第9話 二年後

夢の中で崇斗は私を優しく抱きしめてくれる。

まるで自分の事を忘れるなと訴えているようだった。


崇斗が結婚して約二年。


秋に結婚パーティをして、二月に男の子が生まれた。名前は『優斗ゆうと』と名付けられ、崇斗に良く似ている。時々、崇斗と二人で実家に遊びに来る。


私は短大を出ると、保育士になった。駅前の保育園で働いている。子供を見ていると自分の子供が欲しくなる…のは、置いておいて。


実家に遊びに来ている優斗を、稀にお世話している時があるのだが…それが幸せに感じたりする。


奥さんは結婚してから崇斗の実家に来ることはなくなっていた。だから優斗と触れ合う時間が意外と多い私。

多分、奥さんが家に来ていたら、私がお隣に顔を出すことはないから。

お互いに居心地が悪いのだ。


「精神的に不安定なのよ」


菜々子おばさんが、夕食の準備をしながら世間話を私に振ってくる。


平日、朝早くに優斗を実家に預けて崇斗は仕事に行った。私は振替休日で偶然仕事が休みで家にいたのだが、菜々子おばさんから夕方、助けを求められたのだ。


「優斗を妊娠してから精神的に不安定なの。だから寝込む事が多いらしくて」


私はリビングで優斗と一緒に積み木で遊ぶ。


「優斗ができてから?」


優斗ができてからって、結婚する時から?


「そうなの。だから家に殆ど来ないのよ」


食事を作り終えたおばさんが、テーブルに料理を運ぶ。


「芽衣ちゃんも食べて行ってね」


私は遊びを終わらせると、優斗を手洗いさせて席に座らせる。

ご飯を食べる優斗の補助をしていると、玄関の方から音がした。


「ただいま」


ドアが閉まると同時に男の人の声がする。


「優くん、パパ帰ったみたいだよ」

「ぱぱ?」


リビングに入ってくる崇斗に、大喜びする優斗に思わず微笑む。


「ただいま優斗。芽衣ちゃんと一緒だったのか?」


優しく優斗の頭をポンポンとすると荷物をリビングのドア付近に置いて、席につく。

私は取りあえず、優斗にご飯の続きを与え始める。優斗も嫌がらず美味しそうにご飯を食べていた。


「俺がやるよ」

「いいよ、もう残り少ないし。崇斗もご飯食べちゃいなよ。この後、お風呂入るでしょ?」


優斗が次を要求するので、ご飯を与える。おばさんが崇斗のご飯を運んでくる。


「いいの?」

「どうぞ」


崇斗は申し訳なさそうに両手を合わせた。

そして一度手を洗いに席を離れ、再び戻るとご飯を食べ始める。


奥さんには申し訳ないけれど、こうしている時間がとても嬉しかった。

この時間だけ、崇斗の奥さんの真似事ができる喜びだった。


「優くん、エライね!全部食べられた!」


ご飯を食べ終えた優斗が誇らしく笑顔を向ける。私は椅子から降ろすのに抱き上げギュッと抱きしめた。


「何か、芽衣ちゃんママみたいね」


おばさんが、その様子を見て微笑む。


「保育士ですから、一応」


私は照れながら自分の立場を弁解する。

正直言うと嬉しかったのだが、自分の立ち位置とは違う。


「でも、良いお嫁さんになるわよ」


おばさんの言葉に、崇斗も微笑頷く。それが何だか少し寂しく感じた。


「優くん、パパのご飯終わったら、お風呂に入ろうね~」


オナカが満たされて眠そうにする優斗。それに気が付き崇斗は急いで食事を済ませる。


これが…本当に私と崇斗の子供だったら…私は幸せなんだろうな。

優斗は可愛いけど…でも、私の子供じゃない事実。


やっぱり…切ない。

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