Natsuya 1.your weakness


俺の車に乗ってからも、菜々子さんは外を見ながらため息をついていた。


「なんで黙ってるの?」


俺は運転しながら聞く。


「ナツはどうしてあんな素敵な家族、わたしに見せるの? わたしがほしくても手に入らないものだってわかってるじゃない」


俺は黙って車をはじに寄せた。

大きな公園の側らしかった。


運転席から外に出、助手席側にまわってきて、ドアを開けた。


「菜々子さん、降りるよ」

「帰る」


ちょっと迷ったあと、俺は菜々子さんの腕と腰を支えて車から引っ張り出し、強引に抱えあげた。


「このままじゃ帰せないよ」


真っ暗で人っ子一人、いない公園の中に入っていく。


菜々子さんを下ろすと公園のベンチに俺は勝手に座った。


菜々子さんは隣に座るのをためらっているみたいで、そのまま立っていた。


俺は両膝を開いてその上に腕をあずけ、体重を乗せたカタチで彼女を見上げた。


「菜々子さんさ、いままで勘違いして、不器用な生き方ばっかりしてきたんだ」


「え?」


「ほしけりゃ取れよ。作れよ。菜々子さんは施設でも引き取られた先でも、充分愛されてきたはずだ。でなきゃ、そんなにまっすぐ優しい性格には育たない」


「わたしそんな性格じゃない――…」


彼女の言葉をさえぎって先を続けた。



「努力するのはいいことだと思う。でも愛されるためじゃなくて、自分のために努力したって、充分あなたは愛されたはずだよ」


「………」


「わがまま言ったことあんのか?」


「あるよ。東京の大学に行きたいって。うちはそんなに裕福じゃないのに」


「それってわがままに入るの? それは希望だろ? 反対されてごねまくったの?」


「反対は、されてない、けど……」


「引き取ってくれた親にとって、菜々子さんはやっとできた娘だろ? 両腕を開いて待ってた娘なんじゃないのか? そこにこんないい子がきた。菜々子さんがいい子であろうとするように、きっとひきとってくれた両親だっていい親であろうとしたはずだ」


「………」


「人生をあんま、ややこしくすんなよ」


「ナツにはわかんないよ! あんな素敵な家族に囲まれて育ったナツにはわかんない!」


「ああ俺にはわかんないよ。でもな、あなたを愛さない親なんていないと俺は思う」

「………」


「俺んちの、あのちょっとズレた家族のこと、なんだかんだ言っても俺はけっこう好きなんだと思うよ。菜々子さんもああいう家族が好きならこれから作ることだってできるんだぞ」


俺と……。

あやうくそう言いそうになった。


彼女が泣くのを必死に我慢して、唇を血が出るほどかみ締めているのがよくわかる。


俺は立って行って菜々子さんの顎に無理に手をかけ、唇を噛むのをやめさせた。


「これからつくる、うんぬんはおいといても、菜々子さんには今、両親がいる。愛されるための努力なんか今すぐやめろよ」


「努力を……やめ、る……」


初めて習った外国語みたいに慎重に菜々子さんが復唱した。


「それよりわがまま言って、帰ったときにはあれが食いてえ、これ作ってくれ、こっちに連れて行け、あっちに一緒に行こうって、自分のやりたいこと、ごり押ししてみろよ。そのほうがよっぽど喜ぶ。親ってそういうもんだ」


「……そんなこと、考えたこともなかった」


「じゃとりあえずやってみろよ」


菜々子さんは身をよじるように後ろをむいて、そこにあった木に顔をうめた。


今度は木かよ。


俺は、柵とか木とかのかわりにもなれないのか。


苦い思いに駆られるように、勝手に口が動いていた。


無音声に近い声で、彼女に聞こえたのかどうかもわからない。


「……俺近くにいちゃダメか?」



「………」


「つき合ってくれとかもう言わない。手もつながないしもちろんキスだってしない。だから、ただあなたが泣いてるときだけ近くにいちゃダメか? ……守らせてほしい」


そう言ったところで今日の、菜々子さんのお荷物以外のなにものでもなかったミックスダブルスの試合を思い出す。


「俺、テニス練習するから。もっともっと練習するから。あなたが今日みたいな怪我するほどがんばらなくてすむように、もしまた組むようなことがあっても、ちゃんと俺がリードできるように」


そこで菜々子さんは目をこすりながら、俺のほうをむいた。


「やめてよナツ。オレンジとボクシングと両方、全力でやったら倒れちゃうよ」



「倒れねーよ。俺めちゃくちゃタフなんだ」


「ダメだって!」


菜々子さんは夢中になったあまりか、泣きはらした目で俺を見上げ、軽く俺の腕に触れた。



その瞬間、俺の理性はあっけなくふっとんだ。

彼女の細い体を無我夢中で抱きしめる。


「ナツ……」


ちょうど心臓の上で、菜々子さんが俺の名前を呼ぶ。

吐息が胸にかかる。


甘い痺れに頭がどうにかなってしまいそうだった。


「ナツはなんでも持ってる……」


でも一番手に入れたいものは、手に入らないんだよ。


こうやって腕の中にずっとつなぎとめておいたって、心までは俺のものにならない。


菜々子さんがかすかに動く。


そうだった……。

俺、自分で手もつながないとか言ったばっかりじゃんか。


なにやってんだ!



菜々子さんから離れようと腕の力を抜いた瞬間、信じられないことがおこった。


彼女の腕が俺の背中にまわり、俺をもう一度ひきもどした。


「ナツ……ナツ……」


何度も胸にあたる震える彼女の吐息。

俺の名前の形に彼女の唇は今、確かに動いてるはずだ。


それは俺にとっては本当にまるで奇跡のような出来事で、夢を見てるんじゃないか、抱きしめているのは幻なんじゃないか、そう疑って、頬をつねりたくなった。


でもできない。

だって俺の両腕は、彼女をしっかり抱きしめていたから。


俺たち、間違いなく抱き合っていたんだよな。


だれもいない夜の公園で。

いつまでも。















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