Nanako 3.consciousness2


身体に掛かってたタオルケットが大きく動いたことで、わたしは目をさました。


知らない間に寝ちゃったみたいだ。

見上げると、ソファの上に身体を起こしたナツがいた。


まだ寝ぼけてるらしい。

体勢が悪くて痛くなったらしい首をゴキゴキ左右に揺らしていた。


「ナツ」

「おわっ!?」


「起きた?」

「なんで菜々子さんここにいんの?」


自分の気持ちを素直に認めてしまったら、なんだかすっきりした気分でナツにむきあえた。腹が据わったというやつだ。

くるなら来い!!


「夜中にトイレに起きたらナツのランドクルーザーがあったんだよ。ナツ、来たんだ、と思って、ロビーちょっとのぞいたら、こんなとこで寝てるんだもん」


「俺、一昨日昨日とぬけらんないスパーリングがあってさ、ジム終わってから、仮眠とってすぐ家でたんだよ。みんながおきてる時間にはつく予定だったんだけど、高速で事故があったみたいで、――…」


「えっ!!」


「そんでむっちゃ混んでてさ。パーキングエリアで高宮さんに連絡とろうと思ったら、スマホ忘れてきたことに気がついた」


「ばか」

「このタオルケット、菜々子さんがかけてくれたの?」


「うん。ナツの寝顔、見てたらわたしも寝ちゃった」


「げ。寝顔ぉ? 俺、変な顔して寝てなかった?」


「してたしてた。よだれたらすし、目が半開き」


「嘘っ! そんなこと言われたことね……」


「誰に?」

「友達!!」


胸が痛いよナツ。


必要以上にきっぱり言い切るわりには、やべえって顔をしているナツを無視して続けた。


「ねえナツ、疲れてない? テニスしに行こうか?」


もう空は白み始めてた。


ナツの腕を持ち上げ、ごついダイバーズウォッチで時刻を確認すると五時半だった。


みんなが起きてくる七時までまだ、時間があった。


「いいけど俺は。荷物ここに全部あるし。菜々子さんは着替えなきゃダメじゃないの?」


「このかっこでいいよ。あと一晩しか泊まらないんだもん」


わたしはTシャツに短パンで、ブラもしている。充分テニスはできる。


「あ、でもラケットとりにもどんなきゃだめかぁ。部屋もどったらバレるかなぁ」


「俺、二本持ってきてる」


「へぇ!! ナツも出世したじゃーん!!」


それから、わたしが玄関の外で待っていると、ナツはTシャツにジーンズという格好からテニスウエアに着替えて出てきた。


ナツがテニスウエアっていうのがいまだにしっくりとこない。


まあ見たのは二度目? 


わたしが案内をして、二人で誰もいない畑のあぜ道を歩いた。


急勾配の坂道をあがっていったところにテニスコートはあって、まわりには畑以外なにもない。


朝からボールの音がしても近所迷惑にはならないだろう。


しばらくナツとラリーをした。


多少のムラはあるものの、ちゃんとスピンの掛かっているボールがわたしのとこまで返ってくる。


「ナツ上手くなったね。短期間で」


「運動神経、自信あるもんね。勉強で勝てなくても、こういうのは負けないよ?」


「よく言うよ。にわかテニスのくせに。わたし何年やってると思ってんの?」


休憩して二人でベンチに腰掛けて話す。


「んじゃ試合やる? 賭けて」

「いいよ? 何かける?」


「決まってんじゃん。負けたほうが勝ったほうの言うこと聞く!」


わたしは立ち上がった。


「いいよ。4ゲーム先取ね」


もう! 本気でわたしに勝てると思ってんのかなナツは。

甘い。甘すぎる。

サーブだってろくに入んないくせに。


「いいよ。ナツからサーブで」


甘かったのはわたしの方らしく、いきなり本気モードのサーブがきた。

入っている。しかもフラットだけど目を見張るほどのスピードだ。


一本目はあんまりびっくりしてやりすごしてしまった。

あれじゃ手首を固定してあわせるのがやっとだ。

変にラケットを振ったりすれば打ち負けちゃう。


「フィフティーン ラブね」


もう勝った気でいるナツの余裕の笑み。ばかだな。


朝もやを黄色いテニスボールが切り裂く。

短期間で本当にナツは目覚しい進歩をとげた。


サーブだけじゃなく、ストロークのキレも、ボレーへの反応も。


正確なストロークで相手を追い詰めていく選手じゃなくて、基本的にネットに出て、一気にカタをつけたがるタイプなんだろう。


サーブから俊足でネットまで出られるのが恐いくらいだ。


あっちにとびこっちにとびして、するどいボレーでわたしを翻弄させる。


でも、まだまだ荒いね。緻密じゃない。


わたしは自慢の正確なストロークと、ここ一発の鋭角バックストロークで、切り返す。

いつまでもこうして二人でテニスをしていたい。


ネットをはさんでいったりきたりするボールの音がすごく耳に心地よかった。



「はい。ジュース」


コートの外の自販機で買ったスポーツドリンクを、まだ息を乱して、それでも充分ふてくされているナツに手渡す。


「ご馳走さま」


ナツのお金で二本買ってきたうちの一本のペットボトルのキャップをひねる。


ゲームは4ー1.わたしの勝ち!


「ぜってー今度こそ勝てると思った!!」


「言ったことなかったっけ? わたし、県大会、ベスト八まで残ったもん。もう少しで全国だったのに。そんなにわかテニスで勝ったら、他の人が怒っちゃうよ」


「でも、勝ちたかった。一生懸命、練習したのになー」


ふくれぎみのナツの機嫌が直らない。


「上手くなってるよ。すんごい上手くなってる」

「……なあ」

「ん?」


「何してほしい? 俺に。菜々子さん勝ったじゃん」


わたしはちょっと考えたけれど今は思い浮かばない。


でも、好きな人がなにかひとつ、言うこと聞いてくれるって、これ、もしかして大事につかったほうがいいんじゃないかな。


「ない……よ。今、は」

「じゃ、思いついたら言って。俺なんでもする」

「うん。約束」


わたしは小指をナツの前に出した。


一瞬、驚いた顔してから、ナツがわたしの小指に自分の小指を絡める。


「ほっそいの。菜々子さんの指。そんなんでよくあんなすごいショット打てるよ」



えへへ。指はほめられるんだ綺麗だって。


爪は伸ばせないからジェルネイルはできないんだけどね。


「ね、ナツ、あっち、なんか花が咲いてるんじゃない? 行ってみようよ」


テニスコートの向こう側が少し高くなっていてそこに畑がある。


その畑とコートの間に、整備されていない、下草が生えた場所がちょっとだけあった。

まだ少しは時間がある。


行ってみると、クローバーがびっしりしきつめてある緑の絨毯の上、所々にしろつめ草が花を咲かせている。


「いい天気だな。眠いよ」


ナツは仰向けになって自分の腕をマクラに寝転がった。


「ごめんねナツ。一晩中運転してきて、つかれてんのに。しかもこのあと、また練習だし」


さすがにテニスに誘った事を反省していると、あくびまじりの返事が戻ってくる。


「平気、俺、タフなのだけが取り柄なんだよなー」


わたしもナツの隣におなじように自分の腕をマクラにして仰向けになった。


雲が流れていく。

優しい風が木の葉を揺らして吹き抜けていく。


この世界にナツとわたしだけしかいないような、幸せな錯覚に陥る。

空気が甘い。


時間が止まればいい……、一秒と一秒の間にふたりで閉じ込めらてしまえばいいのにな。

このままずっと……。


流れていく雲を目で追う。



「あの雲、ハート型だね。あーくずれちゃう」


わたしはひとつの雲を指さした。


それからナツのほうを向くと、彼は起き上がっていて、わたしの指差す空ではなく、するどい表情でこっちを見ていた。


「なんで泣いてんの?」

「え? 泣いてなんか……」


あわてて自分の頬を指で探る。

ぬれていた。






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