第8話 記憶
あの時…隣に座ったら近くて、勇気を出して肩に寄りかかってみた。
崇斗だと出来ない、陽斗を崇斗だと思う様にしているから出来る行動。
そっと顔を上げると目の前に顔があって視線があった。
「チュウ、してみない?ね?してみようよ」
私は楽しそうに崇斗の首に抱きつくと引き寄せ唇を軽く奪った。強引に攻めているが、私の初めてのキスだった。
「唇、柔らかいね」
たくさんキスを交わしながら、照れ隠しで言った言葉は火種になった。
私はその後も崇斗の唇に自分の唇を重ねる。ただ触れるだけのキス、私はそれだけで満足だった。
崇斗とこうしてキスをしてみたかったのだ。
「へへへ」
照れ笑いをする私。
多分、こんな素直な私を見せたのは久しぶりだと思う。
嬉しくて、幸せで…死んでも良いと思った。失恋の苦しみを忘れたくて現実逃避する。
「どう?私とのキス」
私は人差し指で自分の唇に触れる。
崇斗は何かを振り切ったかのように私の唇を塞ぐと、口を開くように誘導する。
情熱的なキスは興奮を仰ぐ。
息をつく暇も無いほど激しいキスをする崇斗。それを必死に受け止める。
興奮して体温が上がる。お酒が入っているから余計に暑い。
私は一度、崇斗から体を離すと、カーデガンを脱いでキャミソール一枚になる。
精一杯の誘惑だったと思う。してみたいけど、したいとは言えない女心だ。
崇斗は私を引き寄せると抱きしめ、胸に顔を埋める。
「芽依…凄い…興奮する」
その言葉が恥ずかしく、嬉しかった。初めて女を意識してもらえた瞬間だった。
「興奮したら…どうなるの?」
私は崇斗の頭を抱え込む。
崇斗は上目使いで私を見るとキャミソールの紐を肩から外し胸を露出させる。
「こうなる」
崇斗は優しく私に笑いかけると、優しく私に触れる。
この時、私は本物の崇斗だと思ってもいなかったから複雑な心境だった。
体は満たされても、心が満たされない。崇斗じゃないのに体が悦びを感じている事に罪悪感があった。
本当は素直にあの悦びを受け止めて良かったのだと今、知ることになるなんて。
逆に今、崇斗に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
私は崇斗の気持ちを…あの真面目な崇斗の気持ちを
崇斗はあの時、どんな心境で私の事を抱いたのだろう。
彼女への裏切りになってしまうのに、私を抱いた崇斗。遊びでそういう事をする性格ではない。
あの時、崇斗は激しく私を求めてくれた。
(それって…)
期待しても仕方ない。今更、遅いんだから。
(でも…)
私は顔を覆っていた手を外すと、改めて陽斗を見た。
「ねぇ…崇斗は私が勘違いしていたの、知っているのかなぁ?」
「崇斗を俺だと思いながら、その俺を崇斗としていると思い込んでいた事?」
私は苦笑いしながら頷いた。
「どうだろうね。でもそれは…今更だよ」
今更…確かにそう。今更、崇斗の本意を聞いても何もならない。
だったら、私が覚えている事だけを、この先思い出として大事にするしかない。
私には他にどうしようもないのだ。わかってる。
「しかし、まさか彼女が妊娠したからって結婚するとは…」
「…それが、男の責任じゃないの?」
納得していない陽斗に、そして、自分自身に言う。
「違うね。崇斗の場合は世間体だよ。というか…崇斗と芽衣ちゃんにくっついてもらいたかったのに…」
陽斗は不服そうに言った。
「ありがとう。でも、私は幸せだよね?一度きりでも、好きな人と結ばれたのだから」
私は吹っ切れた表情で笑顔を見せる。
十分だった。崇斗と結ばれていた事実があるのなら。
私は幸せなんだよ…。
21歳夏…私の人生を語る出来事の序章である。
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