Nanako 4.afraid


わたしは自分の家に帰り、テニスの用意をして、練習のある公園にむかった。


そのあと、今日も大学で高橋教授のレポートの指導。


たまたま今日の課題はわたしの得意分野だったから、大学の図書館でそんなに時間をとらないでもできそうだ。


オレンジの練習が終わって大学に向かう。

一般の大学生はまだ夏休みだ。構内は閑散としていた。


スマホをマナーモードに設定しようとして……ラインが一件入っている事に気づいた。

ナツからだ。


『今日、来る?』


わたしたちは忙しいカップルなんだろう。

わたしは勉強とオレンジ。

ナツはボクシングとオレンジ。


こうして夜会うことしかできないのかな。

学生なのに、ずるずるナツの家に泊まるのは、嫌だなと思う。


親が家に電話してくるかもしれないし。


『行く』


会いたい気持ちがとめられない。


ナツに、なんのご飯を作ろう。

中華かな。

和食が好きかな。

やっぱり肉だよね。

ビーフシチューって言ってたよね。


レポートのダメだしがほとんどなく、その日は早く終わった。

でも次の課題は結構苦戦しそう。


図書館で必要な資料をそろえるとわたしは大手のスーパーに向かった。


わたしは今月のバイト料、全部つぎ込んで、圧力鍋のいいのを買った。


四万円近くする。

でもこれで、短時間でちゃんとした料理を作ることができる。


ビーフシチューは実はけっこう得意料理なのだ。

ルーからきちんと作るビーフシチューは、友達にも好評だ。


わたしはサラダもパンも用意して、ナツを待っていた。


待っている間にも課題をやらなきゃ、と焦る。下調べだけでもしておきたい。

ちょっと下調べをしたところでスマホがなった。


『これからかえる』

『ごはん作ったよ』


こんな生活が、一生続いたら……どんなに幸せだろう。


「ただいまー」


ナツの髪が乱れて、前髪がぺちゃんこになっている。

メットで押しつぶされたのが見て取れて、バイクで行っていたんだな、とわかる。


繊細な素材で出来た生成りのTシャツと、太ももに大きな穴があいて裾がすれてるビンテージのダメージジーンズ。

足元は本皮のサンダル。


カジュアルだけど上質なこういうスタイルがナツはナチュラルに似合う。


こんなにかっこいい人が本当の彼氏になったんだー、とまだ実感がわかず、ほうけたように見つめてしまう。


唇の端がちょっと切れてる。大丈夫かな。


「何見とれてんだよ」


わたしの頭を軽くこずいて横を通り過ぎるナツ。


「みっ、見とれてなんかいないもん!!」

「いいじゃん素直に見とれたって。俺なんかつねに菜々子に見とれてる」


はぁ? 

どうしてこいつはこういうことをさらっと言うかな。


「俺、風呂入ってくんね。あ、これおみやげ。もうコンビニしかやってなくてさ」


ナツはバスルームに消えていった。


ナツが渡してくれた袋の中を覗くと、ビールの他に凝ったプリンやゼリー、ティラミスの類が五、六個入っていた。


ナツは甘いものを食べないから、これはもしかして全部わたしが食べるの?

太っちゃうよ。


スイーツを冷蔵庫に全部しまうと、ナツが出てきたらすぐご飯にできるように、シチューを温めなおし、盛り付け用のお皿をキッチンカウンターに並べる。


上等のお肉に無敵の圧力鍋。

今日のシチューはお肉とろとろのちょっとした自信作。


「いい匂い」


お風呂から出てきたナツが、お鍋をかき回してるわたしに後ろから腕をまわした。


Tシャツ一枚しか着ていないナツの体温が、じかに伝わり、くらくらする。


「ナツ、用意手伝って。スプーンとフォークだして……」


すっとナツが離れた。


え? どうしたの?


「菜々子、この鍋どうしたの? 家から持ってきたの?」


「買った。これがあるとね、すごく短い時間で本格的な料理ができるんだよ」


「知ってるよ。実家の鍋と一緒だから。でもこれすっげー高いはずだよな? うちの母ちゃん、こういうの、金に糸目つけねー人だから」


「うん……。安くはなかったけど、でもナツにおいしいモノ食べてもらいたくて……」


「菜々子」

「はい?」


「無理すんなよ。料理は嬉しいけど、こんな高い鍋買って……。仕送りとバイト料だけじゃ、足んなくなっちゃうじゃん。もう料理の道具で高いの買うなよ」


「うん……」


喜んでもらおうと思ったのに……。


ナツだってわたしに買ったアリスのネックレスは10万円以上したはずだ。

でもそうだ、あのネックレスはまだ机の引き出しに入ったままだ。


もうわたしにくれる気はないのかな。

もしかして……もうわたしに、あき始めているんだろうか。


「菜々子、これ運んでいくぞ?」


急に無口になったわたしにナツはおかまいなしに、今日あったボクシングの練習の話を楽しそうにしながら料理を次々にテーブルに運んでいく。


冷蔵庫からビールとジョッキーなみに大きいグラスをひとつ持ってきて、グラスのほうをわたしの席におく。


わたしのグラスにビールをなみなみとつぐ。


ビール、飲むんだ。今日はわたしを家まで送る気はないんだ。


「すっげー美味いな、このシチュー。俺が作ったのとぜんぜん違うじゃん」


「手間かけたもーん」


ナツの前で泣いたりしちゃダメだ。

重い女だと思われちゃダメだ。

少しでも長くこの人の近くにいるために。


それでもわたしの心はあんなささいな彼の一言で、いとも簡単に地に落ちてしまう。


鍋はもって帰ろう。

嫌だよね。


女房きどりであんな高い鍋を家に持ち込まれて、迷惑だったんだ。



わたしがナツの話にあいづち打ちながら、無理に笑ってる間に、ナツはシチューのお代わりをして、ビールを飲んで、上機嫌だった。


「菜々子も飲めって」


ヤケ気味になったわたしは一気にビールを煽った。

ナツがまたわたしのグラスにビールをつぐ。

また煽る。


苦い。こんなにビールって苦かったっけ?


「菜々子……」


気がついたらナツがわたしを後ろからふわりと抱きしめていた。


「あっち、行こう?」


ナツが顎でベッドルームのほうをしゃくった。


「つき合うっていいな。好きな女にこうやっていつでも触れられる」


わたしの髪をゆっくりなでる。

抱こうとしているのに、すごく優しい手つきには、性的な感じがぜんぜんしないのは気のせいなのかな。


「……ここ、かたずけなきゃ」

「あとで二人でやろうよ」


ナツはわたしの首筋に顔を埋めた。


「わたし、シャワーあびてないもん」

「いいよそんなの」

「わかった。十五分で出てくるからシャワー、浴びさせてよ」


ナツはそっとわたしに回していた腕をはずした。



わたしはバッグを持って逃げるようにバスルームに向かった。


急いで身体や髪を洗い、速攻で出て身体をバスタオルを巻いたまま、ドライヤーで髪を乾かす。


バスタオルをはずそうとして、何を着ようか迷った。

念のため、下着だけは買ってきて正解だった。


そこで棚に、真新しい真っ白のバスローブが置いてあるのに気づいた。

タグにはローラアシュレイの文字が印字されている。


どういうこと? 

これ、わたしの? 

わからない。


とりあえず着るものがないから、これを借りることにした。


おそるおそる、この格好で出て行く。


「菜々子かっわいー! やっぱこれが似合うと思った」

「ナツ、これ……」


「今日、デパート行ったんだよ。菜々子のマグカップとか箸とか茶碗とか買いに。そしたら同じ階にローラアシュレイが入っててさ。これが目についたんだ。風呂から出たあと、俺のパジャマ貸すのも色気ねーし。な? かわいいだろ?」


でもこれだって相当高かったと思うけど。

ナツの家はお金がいくらでもあるからいいの?


「ナツだって……」

「ん?」


わたしの背中に腕を回して髪をすきながら、こめかみのあたりにそっとキスをするナツ。


「ナツだってこんな高いローブ買ってるくせに。ナツの家はお金持ちだからそれはいいの? わたしがナツのために鍋を買ったのは重いけど……」


「え? 何?」


ナツに嫌われないように、重い女にはなりたくないと思うのに、なぜだか彼の前では嘘がつけない。



心のおりをごまかしながら笑い続けることができない。


「なんで鍋はダメでローブはいいの? 鍋もちこまれるのは重いんでしょ? それともわたしが貧乏だから? うー……」


風呂あがりに感情まるだしにしたら、鼻水と涙が同時に出てきた。


ダメだ。

さっき大きいコップにビールを二杯も飲んだから酔っている。


「重い? 重いってなにが? あの鍋、そりゃ相当重いの知ってるけど…」


「ばかっ!! その重いじゃないっ!!」


「菜々子落ち着けよ。うっわ!! きったねーなー。鼻水だらけじゃん」


ナツはそ自分の頭を拭いたあと、そのまま肩にかけていたタオルでわたしの顔をゴシゴシと拭いた。


鼻までつままれて、鼻水をふき取られる。


「痛いっ」


「おいでっ」


そのままナツはわたしをひょいっと抱くとベッドルームに入っていく。


「やだ!! やだやだやだっ!!」


わたしは手足をバタバタさせて抵抗した。


「わかってるよ。こんな状態の菜々子抱けねーだろ? でも話はこうやって聞く」


ナツはベッドの上に座ると、膝の間にわたしを入れて、足を交差し、囲い込むようにして後ろから抱きしめた。


「菜々子が離れていかないように、檻つくってからじゃないと俺、恐くて話聞けねー」

「………」


「なんか俺に言いたいことあるんだろ? 酒飲ませないと喋らないって、すげー手間かかるんだけど」


え? 

もしかして、わたしが落ち込んでいる事に気がついていたの?


だからお酒が強くないわたしに、あんなにビールを飲ませたの?


「………」

「重いってなにが? 俺が金持ちだからって何?」


「高い圧力鍋買ってきて、勝手にナツの部屋に持ち込んだりして、そういうわたしの気持ちが重かったんでしょ?」


「俺そんなこと言ったか? 菜々子の気持ちはすげえすげえ嬉しい。あの鍋の値段、0一個とれたやつだったら、もろ手あげて喜んでたよ。俺んちに菜々子が買った鍋があるなんて」


「嘘よっ!!」


「ばかホントだよ。でも正直、相当無理したろ? 無理してほしくない。無理がたたってこの関係が壊れるの、俺耐えらんないから」


「でもナツが買ったあのバスローブだって相当高かったでしょ? ナツはお金持ちだから、貧乏なわたしには買うなっていうんだ」


「ばか。そんなつもりじゃない。確かにあのローブ、高かった。うちの両親がな、俺の一人暮らしを許してくれてるのは、金の使い方、覚えさせる目的もあるんだよ」


「え、そうなの?」


「そうだよ。だから、一ヶ月に決まった金額しか絶対、振り込んでこない。別に湯水のように使えるわけじゃないよ。金がなくなりゃ、自炊だってするし……っても、米しか食えねーけど」

「米……?」


「ま、最悪、実家に帰りゃ、死ぬほど食わされるんだけどさ」

「………」


「だから、あのローブは俺が飲みに行くとか、欲しいもん買うとか、そういうのに使う金を回して買った」


「………」

「……ダメ? カッコわりいよな。菜々子みたいに自分の力でバイトした金じゃないもん。確かに俺、菜々子に鍋買うなとか言えたギリじゃないかも」



「ナツ……」


「好きなんだ。自分でもびっくりするぐらいすっげー好き。四六時中くっついていたいの。菜々子といると何やってても楽しくて楽しくてさ。家に、菜々子のバスローブがあるってなんかホントに彼女っていうか、俺たちつき合ってんだな。菜々子、俺のもんなんだよなって確信できるみたいで。気がついたら買ってた」


わたしの頬に涙が伝った。


それをナツは舌でぺろっとなめとる。


「菜々子の泣いてる顔、好き。菜々子を泣かす男は俺だけ。菜々子の涙を止める男も俺だけ」


「ナツ……」


わたし、まだ飽きられていないの? 


この腕の中はなんてあったかくて居心地がいいんだろう。


「菜々子、大好き」


ナツがわたしの前髪を優しくかき上げて髪の生え際にキスをする。優しいキスだ。


「いてっ」

「ナツ、唇切れたんだね。さっきより腫れたみたい」


「唇はパンチ、かんべんして欲しいよ。キスできない」


「腫れがひいたらね……。でもわたし、帰らなきゃ……。まだ学生……レポート……」


「菜々子のそういう生真面目なとこがなかったら、暴走してたんだろうな俺」


ここはホントにあったかい。

ビールの酔いも手伝っているのか、ふわふわして雲の上にいるみたい……。

気持ちがよすぎてそれが眠気を誘い、目を開けていられない。


ナツの手がわたしの膝の裏と首の後ろにまわされるのがわかる。


身体をゆっくりずらされる。

丁寧な丁寧な動かし方。

自分が国宝の陶器にでもなった気がした。


「おやすみ菜々子」



わたしの名前を紡ぐナツの声は、体温と同じ温度だ。


夜中、目がさめると、ナツはわたしを抱くようにして眠っていた。


大変だ。あのまま寝ちゃったんだ。

レポートをやらなきゃ、明日もオレンジに出られない。


そしてまた泊まってしまったんだな。


わたしはナツを起こさないようにそっとリビングに出た。


ダイニングテーブルの上はもう綺麗に片付けられいてる。

ナツが全部やってくれたんだ。


わたしはソファの前のローテーブルに、辞書やら資料やらレポート用紙を出して、英文のレポートを書き始めた。




一時間くらいして、休憩にナツが買ってきてくれたティラミスを食べていた。


そうしたら、ベッドルームからナツがフラフラ出てくる。


「菜々子?」


「あ、ごめん。起こした? これやっちゃわないと、明日もオレンジ出れないよ」


急に明るいところに出てきたのがまぶしいのか、ナツは目をしばしばさせていた。


わたしはティラミスのカラをゆすいでゴミ箱に入れると、また辞書をとった。


「二人でやったほうが早えーんじゃん」


と、ありえないことをナツが言って、となりにあぐらをかき、わたしの手から辞書を取り上げる。


「んじゃ、俺、辞書ひくカカリな? えっとー、これ難いよな? Ess――……ん?」


「いや、それはわかるから」


「なんについてのレポート?」


「レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロのルネッサンス芸術における確執とその影響」


「俺寝るわ。がんばれ菜々子」

「うん。もう少しで終わるよ」


ベッドルームにもどっていくナツにそう声をかけた。


三十分くらいでベッドルームにもどると、ナツはベッドの背もたれに背中をあずけてまだ起きてた。

もう朝日がそこまできてる。


「どうしたの?」


「ん? 菜々子、勉強してんのに。なんとなくな。目が覚めた。昨日、わりに早くに寝たし。だれかさんのせいで」



「何それ?」


そこでくすっとナツが笑った。


「泣いて寝てる菜々子かっわいいの。赤ちゃんみたいな匂いしてさ」


「ふーん。じゃあナツはスーパーウルトラロリコンだよ。赤ちゃんにあんなことするなんて。変態っ」


「あんなことってこんなこと?」


そう言って、ナツはわたしの手首と腰に手をかけて、ベッドに引っ張り上げ、組み敷いた。


唇にナツの唇が降ってくる。


「痛っ。いってー」


ちょっと強めに押し付けただけなのにナツは唇の端を押さえてうめいた。


「ナツ、昨日よりだいぶ腫れてるよ。すぐ冷やせばよかったね。ごめん気がつかなくて」


わたしはベッドをおり、キッチンに向かった。

氷で冷やしたぬれタオルをナツの口元に持っていく。


「ありがと。うー拷問だぜ。キスもできないなんて」

「ねえナツ」


わたしはベッドの上に腹ばいになって腕を組み、そこに頭をあずけて、座っているナツを見上げた。


「なに?」


ナツはすぐわたしの横にならんで同じように腹ばいになった。


「ボクシングって、ずっと続けるの? プロになるとかそういうんじゃないよね?」


ナツがここまで顔を腫らしてきたのは初めてだけど、やっぱり痛そうなスポーツだと思う。


「うーん。俺そこまで強くないし……」


「危ないなあ」


ナツはわたしの頭を引き寄せて、自分の肩にもたれかけさせる。


「いつもは顔にガードするの、つけたりするよ」

「でもこんな……」


ナツの傷口にそうっとさわった。


「ラグビーだって似たようなもんだったよ。ま、なぐりはしないけど、怪我なんて日常茶飯事だったし、骨、折ったこともあるし」


「じゃ、まだずっと続けるの? ボクシング」

「いや……迷っててさ……」

「迷う?」


「うん。最初は面白かったんだよ。自分のパンチにどんどん威力がついていくのがはっきりわかってさ」


「うん」


「でもな、試合に勝った時、すげー嬉しいんだけど、ラグビーやってた頃のあの……なんていうか、突き上げるような歓喜ってのがなくて」

「ふうん」


「なんでなのか、オレンジに入ってわかった気がする」

「なんでなの?」


「テニスでもさ、俺、シングルスで、勝つより、ダブルスで勝ったほうがぜんぜん嬉しいんだよ」


「え? シングルスで他の子に勝ったっけ?」


「勝ったよ失礼だな!! ……練習試合で他のサークルのヤツにだけど」

「わたし、出なかった試合だなそれ」


「そう。せっかく勝ったのに菜々子いなくてさ」



「また勝ってよ。っていうかなんだっけ? そう、ダブルスで勝ったほうが嬉しいんだよね?」


「うん。俺って、基本的に集団スポーツのほうが向いてんのかなって。勝って嬉しい気持ちを一緒に戦った誰かと共有すると何倍にもなるんだよな」


そうだね。

ナツは友達といるとなんだか輝いて見える。

溌剌としている。


「わかる気がする。ナツの言うこと。ナツは集団スポーツのほうが似合う」


「似合うかあ。俺って案外寂しがりやだったりして?」


「そうかもよ? テニスもなんかイメージじゃないなー。正直」


「健司とナベがさ、ヨットのよさを力説すんだよ。なんか正直、気になる」


ヨットかぁ。

太陽の下でマストをあやつるナツの姿が目に浮かぶ。



「健司たちがやってるヨットは小さいのでも二人は乗って、イキがぴったりあわないとダメらしいぞ」


「……似合うな……ヨット」

「そう?」

「うん」


「やっぱ俺、寂しがりやなんだ。菜々子、なぐさめてくれよ」


ナツの手がローブの裾をめくりあげた。


「やめてよエッチ!!」


「スカートめくりー。俺、中学から男子校じゃん? スカートめくり憧れてたんだよな」


そんなことを言って、ローブをめくりあげるから、押さえるのに必死だった。


「中学生、そんな幼稚なことしないからって……やめてってばー。今日はなしー。ナツ、痛そうだもん」


「平気なのにぃ」


拗ねるような声を出してナツの手が太ももをなでる。

くすぐったくて笑いがこみ上げる。


ナツの手から逃れるようにぐるっとわたしが上になった。

ナツの腫れていないほうの唇の端にキスをする。


「好き、ナツ」

「俺も菜々子好き、大好き」


二人でベッドの上でじゃれあっていた。


ナツがわたしといると楽しいと言ってくれるように、わたしもナツといると楽しい。すごくすごく楽しい。


突然、ナツがベッドを降りた。


「もうこんなことやってんのに、ヤれないって我慢も限界なんだけど! 頭ひやしにシャワー浴びてくる。オレンジ出るだろ? ダーウィンとミケランジェロ、終わったんなら」


「ダヴィンチだよ」

「どっちだってたいしてかわんねえよ」


いや、ぜんぜん違うから!!




そうしてわたしとナツは車でオレンジの活動場所の公園にむかった。


「途中で降りるね」

「へいへい」



























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