第7話 手ラ探偵事務所


朝。


いつもと違う寝覚めに違和感を覚える。


事務所の隣室は居住用の生活スペースになっているのだが、昨日からそこには妙子が寝泊まりする事になった。


トキの家に泊めてもらえと提案したのだが、逢嶋おうしま家は来客も使用人も多く人の出入りが激しいため、引き篭もるには不向きだと。


で、結果として俺は事務所兼応接室のソファで寝ていたのだ。


床に投げ出されて血行が悪くなった右腕は、痺れて感覚が無い。


時計を確認する。


午前九時過ぎ。


……支度しないとトキが出勤して来ちまう。


クセで隣室へのドアを開けようとするも、ノブが回らない。


念のために鍵をかけさせたのはいいが…。


なんてこった。


俺は妙子が起きてこない限りシャワーも浴びられねえじゃねえか。


ドアを強めに叩いて、「支度したら出てきてくれ」と懇願する。


それ以上、俺に出来る事は無い。


肌着にガラシャツを一枚羽織り、俺は玄関から外廊下へ出た。


うちの事務所は二階建て倉庫の上階にある。


グレーの外壁の目立つ位置にはペンキででっかく「手ラ探偵事務所」と書いた。


書いてから失敗に気付いたが、依頼人が入りづらくなってるよな、これ。


倉庫の一階はガレージになっていて、こちらも自由に使える。


中古車と原付バイクを停めて、余った広い部分が喫煙スペースになっている。


この建物、元が倉庫だからなのか一階、二階ともに窓が無い。


なるべく気にしないようにしているのだが、時折圧迫感を感じる事がある。


持ち主オーナーはトキの祖父。


何か良からぬ事に使っていたんじゃないかと勘繰ってしまうが…詳細は聞いていない。


事務所の向かいに突っ立っている自販機で缶コーヒーを買い、その場で開栓。


一服しながらしばらくぼんやりと時間を潰していると、こちらへ一台の車が向かってくる。


一目で高級だとわかるイギリス車は俺の目の前で停まり、運転手の男が降りてくるとこちらに丁寧に挨拶した。


それから男が後部ドアを開けると、中から見慣れた顔の少女が降りてくる。


「ありがとうございます」とまず運転手に挨拶をしてから、俺の方に向き直ってもう一度頭を下げた。


「おはようございます、先生。

 こんなところで会うなんて珍しいですね」


トキは毎日こんな感じで、使用人に送り迎えをしてもらっている。


彼女の家、逢嶋おうしま家はホ苑町ソノチョウ一の名家である。


「珍しいこたぁねーだろ。

 うちの目の前なんだから」


「締め出されたんですか?」


「……そんな感じだよ」




結局妙子が起きてきたのは午前十時過ぎ。


他の依頼人が訪ねて来てもおかしくない時間なんだから参ってしまう。


それからシャワーを浴びて支度をし、トキと二人で聞き込みに向かった。


依頼人の要望で彼女の実家には近づけない。


妙子の通う通学路や商店街を探り、下校時刻になったら昨日と同様学校へ。


今度は裏門で張る。


二人いるんだから分担して張り込めばいいと思われるかもしれないが、相手が何をしてくるかわからない以上女の子を一人にさせるのも気が進まない。携帯電話ケータイは使えないしな。


身体を張るのは俺で、頭を使うのがトキ。


普通探偵は頭を使うものだが、うちはこれで成立しているのだ。


「なんか、結構簡単に見つかる気もしてるんだよな。

 地道に目撃証言を当たっていくのもいいけどさ、

 妙子の生活圏を歩き回ってればバッタリ遭遇するような気がしない?」


「それでいいと思いますよ。

 並行して行えますし」


助手の同意を得て、下校してくる生徒への聞き込みを開始した。

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