第4話 窓越しに
頬を伝う涙が冷たく感じる。
私は涙を手で拭いながら、先ほどまで感じていた幸せを噛みしめると目を開けて現実を確認する。
「…はぁ…」
起き上がりベッドの上で座り込んでボンヤリと外を眺める。カーテンの隙間から隣の家が見える。
隣の家…それは崇斗の家で、私の部屋から見える部屋は崇斗の部屋だった。
カーテンが閉まっているので、部屋の中まではわからないが、電気は点いていた。
「このまま…眠りから目覚めなきゃ良かったのに…」
いつの頃からだろう。
私は崇斗の夢を見るようになっていた。
夢の中の崇斗は優しくて、私の事を恋愛対象として見つめてくれる。夢の中だけは恋人同士にもなれるのだ。
(なんか…虚しい…)
頭を横に振ると、私は電気を点けに立ち上がる。
「往生際が悪いぞ!芽衣」
部屋の電気を点ける。
とりあえずと、私はそのまま部屋着へと着替えを始めた。帰って来たまま寝てしまったから、服がシワになりつつあったから。
服を脱ぎ下着姿になると同時に窓の外に気配を感じる。
「芽衣、あのさ…」
私の部屋に電気が点いたことに気が付いた崇斗が窓を開け、声をかけて来たのだ。
崇斗は瞬間的に停止し、私は咄嗟に脱いだ服で体を隠す。
今までに何度同じ失敗をしただろう。油断するとこの様な失敗をしてしまう。
中学生頃から意識して着替えの時はカーテンをする様になったけど、時々いないだろうと油断して開けっ放しで着替えをしてしまう。
本音を言えば…崇斗になら…見られてもかまわない。崇斗といつか、そうなりたいと思っていたから。
でも、現状は違うから恥じらう。
崇斗は、私なんかに欲情したりしないよね。そんな感情、抱かないよね。
だから、私もそんな感情は見せたりしないよ。本当は抱かれたいだなんて、言えないもん。
崇斗は呆れながら溜息をつく。
「毎度言うけど、着替える時はカーテンしろよ」
ほらね。悔しい…けど、平常心。
「そっちがカーテン閉めていたから、大丈夫だと思ったのよ。ってか何で開けるかなぁ」
学生時代は崇斗も恥ずかしそうな反応をしていたのに、今ではそれさえも無い。
きっと、私の裸なんてどうでも良いんだろうなと思えるほど反応が薄い。女として見られていない証拠だね。
「…何かさぁ…もう少しで環境が変わるかと思うと少し…寂しいような気がしてきた」
崇斗は苦笑いをしながら続けた。
「俺、来月家を出る事になったから」
突然の言葉に私は衝撃を受けていた。
「…来月?」
「そう、来月。さっき親にも話したけど、来週までに賃貸契約する事になっていてさ。今月中には入籍もしてしまう予定…」
服を握る手に力が入る。
「そう…何もかもが急だね…」
衝撃が強すぎて皮肉しか言えない。
確かに私には関係のない話だから全ては私にとっては急な出来事になってしまう。
でもそれは、崇斗達には普通の流れなのだ。
子供を作ってしまったのも、結婚するのも二人の流れ。結婚するから同居するのも入籍するのも当たり前の流れ。
「芽衣、悪いな。ちゃんと結婚相手探せよ」
崇斗が初めて私に優しい笑顔を向ける。
「!」
なんで?
中学生の頃、話の流れで交わした口約束。それは当時の冗談。
『お互いに三十歳になっても結婚していなかったら、結婚するか?』
仲良しでバカな話で盛り上がっていた頃の事。
高校になって恋人を作る様になった崇斗だったから、もう忘れているかと思ったのに。
それを持ち出すの?謝るの?酷いよ…崇斗。
「元々…アンタなんか眼中にないから、お気になさらず!ご報告、ありがと!」
私は投げ捨てるように言葉を返すと、カーテンを思い切り閉めた。
溜息を零し、崇斗が窓を閉める音がする。
素直になれない自分が恨めしい。崇斗にはいつも可愛くない態度しかとれない自分が嫌で仕方がない。
「崇斗のバカ…」
涙が溢れ視界が霞む。
瞳を閉じると先ほど崇斗が見せた笑顔が浮かんでくる。
(嫌だよ…結婚なんかしないでよ…。崇斗以外に私…考えられない)
「探せるわけが、ないじゃない…」
嗚咽が出るほど泣きじゃくる。こんな失恋だなんて…神様は意地悪だよ。
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