脇道というよりは、特別な道のような作家だが。

 「夏の葬列」という作品が印象的で忘れられないが、好きなのは「安南の王子」という小説である。若者の話だが、読後の印象は「上品」だった。

 言葉にするとしたらそういうことになるのだが、読後にほかの作家には感じたことのない透明な感じがあった。小説の世界で美しい言葉を紡ぐことができた数少ない作家だと思う。

 世代的には、古井由吉、小川国夫、富岡多恵子、日野啓三などだがこう並べてみても、山川の透明度は高い気がする。


 アメリカのニューヨーカー誌に作品を発表した作家にジェームズ・サーバーという作家がいる。

 「ウォルター・ミティの秘密の生活」という小説は「虹を掴む男」という映画の原作にもなった代表作だが、他にも短編で懐かしいような子供時代の話を実に面白く描いた作品があって、それが好きだった。

 他、犬に関する挿話のような小説をまとめた本があって、それを読んだが、今でも思いだせる話がいくつかあるくらいで、犬好きでなくともきっと楽しく読めるはずだ。

 世代的にはロストジェネレーションの作家、ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、フォークナーと同じだが、楽しい話を書けるので、そこが全く違う。

 要するに文学好きではない人が読める面白い小説を書いた人である。

 そこが一番違う。


 小説でも読むかとなると、人気の作家や小説、有名作家の代表作に行きがちだが、それは誰でも通る大通りで、それを読んでもつまらない人もいるだろう。

 そういう人は小道や脇道を探したら、自分に合う面白い小説に出くわすかもしれない。

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